第15話

 腰に携えるにはまだ背丈が少し足りない俺は、黒翅くろばねの鞘に紐を括りつけて肩に掛けている。

 せっかく良い剣を持っているのに、随分と不格好になってしまった。


「いや~、名剣が台無しですなぁ!」

「デリカシーが無いんですかブライド先生……」


 俺の姿を見て笑うブライド先生。

 弟子の格好を見て笑うとは、なんて酷い師匠なんだ……。


「この格好で冒険者ギルドに入るの嫌なんですけど……絶対に揶揄われるじゃないですか」

「ご安心くだされ! ちゃんとした格好をしていても、ルーカス様が依頼を受けるなどと言えば、どの道大笑いされることになりましょう!」


 荒くれが集う冒険者ギルドに貴族の坊っちゃんが入り込んで、「ゴブリン退治の依頼を受けさせてくれ!」とか言い出せば、そりゃあ笑いものにされるだろう。

 たしかに、俺の格好がどうなろうが未来は変わらない。考えたら憂鬱になってきた……。

 

「やっぱ帰りたい……」

「おや? 良いのですかな? 黒翅の試し切りが出来なくなりますぞ?」

「うぐっ……」


 魔法ほど剣に興味がないとは言ったものの、流石にこれほどの名剣を貰っては使い心地が気にならないとは言えない。

 俺だって男だ。新しい剣ともなればテンションの1つも上がるというもの……。


「魔法魔法とバカみたいに言っているルーカス様でも、どうやら黒翅の魅力にはかなわわないようですなぁ。良いですぞ、その調子で魔法師の道は捨てて剣士になってくだされ!」

「誰がバカですか! 絶対に嫌ですよ! 俺は魔法使いになるんです!」

「困った人ですな……はぁ」


 これ見よがしに溜息を吐くブライド先生を横目に歩みを進めると、ようやく目的地へ到着する。

 外観は思っていたより綺麗だ。

 二本の剣が交差しているマークをシンボルとした建物。冒険者ギルドだ。

 

「我らが冒険者ギルドへようこそ」


 ブライド先生は芝居じみた言葉と動きで俺に歓迎の言葉を掛けてくれる。

 なんか、冒険者っぽい……ちょっと嬉しいかも。


「では早速いってらっしゃいませ」

「えっ」


 油断していた俺をひょいと持ち上げるブライド先生は、サッと扉を開けると俺を中に放り込む。

 これでも俺って一応貴族の子息なんだけど……。

 そんな心の中の抗議が先生に伝わることはない。


 

 ギルドの中は昼間から酒を煽る戦士たちの声で賑やかだった。


「今日は俺の奢りだ! 遠慮なく飲め!」

「良いのかよ! また財布が薄くなっちまうぜ?」

「そしたらまた狩りに出かけるだけの話だ!」

「ちげーねぇ!」


 他にも、これから冒険へ出かけるであろう四人組のパーティが顔を突き合わせて作戦会議している。

 

「まずは剣士の俺が単身で切り込む。攻撃が来たらタンクのお前が後ろの2人を守ってくれ」

「分かってる。最優先は回復魔法師だな」

「シーフの俺は単身で動き回るのが仕事だ。俺の事は意識なくても良いぞ」

「回復の優先度は剣士、タンク、シーフでいいのかしら? 私、まだこういうの慣れてなくって……」


 この空間には、俺が思っていた通りの『冒険者の溜まり場』が広がっている。

 見るからに腕に自信がある戦士。

 知性を感じさせる雰囲気を持つ魔法使い。

 見目麗しい女性たち。

 俺は物珍しさにキョロキョロしながらギルド内を歩いてしまう。

 すると、後ろから声を掛けられた。

 

「どうした坊主? 迷子か? ここはオメェみたいな子供が来るところじゃねぇぜ?」


 振り向けば、ハルバードを肩に担いだ大柄の男が一人。

 無精髭を生やした顔には生々しい切り傷が目立つ。

 冒険者のステレオタイプみたいな人だ。


「あ、いや……迷子じゃないです。一応先生と一緒に来てまして……」

「あぁ? 先生だァ? おいおい、何処の坊っちゃんだよ。遊びに来る場所じゃねぇぞここは」

「いえ、遊びというか……仕事を受けに……」

「ハァ⁉ 仕事だと⁉ 正気かよお前!」


 ハルバードを持つ男のリアクションで、周囲の目が俺たちに集まった。

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