第50話 宮廷の噂話 ローダインにて⑦

 トーマをアラナ夫人の元へ預けてしばらくたった頃、朝早く、コンラッドはジーンから呼び出しを受けた。使者からは、いつものジーンの執務室ではなく、別の場所に来るようにと地図まで渡された。


 その場所は、宮殿の裏門から入る、普段は誰の出入りもない塔だった。塔の番人に通されてきた部屋には、頭を抱えて座る、アルドリックとジーンの姿があった。

 

「あ、来た来た。コンラッド」

「どうかされましたか? こんな所で」

 

「どうかされました、じゃないよ。コンラッド。あの子、トーマだっけ? あの子、誰?」

 

 コンラッドには、アルドリックが何を言っているのかわからなかった。ジーンは小さな声でコンラッドを呼び寄せた。

 

「あのさ、コンラッド。ここのところ、トーマを見たご老人たちが、変な噂をしててね」

 

「ご老人たち……ですか?」

 

「うん。あのね、トーマが陛下の若い時にそっくりだって。隠し子じゃないかって……」

 

「は? 隠し子?」

 

 コンラッドは、礼儀も忘れて声をひっくり返し聞き返したが、アルドリックとジーンが同時に口元に指を立てるのを見て、慌てて声を落とした。

 

「そんなに、似ているんでしょうか?」

 

「私も、陛下の少年時代はさすがに知らないけどね。御老体たちが、口を揃えて似ているって言ってるらしいからね」

 

「そういえば、うちのじいさまもトーマを見て、変な顔をしていました」

 

 アルドリックは、コンラッドの両肩を掴んで揺さぶった。

 

「なあ、コンラッド。あの子の母親は誰だ? それがわかれば、潔白の手掛かりに……」

 

「わかりません」

 

 コンラッドは、申し訳なさそうな顔をした。

 

「わからないって……どういうことだ?」

 

 アルドリックは、途端に焦りだした。

 

「赤子の時に捨てられていたのを、バルドに拾われたらしく……」

「せめて、歳は……」

「バルドが途中でわからなくなったと……。多分、十四、五だとは思うのですが……」

 

「バ、バルド〜。なあ、ジーン。その頃、俺はどこで何をしていた?」

 

「知りませんよ。そんなこと。何で、御自分には、関係がないとはっきり言えないんですか。日頃の行いが悪いから、こんなことになるんです」

 

 ジーンの白い頬が、怒りで少し赤らんだ。そうでなくとも多忙なのに余計な仕事を増やされて、ジーンは不機嫌だった。

 

「コンラッド、俺はどうしたらいい?」

 

 そんなことを聞かれても困る、と思ったが口には出さなかった。

 

「とりあえず、昔の陛下の記録を調べましょうか?」


 コンラッドの提案に、ジーンは片手を振った。

  

「いいよ。コンラッドは、そんなことしなくても。誰かにやらせるから。ただ、やるにしても陛下の記録は膨大だからね。先ずは、期間を絞り込まないと。あの子が小さい時、預けられてた家があるだろう。そこに人を遣ってみるよ」

 

「預けられていた家……ですか?」

 

「ああ。だってまさか、バルドが赤子を育てたと思うかい? どこで育ったか、村の名前ぐらいは覚えてるだろう。それより、トーマの身の安全を確保した方がいい。噂を信じて、おかしな気を起こすやつがいないとも限らないからね」

 

「アラナ夫人の所から、帰すことは出来ませんか?」

 

「トーマの事が、すっかり気に入ってしまったみたいでね。ウィラードの件で気落ちしてるだろうから、あまり強くも言えなくてね」

 

 アルドリックは、両手でこめかみを押さえた。

 

「それでは、うちの妹をアラナ夫人の所へ行かせてもよろしいでしょうか?」

 

「それはいいな。エディシュだっけ。アラナには俺から話を通しておくよ」

 

「出来ましたらもう一人、腕のたつ女性を一緒に行かせたいのですが」

 

「わかったよ。あれ? ヴォルフが結婚がどうとか言ってた気がするんだけど」

 

「はい。これから日を決めて先方と会う予定ですが……」

「うう。これじゃあ、オーレリアに怒られる」

 

「先に、レダ様に怒られることを、心配されたらどうでしょうか」

 

 レダはアルドリックの妃で、彼がまだ少年の頃から、共に馬を並べてきた戦友でもあった。頭は上がらない。

 

「レダの耳に、入らないようにできない?」

「無理でしょうね」

 

 ジーンは、素っ気なく答えた。


 コンラッドは宮殿を辞して家へと戻った。エディシュとニケは、喜んで仕事を受けてくれるだろう。問題は……。

 

「何を言っているのですか。コンラッド。そんなお話、何故受けてきたの。お断りなさい!」

 

 コンラッドの予想通り、この話は母の逆鱗に触れた。

 

「しかし、母上。アルドリック陛下、自らのご依頼で……」

「先方とは、数日中にでもお会いできればという話になっているというのに」

 

「もうしばらく、先に延ばすことは出来ませんか?」

 

「先延ばしって……あの子、今いくつだと思っているの? 二十五よ。大抵の娘は十七、八でお嫁に行くというのに。大体コンラッド、あの子がお嫁に行かないと、あなたの話も進めにくいのよ。あなただってもう……」

 

「わかっています。母上、これが最後です。この件が終われば、必ず私も一緒に先方に、お詫びに参りますので」

 

 コンラッドの懇願に、オーレリアも渋々了承した。

 

「わかりました。アルドリック陛下のご依頼では仕方ありません。ただし、雪解月の頃までには、何とかしてちょうだい」

 

 思いもしなかった新しい仕事に、エディシュは喜んだ。ニケも、割り増し料金を払うと言われて快諾した。そして、一番喜んだのは、トーマだった。

 

 エディシュとニケは、出来上がったばかりのドレスを身に着け、髪を結い、アラナ夫人の邸宅へとやってきた。アラナ夫人に挨拶を済ませると、二人は別室でトーマに身辺の様子を聞いた。

 

「エディシュさん、ニケさん。お久しぶりです。わあ、エディシュさんのドレス姿、初めて見ました。綺麗ですね」

 

「ありがとう、トーマ。やっぱり、あたしにそんな事を言ってくれるのは、あんただけよ」

 

 エディシュは、トーマの頭を抱え込み、ぐりぐりと撫で回した。

 

「とりあえず、元気そうで良かったわ。ところで、宮廷での生活はどう?」

 

「それが……とても、お優しくしていただいて。ウィラード殿下のことで、お寂しいんでしょうか。僕は親がいませんから、こんなふうにしていただくのはうれしいのですけれど、なんとなくアラナ様が心配で」

 

 確かに。いくら自分の子供がいなくなったからといって、こんな風に見ず知らずの子をかわいがったりするものだろうか。アラナ夫人の行動は理解出来ないが、それを追及するのはエディシュの仕事ではなかった。今は、トーマの安全を確保することが一番だ。何も起きなければ、それでいい。


 エディシュは、アラナ夫人とトーマの行動に付き添い、ニケは、外回りを警戒することにした。アラナ夫人付きの女官たちは、急に現れた新参者に警戒していたが、二人が気にする事は無かった。

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エル・カルド(七つの剣) 夜田 眠依 @mame_daifuku99

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