第7話 さあ祝福の一杯を

 車内ではロユンが上機嫌で晴に話しかけていた。晴はスキンヘッドのマオと別の男に挟まれて3列目のシートに座っており、ロユンはその前の2列目に座っている。


「シートベルトをしっかりと締めておいた方がいいよ。からね」


 その警告を合図に、車はぐんぐんスピードを上げた。これでは目的地に着く前に警察のお世話になりそうである。


「愛は無事なの?今どうなっているの?」


 身の危険を感じ、言われた通りにシートベルトを締めながら晴が問い詰めた。


「……それは、僕より親王派に聞いた方がいいだろうね。親王派っていうのは、僕たち革民党かくみんとうと敵対する陣営さ。コワ国民はその二つの勢力に分かれてるんだ。放火して愛を攫ったのは奴らだから、僕よりも愛ちゃんの様子を知りやすいだろう」


(……なんだか複雑な事情があるみたい)


 今聞いた言葉をしっかりと頭に叩き込む。


「とにかく、話の続きはあとだ。掴まって」


 猛スピードで海沿いに出た車は、突然ぐらりと大きく揺れた。


(なに!?浮いてる!?)


 だんだんと地面が離れていくのを感じて、晴は軽くパニックになった。車から飛行機の翼のようなものが生え、空に飛び立ったのである!


(これでその外国まで行くつもりなの!?こんな乗り物、初めて見た……)


 それもそのはず、これはコワ独自の技術である。驚く晴をミラー越しに眺め、ロユンは満足げだ。


 しばらくして飛行機並みの高度に落ち着き、機体が安定して揺れが少なくなった。それを見計らったロユンの合図で、マオが器用にカップに飲み物を注いで晴に差し出す。


「かなり長い空の旅になるからね。乗り物酔いが緩和されるペパーミントティーだ。飲んでみて」


 マオがせっせと手際よく全員に飲み物を配る様子を見ながら、晴はおし黙ったままでいた。知らない人に出された飲み物なんて危険すぎる。そんな思いを感じ取って、ロユンは微笑んだ。


「今このポットから注いだばかりで、僕たちも飲んでいるから安心しなよ。それに、君を殺すつもりならとっくに殺しているからね」


 その無駄なくストレートな物言いに晴の背筋が凍った。脅しならやめてもらいたい。


「さあ、どうぞ」


 迷った末、晴自身乗り物に酔いやすいのもあり、飲むことにした。


(確かに殺すつもりなら、わざわざこんな時間かけて話をしたり、車に乗せたりしないか…。ん、意外と美味しい)


 カップの半分ほどを飲み干し、すっきりした味わいに少しほっとする。


 ロユンは嘘は言わない。なのでペパーミントティーが安全なものなのは本当である。しかし……カップもそうだとは限らない。

 晴は飲み物を口にしてすぐ、意識を失ってしまった。


 マオが軽く晴の肩を揺らしたが、反応はない。座席越しに振り返ってそれを確認したロユンは、にんまりと笑って前に向き直った。


「……さあ、行こうか」


 長い旅の始まりである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る