第49話 抜け道 二人の行方⑧
翌朝、シルヴァに連れてこられたのは、孔雀石の鉱山だった。二人は灯りを手に、吸い込まれるような暗闇の中、下へ降りる坑道をひたすら進み続けた。
迷路のようなその道には、シルヴァが付けたのであろう印が、あちらこちらに見受けられた。ウィラードは、それを見てぞっとした。ちょっと間違えれば、帰り道さえわからなくなりそうだった。
シルヴァは、結界でどこかへ飛ばされたり、同じ所を歩かされたりすると言っていた。彼は平気な顔をしているが、こんな暗闇で、ずっとそんな事をしていたのだろうか。
二人は、体一つ分しか通る広さの無い場所や、水の湧き出る場所を通った。足を滑らせそうになりながら、水の流れから横道に入り下って行くと、目の前に急に光が射し込んできた。
ウィラードは、眩しさから思わず手で目を覆った。光に慣らしながら、ゆっくりと目を開けると、そこには外の景色が広がっていた。
しかしその先は、断崖絶壁だった。一歩進んだその先に、広がるのは果てしなく続く空。下に広がる景色は、雪に覆われた一面の木々。そして、その遥か先に見えるのは……。
「あれが、多分エル・カルドの町だ」
シルヴァは遥か遠くにある、見えるか見えないかぐらいの塊らしきものを指さした。
「え? じゃあ、ここはもう結界を超えてるの?」
ウィラードは、驚いてシルヴァの顔を見た。てっきり、転移の魔道でなければ、結界の外へ出ることが出来ないのだと思い込んでいたのだ。
「おそらくな。結界は、書蔵庫の魔道符を中心に、だいたい等距離で張られていた。ここは、距離的には超えてると思う」
「……何で?」
「俺も、はっきりとはわからないんだが、ここの孔雀石の鉱脈が結界の力に干渉してるのかな、とは思っている。ただ、この下が本当に結界の作用を受けないのかどうかは、降りてみないとわからないけどな」
「シルヴァ、凄い。よく、こんな場所を見つけたね。僕が魔道書を読んでる間、ずっと探してたの?」
「ここを見つけたのは偶然だ。坑道をウロウロしてる時に、ここへ続く道が何となく、おかしな感じがしてて。結界の力が歪んでいるような、弱まっているような。それで行ってみたら、結界を抜けていた」
シルヴァは時々、ウィラードには理解出来ない事を言う。この人は、目には見えない結界の力が、どうなっているのかわかるようだ。それは〈
「そうなんだ。でも、どうやってここから降りたらいいんだろう」
ウィラードは、断崖をのぞき込んだ。風が下から吹き上がり、腰から下がゾクゾクと寒気がするような高さだった。
「そりゃ、長い縄を作るしかないな。それは、俺に任せておけ」
シルヴァも、同じように膝をついて、下をのぞき込んだ。
「僕も、何か手伝いたい」
魔道に関しては、結局、役に立つ事は出来なかった。ウィラードは、何か役に立つ事をしたかった。
「じゃあ、材料の調達を任せようかな。水辺の葦で出来るだろう。でも大変だぞ。冬の葦は硬い。手が傷だらけになる」
「いいよ。やりたい」
「じゃあ、じいさんたちに報告に行くか。魔道は諦めたってな」
シルヴァは面白そうに笑うと立ち上がり、壁を伝いながら坑道を引き返して行った。また、あの老人たちに『お前は本当に〈アレスル〉なのか』と言われそうだった。
ウィラードもシルヴァの後をはぐれないように歩いた。暗い坑道の壁を、シルヴァが触れると、ふわりと孔雀石の鉱石が光った。シルヴァは、それに気づかずただ上っていく。
ウィラードも、同じように壁に手をついてみたが、壁はかすかにしか光らない。何かが違う。自分の血が半分ローダインのものだからだろうか。
(僕は、やっぱり〈アレスル〉ではないんじゃないか。剣が抜けたのも、何かの間違いなんじゃ)
ウィラードは、何となく感じていた自分とシルヴァの違いが、今はっきりとした形を持って見えたような気がした。
次の日からシルヴァとウィラードは、流刑地からの脱出準備を始めた。あの、断崖絶壁を降りるための縄を作ることが目標となった。
ウィラードが水辺の葦を刈り、シルヴァが縄を作る。ウィラードはシルヴァに教えられた通りに、刈った葦を小屋の前で切り揃えると、軒下にぶら下げ、乾燥させた。すでに乾燥した葦を取り込み、水を張った桶に漬け、小屋の中に座るシルヴァに渡すのだ。
シルヴァは、柔らかくなった葦を小刀で縦に裂き、縄を
ウィラードも試しに縄を綯ってみたが、とてもではないが、生命を預けられるようなものにはならなかったので、葦を束ねるのに使うことにした。
毎日、少しずつ出来ていく縄を見て、ウィラードはここから出られる日が近づいている事を実感した。と言っても、縄作りに専念出来る訳でもなく、相変わらず生活のための活動もしなければならなかった。食料を調達し、調理し、片付け、家畜の世話をし、薪を拾い、家を修理する。毎日、朝から晩まで働き続けるうちに、日は過ぎて行った。
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