第14話

 黒翅と呼ばれたその剣は、見るからに脆そうだ。槌で叩こうものならば、一撃で剣身が砕け散りそうに見える。

 

「見目麗しいでしょう? コイツは、俺が打ったどの剣よりも綺麗なんでさァ」


 黒翅に目を奪われる俺を見て、ディーノさんは誇らしげに語る。

 俺は返事を口に出すこともできず、ただ黙って頷いて答えた。


「へへっ……早く握りてぇって顔ですね。どうぞ」


 ディーノさんから丁寧な所作で差し出された黒翅を受け取ると、俺はその軽さに驚かされる。

 さっき持とうとした鋼製の剣とは比べるまでもない。あまりにも軽すぎる。そして、手に馴染んだ。

 剣のことなんて何もわからないのに、黒翅がとんでもない名剣だと分かる。薄く研ぎ澄まされたこの刃なら、なんだって切り裂けそうだ。


 俺は、無意識に中段の構えをとっていた。そして、軽く一振り。


 ――――ッ。


 ほとんど無音。

 この剣の鋭さが恐ろしいほどに表れている。


「す、凄まじい……」

「やはり、それはルーカス様にこそ相応しいですな」


 二人の声で、黒翅に気を囚われていたことに気づいた。


「すみません! 店の中で振り回してしまって……」


 俺は慌ててディーノさんへ頭を下げたけど、返事がない。

 一向に何も言われない事が気になって、恐る恐る顔を上げれば、そこには静かに涙を流すディーノの姿があった。


「えっ……⁉ いったい、何が?」

「ハッハッハ! ルーカス様、ディーノ殿は貴方の剣技に感動しているのですよ。無音の一閃、素晴らしい一振りでした!」

「いやいや! 今のはこの黒翅が凄いのであって――」

「いいえ!! 今のは間違いなくルーカス様の技術あってこそですぜ!」


 ブライド先生の言葉を否定しようとするも、俺の言葉はディーノさんの気迫のある声にかき消される。


「お見逸れしました! いや〜、まさかこのような剣士が新たに育っていたとは! 失礼ですが、ルーカス様は今お幾つで?」

「え? えっと8歳ですが……」

「8⁉ 末恐ろしいですなぁ!! ガッハッハッハッ!」


 豪快に笑うディーノさんは恰幅の良い身体を揺らす。まるで極東に住んでいると言われているドワーフのようだ。まあ、彼らはもっと背が低いと聞き及んでいるが。


「あ〜〜……ところで、俺は年齢じゃなくて剣士の才能値を聞きたつもりだったんですが……」


 ディーノさんは頬を掻きながら少し遠慮がちに言う。

 なるほど、そっちの話だったか……しかし、困ったぞ…………。


「えっと……まあ、ちょっと家の事情で詳細は言えなくて……」

「なるほど……貴族家じゃそういうこともあるんですなぁ。不躾なことを聞きました……」

「いや、貴族家だからという理由でもないんですけどね……。まあ、気にしないでください」


 ブライド先生のときは適当な数字を言ったばかりに後々になって嘘がバレる事態になった。だから、今度は嘘をつかず、言及そのものを避ける。

 そのつもりだったんだが――。


「才能値に関して言うなら、私よりは既に高いですよ。それに加えて、私はもうルーカス様に柔剣術に関しては手も足も出せませんからな。これから先が楽しみな逸材ですよ」


 ブライド先生ぇぇええええ! 余計なことを言わんでください‼


「なん……だと……?」

「ルーカス様の一閃を見た今なら信じられるはず。ディーノ殿、ルーカス様の初めての剣を打ち上げた名誉を大事にされることです」

「おぉ……おおおおおおおおお⁉ なんたる行幸か! 感謝するぞ、ブライド!」


 こうして、また一人俺の剣士としての未来を期待する人物が増えてしまうのであった……。

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