第3話 新月に浸る

「早く部活行こ〜」

「一緒に帰ろ!」


 放課後になると同時に、それぞれが慌ただしく動き始める。あっという間に生徒たちは出て行って、教室には晴1人になった。


 火事から1週間後の木曜日。変わらず日は昇り、淡々と毎日が続いている。


(……帰らなきゃ)


 いつも晴を迎えに来ていた愛は、今日もいない。どんよりと曇った空を少し眺めてから、晴は鞄を持つとゆっくり立ち上がった。


 あれから愛は学校に来ていない。病院で療養していると聞いた。どこの病院か晴は教えてもらえたし、愛に会いたいとも思っている。だが晴は病院に行くのを躊躇っていた。


 晴は自分のことがよくわからなかった。あの日も今も悲しくて仕方ないが、涙ひとつ出ないのだ。あれほど取り乱した愛を前にしてそれほど心の揺れない自分が恐ろしかった。


(明日、お見舞いに行こう)


 教室のドアを閉めながら、晴はようやく決心をつける。そして1人でとぼとぼと帰路についた。


 しかし、そんな明日は来なかった。その日のうちに、愛が入院先の病院から姿を消したのだ。





「……それで?」


 その日の夕方。


 晴と愛が通う高校のすぐ近くに黒い外車が停車している。その広々とした車内で足を組み、肘をついて話す男がいた。男は黒のスーツに身を包み、ワイシャツまで黒の黒ずくめである。両耳には黒のリングピアスが光っている。


「すべてロユン様の予想通りでした。親王派しんのうはは、先王の娘である北嶋愛をコワヘ連れ去ったようです。直接姿を確認することはできませんでしたが、病室の窓が大きく開け放たれており、微かにズウソニウムの反応があったことから間違いないかと」


 正面に座っていた別の男がした報告に、ロユンと呼ばれたスーツの男は呆れて鼻で笑った。ズウソニウムは本来、日本では検出されるはずのない物質だ。


「いつものことだけど、奴らは詰めが甘いね」

「全くです」


 ロユンは青みを帯びた美しい目を細め、少し考え込むように窓の外に目をやった。瞳と同じ色の髪がさらりと揺れる。


 車にはロユンと話し相手の男の他にも、同じように黒いスーツに身を包んだ男が4人乗っていた。彼らは座席に大人しく座っているが、常に周囲とロユンの一挙一動に目を光らせている。


「……よし、そろそろ僕らも行こうか」

「行くって…どちらに?コワに帰るのではないのですか?」


 ロユンは足を組むのをやめ、丁寧にシートベルトを締めた。


「その前にやることがある。先王の娘を迎えに行くんだ」

「…親王派に乗り込むということですか?」

「違うよ。北嶋愛は王の子じゃない。日本でのうのうと生活していた王が、コワに狙われるであろう自分の子供を側においておくわけがないだろう。あれはただの身代わりさ。本物の血縁者は別にいる」

「………!!」


 男は驚いた。


(先王ボンドは、子供まで狙われることを見越していたのか。でも本当に北嶋愛が全くの無関係なら、本当にただの身代わりだ。それに…捕まえたのが王の娘じゃなかったと気づいたら、親王派は何をするかわからないな…)


 思わずブルリと身震いする。


 ロユンは、部活を終えて高校の門から出てくる生徒たちを眺めていた。


「僕、火事があった日に本物を見つけた気がするんだよね。たぶん先王の娘は、あれを受け継いでるよ」

「あれって、まさか……」


 驚きと憎悪に顔を歪ませる男。それを見てロユンは微かに笑い、これから起こることを思い描きながらゆっくりと頷いた。


「うん、こりゃあ親王派が黙っていないだろうね。ようやくキレウィの代わりが生まれてきたって……」

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