第43話 書架の森 二人の行方⑤
ある日、シルヴァとウィラードは、老人たちに二人が倒れていた山の中の洞窟へと連れて行かれた。元々は鉱山だったらしく、落盤防止の処置がここかしこに施されている。
灯りを手に、迷路のように枝分かれした坑道の、一番大きな道をしばらく下ると、突然広い空間に遭遇した。その場所は、採掘の跡が大きな柱や祭壇の様な形となり、さながら古代の神殿といった様相を呈していた。
「俺たち、ここで倒れてたんだよな。じいさんたち、よくわかったな」
「この鉱山の入口は、小屋の前から見えるんじゃよ」
「そしてあの夜、坑道の入口が光っていた」
「お前さん。ちょっと、ここの壁に触れてみなさい」
老人に言われてシルヴァは、壁に恐る恐る手を当てた。すると手を当てた部分から、波紋を描くように壁全体が輝き出し、広い空間は光で埋め尽くされた。
「何だ、これは」
シルヴァは、壁に手を当てたまま辺りを見渡した。ウィラードは、心地良い光に包まれ、うっとりとした表情で降り注ぐ光を見上げた。
「ここは、孔雀石の鉱山じゃよ。孔雀石の原石は、〈
「孔雀石って、聖剣にはめられているやつか?」
「そうじゃ。孔雀石は、七聖家の人間しか持つことが許されなかった。魔道の象徴とも言われておる石で、ここでしか採掘されない。それも、もう掘る人もおらん」
この大陸では、かつて他の青緑色の石を孔雀石と呼んでいた。しかしエル・カルドの孔雀石が有名になるにつれ、エル・カルドで産出される希少な石を孔雀石と呼び、もともと孔雀石と呼ばれていたものは
シルヴァが壁から手を離すと、光は見る間に力を失っていった。
「やはり、お前さんは〈アレスル〉だな」
「だから、言ってるじゃないか」
シルヴァは顎をポリポリと搔いた。
「お前さん。どうやってここへ来たのか、本当にわからないのか?」
老人たちは首を傾げた。
「俺たちがここに来る時、聖剣の間で魔道陣がいきなり現れた。多分、転移の魔道でここへ来たんだろうな」
シルヴァは、神殿のような空間を見上げて言った。
「もともと、エル・カルドとここは行き来があったんじゃ。昔使っていた転移の魔道符があったのかもしれんな。調べれば何かわかるかもしれん。そうすれば帰る方法も……」
「そうか。でも、何をどうやって調べるんだ?」
「その前に、お前さんたちは魔道を使えるようになりたいか?」
「いや、別に」
シルヴァは迷う事なく答えた。
「別に?」
老人たちは不思議そうな顔をした。魔道は七聖家の特権であり〈アレスル〉ともなれば、昔は魔道が使えて当たり前だったのだ。
「ああ。だって俺の場合、無いのが当たり前だったから、別に使えなくても何ともない。それに、魔道が使える世界ってちょっと想像しにくい。だって転移の魔道がバンバン使えてみろよ。誘拐し放題じゃないか。暗殺だって簡単にできる。人を攻撃するような魔道だってあるんだろ? 誰が、どうやって歯止めをかけるんだ?」
シルヴァは大真面目だった。魔道を使う人間が善良とは限らない。それは、たとえ七聖家の人間であっても同じだと思っていた。
「お前さんは、どうじゃ?」
老人たちは、ウィラードにも聞いた。
「僕は……あまり考えたことがないから良くわからないけど、シルヴァの話を聞いたら、そうかなと思う」
老人たちは、顔を見合わせてうなずいた。
「お前さんたち、ちょっと来なさい」
シルヴァとウィラードは、老人たちの後をついて坑道を出ると、山道を降り、集落を抜けて森の中へと入った。森の中には石造りの大きな建物があり、それは、この寂れた場所には、不似合いなほど立派なものだった。
老人の一人が、紐についた棒のようなものをシルヴァに渡し、扉の穴に差し込むよう促した。シルヴァが棒を差し込むと、扉は音を立ててひとりでに開いた。それは、明らかに魔道の力であった。この棒は、扉の鍵であるらしい。棒の先には小さな孔雀石が貼り付けてあった。どうやらこの鍵も、魔道符の一種であるようだった。
シルヴァは鍵を老人に返し、扉をくぐり中に入ると、そこには不思議な文字が刻まれた大きな孔雀石が、台座の上で温かい光を放っていた。
シルヴァは、その魔道符に何となく見覚えがあった。ディランに見せられた魔道符と、その複雑さこそ違うが、根は同じものだと感じた。
「これは、結界の魔道符か? これが、この流刑地の結界を司っているのか?」
「そうじゃ。この魔道符自体も結界に守られている。触ると怪我をするぞ。気をつけろ」
さらに奥にある扉を開き中に入ると、そこは見渡す限り書物が置いてあった。高い天井まで続く書架が壁一面に設置され、更にその前にも幾重にも書架が立ち並んでおり、さながら書架の森のようであった。
その中には書物がぎっしりと詰め込まれていた。ただし、そこにある書物は羊皮紙や紙の本とは限らなかった。木の板を束ねた物、石版に彫られた物、粘土を固めたような物さえあった。そこに書かれている文字も、また様々であった。シルヴァとウィラードは、森のようになった書架の間を、きょろきょろと見回しながら、ゆっくりと歩いた。
「なんだ、ここは。書蔵庫か?」
「凄いね。これは、全部書物?」
「そうじゃ。ここにはエル・カルドに伝わる様々な書物が収められておる。主に歴史書と魔道書がな」
「歴史書と魔道書?」
「どちらも、七聖家がずっと隠してきたものじゃ」
「隠してきた? 誰から?」
「七聖家以外の人間全て。正確にいえば〈アレスル〉以外の全てかの。外へ出さないように、ここでずっと保管されている」
「言葉も文字も、使っているうちに変わっていく。昔の書物は、定期的に写しが作られてきた。それはかつて〈アレスル〉の役割の一つでもあった。ここの書物を
老人たちは、今はいなくなった誰かを思い起こしているようだった。
「お前さんたちの言う、エル・カルドの封印が解けてからは、人も物も入ってこなくなった。儂らは、ずっと忘れられていた」
老人は、シルヴァに書蔵庫の鍵を差し出した。
「儂らは、もう歳じゃ。いつ死ぬかわからん。だから、これをお前さんたちにやろう」
「じいさん。俺たち、こんなもん貰っても……」
「お前さんたちは、ここを出ていかなければならんのじゃろ? だが、結界に閉ざされたこの場所から、どうやって出るのかは儂らにもわからん。ここの書物を調べるしかあるまい」
「ええ! ……これを調べるのか?」
シルヴァは、そびえ立つ書架を見上げた。
「昔は〈アレスル〉が流刑地とエル・カルドを行き来していたんだし、お前さんたちも魔道でここへ来たんじゃろ? 方法が無いわけじゃないだろう。それに〈アレスル〉でなくともここから出ていった人間も、いるにはいる。無事なのかどうかは、わからんけどな」
「出ていった人間?」
「昔の話じゃ。ここも儂らが死んだら、もう永久に誰にも知られないままになるかと思っていたが……。まさか、今になって外から人が来るとは……」
「もともとこれはお前さんたち、七聖家のものだ。さあ、ここにある物、全て好きに読め」
老人たちは、シルヴァの手に書蔵庫の鍵を握らせると、肩の荷が降りたような晴れやかな表情で、建物から出ていった。
ウィラードとシルヴァは、呆然と部屋を埋め尽くす書物を見回した。
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