第5話 親たちの告白

 緊張した面持ちで先導していた栞里が、震える手で中川家の玄関を開く。ついに晴とロユンが接触してしまうのだ。


「マオだけ僕についてきて。他は外」


 続いて中に入るロユンが男たちに指示し、マオと呼ばれたスキンヘッドの男だけが着いてきた。彼の耳には、ロユンと同じピアスが付いている。


 マオは扉を通るときに屈まなければならないほど背が高く、腕も足も筋肉が太く逞しい。栞里と晴を制圧するならこの男一人で十分どころか、お釣りがきそうだ。


 ロユンもスタイルが良く背も高いが、マオほど立派な肉体はなく引き締まった体つきをしている。そのロユンは、何も言われていないのにリビングのソファに遠慮なく腰掛けると、「悪くないね」と偉そうに感想を口にした。


「さあ、晴さんを……」

「母さん?」


 ロユンが声を上げると同時に、2階の自室にいた晴が物音を聞きつけて降りてきた。


「ん?誰か来てたんだ」


 来客に気づいた晴が会釈をする。それをまじまじと見つめながら、ロユンは新しい玩具を買い与えられた子供のようにキラキラと目を輝かせた。


(この子だ…!)


 外に出ないため結われていない晴の髪は、そのまま落ちて肩にかかっている。黒髪に混じる異色が目立っていた。ロユンは興奮を抑え、落ち着いた口調で話しかける。


「君から出てきてくれるとはね。初めまして、僕はロユン」

「……初めまして」


 晴は全く状況が分からず混乱しつつも、ひとまず挨拶を返した。


(私があまりに落ち込んでるから、母さんがカウンセラーでも呼んだのかな?)


 にこにこと穏やかな表情を崩さないロユンを見ながら、晴は不思議に思う。よく見ればロユンの顔つきは日本人らしくない感じがするが、彼の操る日本語はとても流暢だ。


「まあ、二人も座ってよ」


 棒立ちになっていた栞里と晴に、ロユンはまるで我が物のようにソファを勧めた。ロユンの隣に大きな図体のマオが腰掛け、向かいに晴と栞里が並んで座る。


「さて、時間もないし早速本題に入ろうか。僕がいくつか質問をするから、二人はそれに答えてくれ」


 釘を刺すその言葉に栞里はごくりと唾を飲んだ。もはや逃げ道はないようだ。その隣で晴は、カウンセラーというより警察の事情聴取みたいだなあと呑気に考えていた。


 ロユンは二人の顔を一瞥したあと、質問を始める。


「じゃあまず、コワという国を知ってるかい?僕の祖国なんだけど」


 未だにロユンをカウンセラーか何かだろうと思っている晴は、予想外の質問に思わず首を傾げた。初めて聞く国名だ。同時に、やはり日本人ではなかったのかと考える。


「知りません」

「……し、知りません」


 即答の晴に続き、躊躇いがちに栞里も否定した。今からはぐらかすのはさすがに無理があるとわかっている。それでも諦められず、悩んだ末の嘘だった。


「……あのねぇ中川栞里。僕は正直にって言ったんだけど?」


 もう尋問に近い。それほど暑い部屋でもないが、栞里は額に汗が伝うのを感じた。


(母さんは、コワ?のことを知っているのかな)


 栞里とロユンの探り合いについていけず、晴はぼんやりと考える。目が泳いでいてぎこちない栞里の様子に、もはや肯定と受け取ったロユンは次の質問に進む。


「じゃあ次の質問。今回火事で亡くなった北嶋夫妻は、ただの日本人夫婦じゃないんだ。この意味がわかるかい?」

「………?」


 他になんだと言うのだろう。意味がわからず小さく首を振る晴の横で、栞里は長い沈黙の末、ため息をついた。


「知っています」

「うん。君はどこまで知っているのかな、話してくれ」


 驚いて栞里を見つめる晴に構わず、栞里は固く口を結んだまま俯いていた。その何も話す気のない様子を受け、ロユンは表情を曇らせて腕を組む。


「うーん……まあ、話す気がないならいいや、僕は嘘をつくなって言っただけだしね。それに、娘さんに真実を知ってもらうことが目的だから」


 困惑する晴にちらりと目をやってから、ロユンが語り始める。


「北嶋夫婦の旦那の方だけどね。実は、さっき話したコワという国の王様であるボンド王だったんだよ。彼は王の仕事を放棄し、コワから逃げて日本にやってきた。国を捨てた彼を憎み、執念深く探していたちょっと過激なコワ人グループがあるんだけどね。奴らによって火を放たれ、ボンド王とその妻は殺されてしまった。それが今回の火事なんだ」

「………はあ」


 突然現実離れした話を聞かされて、晴は間の抜けた返事をしてしまった。そしてここにきてようやく、かなりの異常事態だと察する。この男は一体何者なのか…遅ればせながら晴の体にも緊張が走った。


「母さん、何これ、どういうこと?」


 険しい表情で口を閉じていた栞里に問う。晴にまで問い詰められた栞里は観念して、躊躇いがちに話し始めた。ずっと心の奥底に仕舞ってあった秘密を。


「……晴にはずっと隠していたことだけど、本当のことなの。この男が言った通りだよ。愛ちゃんのパパのボンドさんはコワという外国から逃げてきて、芙美ふみと結婚したの。それから晴と愛ちゃんが生まれるまでの間に、私と知り合った…」


 栞里と芙美は、お互い子供を持つより前から仲がいい。それは晴も知っていることだ。


 ロユンはにっこり笑い、「コワから逃げてきたってところが重要だよ」と栞里の話に付け足した。ボンドはその身分を隠すため、日本ではずっとあの怪しい格好で過ごしていたのである。


「さて、ここで気になるのが、中川夫婦と北嶋夫婦の子供である晴ちゃんと愛ちゃんだけど」


 晴は軽く顔を顰めた。


(私と愛の何が気になるっていうの?私たちはそれぞれの親のもとに生まれただけで、愛のお父さんの事情がどうあれ関係ないと思うけど)


「不思議そうだね。考えてみて、ボンドの子はコワの王族になるんだよ。そして、コワの民は王族のことをしつこいくらいに探し回っている。奴らに顔が割れていて追われる身であるボンドが、自分の次に狙われるであろう自分の子をそばに置くと思うかい?」


 栞里は額に手をついて目を背けた。


 わけがわからないといった様子の晴に、自分の思った通りにことが進んですっかり調子の良くなったロユンが話を続ける。


「晴と愛…君たち2人は、同じ日に同じ産院で生まれたらしいね?」


(……同じ産院?)


 晴は知らなかった事実だが、晴と愛が産まれるまでの間は、北嶋家も千葉県にいたのだ。彼らは子どもが産まれてすぐに引っ越し、3年前まで北海道に住んでいたのである。


 つまり、晴と愛の産まれた病院は一緒。産まれた日も、一緒。


「2人が赤ちゃんのうちに取り替えられていたとしたら、どうだろうね?」


 重い沈黙が流れた。


 栞里はうなだれ、口を開く気力すら失ってしまった。さっきまでのように黙秘しようと黙っているわけではない。ただ、積み重ねてきた年月が崩れ去ったような重い絶望感に苛まれていた。


「……そんなこと、あるわけないよね?」


 否定してくれと栞里を見る晴だが、返事はない。ロユンが無慈悲に口を挟んだ。


「あるさ。例えば君のその髪。白髪じゃないよ、コワの王族特有の銀髪が生えてきているんだ。ボンドは銀髪じゃなかったから隔世遺伝かな、ボンドの父親や兄は銀髪だった。あとその目も。かなり黒に近いけど、確かに銀色だ」


(この髪にそんな事情があったなんて…)


 晴は言葉を失った。


「お望みなら、僕たちがやっておいたDNA検査の結果を見せてあげようか。君たち家族の髪の毛を拝借して検査してみたんだ。ボンドのはさすが、警戒心が強く手に入らなかったけど、十分欲しい結果は得られたよ」

「……そんなことまでしていたのね」


 ぼそりと栞里のつぶやきが漏れる。追い詰められたどころか、ぐしゃぐしゃに叩きのめされた後に死体蹴りされている気分だ。


「僕はカマをかけるような真似はしない。十分すぎるほどの証拠を集めて、確証を得てからじっくりと追い詰めるのが好きなのさ。……中川祐輔と中川栞里、君たち2人は北嶋愛との血縁がある。そして晴、君は…北嶋芙美と血が繋がっている」


 ロユンはここで一息置いて、硬直した晴の反応を楽しんだ。


「ボンドとの血縁は調べられなかったけど、その髪と目が物語っているよ。君は間違いなく、コワの王族だ」

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