第5話

「違う! 剣先はもっと生き物のように柔らかく動かすのだ! そんな角ばった動きで敵の攻撃をいなす柔剣術は扱えん!」

「初日でそんなことができるかぁ!」

「出来るかどうかではない! やらねば骨が砕けるまでこの木刀を打ち付けるだけだ! 死ぬ気で私の剣を覚えろ!」


 木剣を握ってからまだ数刻ほど。俺はひたすらブライド先生の木剣を受け止める稽古、もとい虐待を受けている。

 そして――。

 

「ダラァァアアアア‼」

「ぬっ⁉」

 

 見よう見まねで、俺の剣を軽々と払ったときの先生の動きを模倣する。

 先生の攻撃は上段からの大振り。

 こう聞けば隙の大きな一撃のようだが、先生の振り下ろしは正しく『ブレのない』美しい一閃。

 俺は一番最初にブライド先生から褒められたことの意味を既に身体で理解した。ブレと言うのは剣を振る所作における無駄。それを極限まで削り、一挙手一投足におけるまでを限界までコンパクトにまとめることが隙の無い攻撃を生み出す。

 良い剣の一撃は、手に握った剣の先までをまるで肉体の一部であるかのように、そこに神経が通っているかのように一縷の迷いもなく意図したように動かすことで放たれる。


 今まさに上から振り下ろされる先生の鋭い剣は、子供の俺がまともに受け止めては威力が高すぎる。

 だから、受け止めない。ここは、相手の剣を『流す』。

 そう考えて剣を動かした途端、俺はまた先生に言われたことの意味を理解する。

 俺の剣先が、生き物のようにうねる。

 木剣同士が触れ合ったのに、今度は強くかち合う音が鳴らなかった。

 俺の剣先を滑って、先生の剣は地面に向かって落ちていく。そして、俺の木剣は先生の木剣を流した動きに乗せ、そのまま先生の胴体を横凪に打つ。


「ぐっ!? ……み、見事!」

「ハァハァハァ……あ、ありがとうございます」


 自分でも恐ろしくなるほど高速で剣との対話が上手くなっている。


「素晴らしい……ふふふ……」


 ブライド先生は怪しい微笑みを浮かべ俺の姿を凝視する。そして、なにやらウンウンと頷いた後に俺の肩を叩く。

 

「完璧に肩の力が抜けておりますな……。ルーカス様、その感覚を忘れてはなりませんよ。柔剣術において、この脱力こそが最も重要とされる基礎にして極意なのです。力は受けるのではなく流す。そして、自身の剣は流れに乗せて最短で敵を捉える。これが王国式柔剣術 壱ノ型≪流閃りゅうせん≫です」


 俺はこのブライドという剣士を甘く見ていた。こんなにも分かりやすい稽古をつけてくれるとは……。この人が指導する冒険者たちはさぞかし名うての剣士に違いない。もちろん、ブライド先生自身も。


「先生のおかげで剣と身体の繋がりを感じられるようになりました。ありがとうございます! 先生の稽古は素晴らしいですね!」

「いえいえ……素晴らしいのはルーカス様の才能でしょうな……。本来であればこの数刻で教えたことを理解するには少なくとも2年はかかるのです……」


 …………ホントかよ。

 今のところ何も躓くところがなくここまできた。しかも、剣を握って数刻。到底2年分の修行をしたと言われても信じ難い。


「納得いかない顔ですな……ハッハッハ! まあ、ここまであっさりとしていては、実感はありませんか。しかし、私は貴方の才能を既にこの身でヒシヒシと痛いほどに感じておりますよ」


 そういうブライド先生の笑みは、若干引き攣っていた気がする。


「さて、本日はここまでとしましょう……。初日にしては詰め込みすぎました……」

「はい。また、よろしくお願いします」

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