第42話 流刑地の生活 二人の行方④
流刑地での生活は、自給自足の生活であった。そのため、朝から晩まで、やらなければならないことがたくさんあった。何よりも、食料の確保は日々の課題であった。
ここでは、老人たちが冬を越すためのわずかな食料しかなかったので、シルヴァとウィラードは自分たちの食料確保に奔走した。鳥、ウサギ、魚、時には鹿のような大きな動物も食料となった。と言っても、これらの動物を食料にするには、ウィラードは無力だった。
動物の皮を剥ぎ、食料にする行為は、子供の頃からやっていないと抵抗があるものらしい。ウィラードはシルヴァに無理をするなと言われ、その場を離れると、とぼとぼと集落の外れにやってきた。
そこでは老人たちが、麦畑の様子を見に来ていた。ウィラードも、老人たちと一緒になって麦畑を眺めた。
この草のようなものが、いずれ小麦となり、小麦粉となり、パンとなるのだ。そしてそれが大陸中で行われ、何百万人もの人の糧となるのだと思うと、小さな草も偉大に思えた。
ある日の夕食時、鳥肉の入ったスープと焼き立てのパンを食べながら、シルヴァは老人たちに尋ねた。
「なあ、じいさんたち。ここでずっと暮らすつもりなのか?」
「どういう意味じゃ? 儂らは、ここ以外に行く所はないぞ」
「ここんところ、じいさんたちの生活見てたけど、もう成り立ってないよな。人がいた頃は良かったんだろうけど。もう、二人だけじゃ限界だろう」
シルヴァの言葉に、老人たちは黙ってしまった。薄々は理解していた。細々とした日常の営み、畑や家畜の世話、家や環境の整備。自給自足の生活は、年老いた二人ではもう無理なのだと。
だからといって、他の選択肢は自分たちにはなかった。ただもう、朽ちるのを待つだけなのだと。老いた自分たちは、それでも良いと。
「なあ、俺たちと一緒にエル・カルドへ行かないか? これでも俺は、七聖家の人間だ。じいさん二人、養うくらいは出来る」
ウィラードは、シルヴァの申し出に驚いた。そして自分たちが、ここから出ることしか考えていなかった自分を恥ずかしく思った。
「儂らはここしか知らん。ここ以外に行く所はない」
「そんなことはない。どこ行ったって存外、生きていけるもんだぜ」
老人たちは、顔を見合わせた。外の世界へ行くことなど、考えたこともなかったのだ。
「……ちょっと……考えさせてくれ」
小屋へ戻ってきたウィラードは、寝台に潜り込むと、ポツリと言った。
「シルヴァ。僕は……全然なってなかった」
「何がだ?」
シルヴァは暖炉の前に座ると、大工道具の手入れを始めた。
「僕は、自分たちがここから出ることしか考えてなかった。おじいさんたちのことなんか、全然考えようともしていなかった。僕は駄目だ」
シルヴァは、手入れの手を止めた。
「別に、駄目じゃないだろう。若い時は自分の事で精一杯だって。俺だってそうだった。俺は、お前の倍も生きてるんだぜ。多少の目端が効くだけだ」
「そうかな。僕は、もう人間として駄目な気がしてる。いくら勉強したって、周りの人に目がいかないようじゃ……」
ウィラードは、頭から掛け布を被って丸くなった。
「そんな事、言うなよ。俺だって完全に善意でやってる訳じゃないって。……これは、駆け引きの一種だ」
「駆け引き?」
ウィラードは掛布の中から顔をのぞかせると、不思議そうな顔でシルヴァを見つめた。
「ああ、人間ってのは、何かをやってもらうばかりだと、居心地が悪くなるもんだ」
シルヴァは珍しく、含みのある笑顔を見せた。
「シルヴァは、そういう事をどこで勉強するの?」
「勉強なんかしてない。人と付き合っていくうちに、勝手に覚えるんだよ」
シルヴァは、再び大工道具の手入れを始めた。
「シルヴァは、どうして帝都に勉強に来なかったの?」
「あれか? ローダインの子供は、十二歳になったら帝都へ出てきて勉強するってやつか?」
ウィラードは小さくうなずいた。
「うん。ローダインだけじゃなくて、帝国中のいろんな国からも来てたよ。近隣の国だけじゃなくて、商業自治州とか辺境の領主の家からも。エル・カルドから来た人は知らないけど、ディランはゼーラーン将軍の家にいたよ」
「その頃、俺はそういう風習があるって知らなかったし、知ってても勉強はしたくなかったかな」
「するのは、勉強だけじゃないよ」
帝都に集まってくる目的は、勉強以外に人の交流が大きかった。多くの国から人が集まり、また帰って行く。少年時代の交流は、大人になってから様々な場面で活きることとなり、帝国内の絆を深めることにも一役買っていた。かつては王族が互いの国を行き来し培ってきた人の繋がりが、王族以外の人々にも広がった形となっていた。
「ああ、でもやっぱり俺は、いろんな場所へ行ってみる方を選んだかな」
「どうして?」
シルヴァは再び手を止め、天を仰いだ。
「自分の目で、確かめたかったんだろうな。いろんなことを。子供の頃、エル・カルドが世界の全てだと思っていた。でも、ある日突然、その先に多くの国があって多くの人がいるってわかって、文字通り世界が広がったんだ。何か分からないけど、わくわくした。何でもいいから見たかった」
燃える暖炉の薪が、音をたてて崩れた。
「何となく、大人になったら外へ行けると思っていたから、大人になるのが待ちきれなかった。でも、大人になって待っていたのは〈聖剣の儀〉だった。〈聖剣の儀〉で聖剣を抜けば〈
シルヴァは、新しい薪を暖炉に放り込んだ。
「言葉もろくに分からなかったけど、仕事をしながらそのうち覚えた。周りの人、全部が俺の先生だった。外での生活そのものが、俺にとっては勉強だったよ」
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