第31話 流刑地 二人の行方①
朝、目を覚ましたシルヴァは、ウィラードが寝台で眠っているのを確認すると、起こさないように潰れそうな小屋からそっと外へ出た。うっすらと霧のかかった空気は冷たく、体を震え上がらせた。地面には雪が少し積もっている。
昨夜の事は夢のように思っていたが、自分たちは、やはり流刑地とやらにいるらしい。外を見た感じはエル・カルドとさほど変わらないが、少し標高は高いような気がする。
大陸の様々な土地を巡ってきたシルヴァにとっては、その土地の持つ表情なり空気感の違いは、肌ではっきり感じ取れるものであった。
それでいうとここは、エル・カルドとさほど離れてはいないのだろう。だが、エル・カルドの流刑地がどこにあるかなど、シルヴァは聞いたことがない。
それほど近くなら、何かしら耳に入りそうなものだが……。ここもまた、以前のエル・カルドと同じように、長い間結界に閉ざされているのだろうか。
(やっぱり、この格好は寒いな)
ローブのフードを被り直し両手に息をはいた。そして、昨夜の老人たちとの会話を思い起こした。
◇ ◇
洞窟の焚き火の前で、シルヴァは老人たちに聞いた。
「エル・カルドの流刑地って何だよ」
「お前さんたちは〈
「俺は、流刑地のことなんか何も聞いてない。昔の流行り病でたくさんの人が急に死んだから、いろいろわからなくなってるんだよ」
老人たちはしばらくシルヴァをじっと見ていたが、焚き火を消し、立ち上がると、自分たちに着いてくるように言った。シルヴァは、動けないウィラードを背に負い、灯りを持つ老人の後ろをついて行った。
洞窟を抜け、山道を下ると、寂れた集落があった。夜だというのに、灯り一つ点かないその場所は、廃墟といった方が良いようなものであった。
「まさか、エル・カルドの封印が解けていたとはな」
「それだってもう、二十五年も前の話だぜ。それより、ウィラード殿下は大丈夫なのか? さっきからずっと、ぼんやりしてる」
「初めて魔道で転移してきた〈
「ここの住人、今はどうしてんだ?」
「死んだ。高齢の婆さんじゃったから……」
老人は、ガタついた扉を開け、中へと入った。暖炉に火を入れると、部屋の中は、ぽっと明るくなった。シルヴァは、粗末な寝台にウィラードを横たえると、掛け布をかけた。
「今日は、もう寝なさい。明日、また話をしよう」
言われるがままに、シルヴァは暖炉の前の敷物に横たわり、つぎはぎのある掛け布を体にかけた。老人たちに聞きたいことは山ほどあったし、エル・カルドがどうなったかも気にはなっていたが、とりあえず考えることはやめた。
「明日、明るくなればもう少し、何かわかるだろう」
そのままシルヴァは眠りに落ちた。長い一日だった。
◇ ◇
シルヴァは振り返り、今いた建物を見上げると、そこは随分と年季の入った小屋だった。屋根には苔やら草が生え、扉も壁も何度も修理した跡がある。周りを見回すと、既に朽ち果てた小屋がいくつもあった。
以前は、それなりの規模の村であったように見えた。他に人が住んでいる様子は無いが、遠くから家畜の声はしている。住人は、あの二人の老人だけなのだろうか。
戸の開く音がしたので振り返ると、寒いのか、ウィラードが顔だけのぞかせていた。
「殿下、お目覚めですか?」
シルヴァは一旦小屋に入り、暖炉に火を入れ、部屋を暖めた。そして暖炉の前に座るウィラードに、昨夜の老人たちとの会話を伝えた。だがやはり、ウィラードもまた、流刑地など聞いたことはなかった。
二人が話をしていると小屋の扉が開き、老人たちが湯気の立つ鉄の鍋を持って入ってきた。鍋には野菜のスープが入っている。
「起きたか? こんな物しかないが、食べなさい」
「悪いな、じいさん。重かっただろう。言ってくれりゃ、取りに行ったのに」
シルヴァは老人から鍋を受け取ると、傾いた食器棚から無造作に置かれた木の器を取り出し、スープを注ぎ、ウィラードに手渡した。そして自分もまた暖炉の前に座り、湯気の立つスープをすすり始めた。
「ありがとよ。腹減ってたんだ。……ちょっと、味が薄いな」
「岩塩ならあるぞ。調味料といえば、ここで採れる岩塩か蜂蜜しかないけどな」
暖炉の前の敷布に座り、シルヴァとウィラードは、岩塩を振りかけ、熱々のスープを食べ続けた。老人たちは、勢い良く食べる二人を呆れるように見ていた。
「なあ、じいさんたち。あんたらは、何をして流刑地に入れられたんだ?」
「何も」
「何もって……何もしてないのに、流刑地にいるのか?」
「そうじゃ。儂らは、ここで生まれ育ったんじゃ。ここは、儂らの故郷じゃ」
老人たちは、自分が流刑地にいることに何の疑問も抱いていないようだった。
「じゃあ、何かしたのは、じいさんたちの親か?」
「いいや」
「じゃあ、その上?」
「さぁなぁ。もう、儂らにもわからんのだ。そもそも、この地に最初に入れられたのは、エル・カルドが結界の中に閉じこもることを反対した人たちじゃ」
シルヴァは野菜のスープを喉に詰まらせそうになった。
「一体、いつの話だよ。それ、エル・カルドができた時からあるってことだよな」
「そうじゃ。その人たちは、幾人かはここに送られ、幾人かは外の世界へ逃げたと聞いておる。もちろん、その後も多くの罪人がここへ送られてきた。儂らは、そのうちの誰かの子孫じゃ。ここ以外の場所は知らんし、ここ以外の人も知らん」
「昔は〈アレスル〉が定期的に、儂らの様子を見に来ておったんじゃ。ここでは、手に入らないものを持ってきてくれたりしておった。いつの間にか、誰も来なくなっていた」
老人は、木の跳ね上げ窓につっかい棒をして、外の景色を眺めた。その先には、鉱山の入り口らしきものが見えた。
「ここへは、どんなやつが送られてくるんだ? エル・カルドにだって、牢屋はあるぞ」
「ここへ送られてくるのは、七聖家に歯向かった者、魔道を広めようとした者もいたな」
「魔道を広める?」
「ああ、魔道は七聖家が独占している。それを、誰にでも使えるようにする研究をしていた者たちがいた」
「誰にでもって?」
「魔道符じゃよ。魔道符があれば、誰にでも魔道が使えるんじゃないかと言う話だった……かな?」
「いや、使う者の
「なんせ、昔のことじゃからの。忘れた」
「
シルヴァは、老人たちの会話がさっぱりわからず、頭を抱えた。かつての七聖家が魔道を使っていたのは確かだが、シルヴァの物心がついた頃には、魔道を使う人間などほとんどいなくなっていた。
「情けないのう。お前さん、本当に〈アレスル〉か?」
「一応……」
「それに、その連れの子。この子も〈アレスル〉なのか?」
「ああ。だって、剣を抜いたぜ。そういえばウィラード殿下の剣はどこだ?」
老人は、部屋の隅に立て掛けてある聖剣を指差した。
「慌てるな。ちゃんとそこへ持ってきてある。抜き身のままで危ないじゃろ。鞘はどうした?」
「鞘は……落としてきた。聖剣の間に」
「しょうがないのう。そのうち、何か鞘の代わりになるものを作ればいい」
味はともかく温かい物がお腹に入り、鍋が空になる頃には、すっかり体は暖まっていた。
「ありがとよ。暖まったよ。この集落は、じいさんたち以外、誰かいないのか?」
「十年くらい前までは、まだ小さい子もいたんだがな。みんな、怪我やら病で死んでしまった。残っているのは、もう儂ら二人だけじゃ」
「……そうか。よし、じゃあ体も暖まったし、助けてもらった礼でもするかな」
シルヴァは
「さて。やって欲しいことは何かあるか? 薪割りでも家の修理でも、何でもやらせてもらうぞ」
老人たちは、急遽現れた若い労働力に大喜びし、屋根の修理に家畜小屋の掃除、
シルヴァは嫌な顔一つせず、それらを黙々とこなしていった。ウィラードも側で手伝おうとはしたが、出来ることはあまりなかった。せいぜいシルヴァに道具を渡すことと、牛舎の掃除ぐらいだった。
牛舎の掃除は、皇弟子殿下のすることではないとシルヴァに止められたが、長衣の裾をたくし上げ綺麗に掃除をし、藁を入れ替えた。サンダルで、牛舎の床を歩くのは、勇気がいったが。
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