第6話
剣を振っているときには全然気づかなかったけど、俺の身体は手加減されていたとはいえ先生の木刀に打たれ続けたことによって、擦り傷と軽い痣だらけになっていた。
「ふふ……ローグ? どうしてルーカス君がこんなに傷だらけになっているのかしら? 剣の修行といっても初日でこれはおかしいわよね?」
「あ……いや、ブライド君はそんな乱暴者ではないはずなんだけど……」
俺が修練から帰ると、母様とレイラが出迎えてくれた。
無邪気なレイラは服が汚れている俺へ気にした様子もなく抱き着き、俺は妹の愛らしさを存分に堪能した。
しかし、存外に勢いよく抱き着かれた俺は全身の痛みにようやく気付く。初日にしては激しいブライド先生との訓練で、俺はかなり生傷を負っていたらしい。
そして、そんな俺の姿を見た母様は絶句していた。
母様は穏やかな笑みを浮かべながら、そそくさと父様の書斎に入ると父様の首根っこを掴んでリビングへ連行してしまう。
母様は怒るとこの家で一番怖いのだ。
「ルーカス君、一体どんな修行をしたんだい? 初日は剣の構え方とか素振りをする程度だと思ってたんだけど……」
母様に睨まれる父様はちょっと情けない顔だ。
「ブライド先生が『素振りなどという生温い修行はしない!』みたいなことを言って、開幕から最後までひたすら木刀で打ち合いをしてましたけど……」
「困った先生ですね……いくら修練とはいっても、8歳のルーカス君をこんな傷だらけにするなんて……。どうしてやろうかしら?」
「か、母様? 俺も最初は驚きましたけど、剣の修行はこのぐらいが丁度良いと思います。おかげで、俺もそれなりの成果を初日から感じられてますし……」
「へぇ! ルーカス君が自分でそんなことを言うなんて、相当有意義な時間だったみたいだね!」
俺の言葉を聞いて父様は嬉しそうな顔になる。
「貴方……?」
「うぐっ……でっ、でも、武術の訓練に傷は付き物だしさ……」
「私だってそのくらいは分かってるわ。でも、ルーカス君はまだ子供なんだから、いくら何でもこんな怪我を1日で負うほどの訓練はやりすぎよ」
「それはそう」
思わず母様に同意してしまう俺。
しかし、このままではブライド先生が……。
作り物の様に整いすぎた顔立ちの母様は表情だけを笑みにして、その額に青筋を浮かべている。
物凄く怖い。触らぬ神に祟りなし。何も言わず機嫌が直るまでそっとしておきたい。
しかし、残念ながらこの話の当事者は俺だ。そして、俺が上手く弁明しなければ、せっかく尊敬の念を抱き始めていたブライド先生が近々加工肉にされてしまうことだろう。
「い、いえ、確かに怪我はしてしまいましたが、骨は折れていませんし見た目ほど痛くも無いんですよ?」
「ほらほら、ルーカス君も平気だって言ってることだし……ここはもう少し様子を見ないかい?」
「…………二人してそんなこと言って……。はぁ、分かったわ。でも、それ以上怪我をするのはダメよ。それと、明日からは私がルーカス君の訓練を見守ります」
「えー! じゃあ、レイラもー!」
俺たちの話を何も理解できていないだろうレイラは、ただ楽しそうに母様の膝上でニコニコして無邪気にそんなことを言う。
ピクニックに行くわけでもないんだけどな……。
「たぶん見ていてもつまらないですよ? レイラも、お家で母様と一緒に居た方が楽しいよ?」
「やだー!」
若干イヤイヤ気に入っているレイラが即答する。
そんなところもマジでエンジェル。
結局、俺は2人を拒むことも出来ず、その日の話は終わってしまった。
そうして翌日、思わぬ形で授業参観が始まる。
母様の顔は、今日とは違う意味で凍り付いた――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。