第48話 魔道書 二人の行方⑦

 流刑地の書蔵庫にある魔道書は、実に膨大だった。ウィラードは、その中から魔道について初歩的な事が書かれた書物から順番に、根気良く読み解いていった。シルヴァが廃屋にあった机と椅子を修理して、運び込んでくれたおかげで、作業はずっとはかどるようになった。


 どうやら魔道には、大きく分けて二種類あるようだった。一つは詠唱により発動させる魔道。もう一つは魔道符による魔道。

 

 詠唱による魔道は長い期間の鍛錬が必要で、そのせいか後世になればなるほど、あまり利用されなくなっていった。魔道を発動させるためには、単に書かれている事を詠唱するのではなく『プルード』と呼ばれるものを扱う必要があるらしい。だがそれが何かは、魔道書を読んだだけではわからなかった。

 

 もう一つの魔道符による魔道は、基本的に誰でも使えるようだった。ただしそれを使うにも、やはり『プルード』と呼ばれるものが必要となるらしい。


 微量の『プルード』は誰しも持っているらしく、簡易な魔道符であれば誰でも使う事が出来るようだ。ただし高度な魔道符を使うには、使用者にも相応の『プルード』が必要となり、自分の能力を超えた魔道符を使うと、その生命を危うくするのだった。


 魔道書によると、魔道符の実験の最中に何人もの犠牲者が出たらしく、次第に七聖家以外の人間が魔道符を使用することは禁止されていった。たとえ、それが簡易なものであっても同様であった。そして転移の魔道符のように、大量の『プルード』が必要となるものは〈アレスル選ばれし者〉にしか使用が認められなくなった。

  

 何やら、わかったようなわからないような内容に、ウィラードは大きなため息をついた。


 (疲れた)


 ウィラードは机に上体を投げ出し、目をつぶった。今まで触れた事のない知識。目で見る事の出来ない魔道。教えてくれる人も無いままに、習得する事は出来るのだろうか。焦りばかりが先立つが、転移の魔道を理解しない事には、ここから出る方法は無い。


 机に頭を乗せたまま、ぼんやりと目を開けると、ぞくりとした感覚と共に黒い影のようなものが目の前を横切った。それは以前、水鳥を獲った帰りに感じたものと、よく似ていた。

 

 (気のせい……だよね)

 

 ウィラードは、目だけを動かし辺りを探ったが、すでに何の気配も感じなかった。ウィラードは慌てて姿勢を正し、再び魔道書に没頭した。

 

 ウィラードが魔道書に取り組み初めて数日、ようやく転移の魔道が書かれた箇所を見つけ出した。だが、その内容は極めて複雑で、見ているだけで頭が痛くなりそうだった。


 転移の魔道は、魔道符によって行われることを薦める内容が書いてあったが、その理由もこの魔道の複雑さが原因だった。これを一回、一回、正確に詠唱するのは困難だろう。昔の七聖家の人々は、実績のある魔道符を複製し、利用していたようであった。ただ、本を読んでも肝心の、魔道符の作り方がわからなかった。

 

 ウィラードは、それからも毎日、魔道書の解読に勤しんでいた。しかしウィラードは、じきに自分の限界を思い知った。そしてある夕食時、ついに断念した。

 

「シルヴァ、ごめん。僕には無理」

 

 ウィラードは夕食の鹿肉のスープを前にしながら、申し訳無さそうに謝った。

 

「ウィルでも無理か。仕方ない。そんなに難しいのか」

 

 シルヴァは、鉄鍋で焼いたばかりのパンを一つ、木の皿に乗せて、ウィラードの前に置いた。

 

「うん。多分、魔道の中でも転移の魔道は、一番難しい部類だと思う。過去に事故がたくさんあったみたいで、細かく色んな条件が書かれていて、それを更に人にわからないように加工してる。基本的に作った人にしか、わからないようになっているんだ。時間をかければ解読できるのかもしれないけど、どれだけかかるかわからないよ。こことエル・カルドを行き来してた人たちは、昔の完成された魔道符を、何らかの方法で複製して使っていたみたいなんだ。とにかく、読んだからって、どうにかなるものでもなさそうだよ」

 

 ウィラードは、まだ温かいパンをちぎって口に入れ、シルヴァはスープを口に運びながら、眉間にシワを寄せ考えた。

 

「そうか。まあ、そりゃ難しいよな。転移した先が壁の中とか、人がいたりしたら怪我するもんな。そういう事故を防ぐ仕掛けが施されているんだろう。昔のが残ってりゃいいんだけど、さすがにもうないか」

 

「〈アレスル選ばれし者〉しか使えなかったっていうから、あるとしても、ここじゃなくてエル・カルドじゃないかな」

 

 シルヴァはスープを全て飲み干すと、木の匙と一緒に椀をテーブルに置いた。

 

「ウィル。〈聖剣の儀〉の時のこと、あれは何だったんだと思う?」

 

 ウィラードは、パンをちぎる手を止めて考えた。

 

「……事故とは思えない。誰かが仕掛けたんだと思う。誰か、僕が〈アレスル〉になって欲しくない人かな。そうだとしたらシルヴァ以外、七聖家の人、全員に可能性があるよね」

 

 ウィラードは、きゅっと口元を引き締めた。

 

「いや、全員じゃない。今回のことは魔道の知識なしには無理だ。昔の〈アレスル〉はある程度の魔道の知識はあったんだ。なら、俺以外の〈アレスル〉に絞られるんじゃないかな」


「シルヴァ以外の〈アレスル選ばれし者〉って、第二聖家のドナル氏か、第五聖家のグレインネさんの母君しかいないよね」

 

 ウィラードは、ちぎったパンで木の椀に残ったスープをきれいに拭い、そのパンを口に入れた。

 

「一番怪しいのはドナルだが、魔道の実績があるのは第五聖家のファーラ婆さんだ。でも歳のせいか、もうずっと人前には出てないからな。やっぱりドナルかな」

 

「ファーラさんって、僕は会ったことがないよ」

 

「もう、歳だからな。俺もずっと会っていない。俺のお袋は第五聖家の出で、ファーラ婆さんの娘だ。婆さんは高齢だから、今の第五聖家はグレインネが代表を努めてる。あれは俺の伯母さんだ。俺は、子供の頃、婆さんに世話になった記憶があるけど……そうだ。昔、流行り病の時に、魔道で何とかしようとしてた。結局、駄目だったけどな」

 

「流行り病は、魔道では治らなかったの?」

 

「ああ、一時的に熱を下げるくらいは出来たみたいだが、治すことはできなかった。その病気の仕組みがわからないとどうしようもないみたいだし、わかった所で治せるかどうかもわからない。詳しいことは俺にはわからないな。俺は治ったけど、身重だったお袋は助からなかった。……魔道は、決して……万能じゃない」

 

 シルヴァは立ち上がると、使い終わった食器を洗い桶に漬けた。

 

「うん」

 

 ウィラードは、すっと顔を伏せた。シルヴァは、くるりと振り向くと、いつもの明るい表情を見せた。

 

「そこでだ。魔道で帰る方法は諦めて、結界を出る方法を探さないか?」


「え? どうやって? そんな方法があるの?」


「ちょっと、気になる場所があって……。明日、一緒に来てくれないか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る