第24話 会議の行方

「ねえ、一体どういう事? ウィラード殿下とシルヴァが消えたって。おまけに、ディランまで連れて行かれて」

 

 エディシュはゼーラーン卿の部屋へ入るなり、祖父と兄に詰め寄った。

 

 聖剣の儀が終わり、なかなか出てこないウィラードとシルヴァの様子を見に行ったディランが、二人は目の前で消えたと言っているのだという。


 階段上で待っていたエディシュたちも、ただ事ではない衝撃を感じたのだったが、それが何なのかわからないでいた。


 ただ、聖剣の間にいたのはディラン一人で、彼は今、他のエル・カルド人たちに城のどこかへ連れて行かれた事だけはわかっている。そして、そこへ先程まで祖父と兄が呼ばれていた事も。

 

「エディシュ、落ち着きなさい。ディランは七聖家の会議に証言をしに行くだけだから。何も拘束されているわけじゃない」

 

 戻ってきたゼーラーン卿とコンラッドもまた、表情は硬くこわばっていた。ローダインの皇弟子殿下の行方がわからなくなった。しかも、魔道が原因だという。


 魔道に理解のないローダインの面々に、これをどう説明するのか。信じてもらえるのか。下手をすれば、ディランが犯人扱いされるのではないか。様々な考えが、コンラッドの頭の中を巡っていた。すると、部屋の外で控えていたジルが声をかけてきた。トーマが戻ってきたと。

 

「トーマ! あんたどこ行ってたの! 心配してたのよ!」

 

 エディシュはトーマの肩を掴み、揺さぶった。

 

「ごめんなさい。僕のせいで……こんなことに」

 

 トーマは皆の前で、聖剣の間での出来事を話し始めた。


  

 七聖家の間では、緊急の会議が開かれていた。

 

「こんな話、にわかに信じられるか」

 

「聖剣の儀で抜けなかった聖剣が、後になって抜けるなんて、聞いたこともない」

 

「前例にない。認められない」

 

「でも現に、鞘はこうやってここにあるんだ。聖剣が抜けたっていうことだろう?」

 

「それに一体、二人ともどこへ行ったんだ?」

 

 会議は、堂々めぐりの様相を呈していた。証言を求められてディランが七聖家の間に入ると、円卓に座る人々の視線が一斉に集まった。どうやら彼らが、七聖家の代表者のようだ。


 第一聖家のミアータ夫人、第二聖家のドナル、第三聖家のリアム、第四聖家のオーエン、そして第六聖家のマイソール卿。第五聖家と第七聖家の代表者は、ディランの面識のない人物だった。

 

 会議で口火を切ったのは、意外にもドナルだった。

 

「これはまた、珍しいお客さんだ。ここの言葉はわかるのかね? 自己紹介でもしてもらおうか」

 

 だが、ドナルの言葉を栗色の長衣を着た年配の女性が、ダミ声で打ち切った。

 

「必要ないわ。キリアンとセクアの息子でしょう? 顔を見ればわかるわ。私はグレインネ。あんたの両親のことは、子供の頃から知ってる。第五聖家の〈アレスル選ばれし者〉は母だけれど、高齢だから私が代表者を務めている。他に、わからない人はいる?」

 

 ディランは、第七聖家の代表者の男に視線を向けた。緑色の長衣を着た、気の弱そうな、貧相な男だった。

 

「ああ。彼は、第七聖家の代表者でシムオン。お兄さんが〈アレスル選ばれし者〉だけど、聖剣を持ったまま行方不明。あんたの両親と違って、何でいなくなったのか、どこへ行ったのかもわからない。そうよね」

 

 第七聖家の代表者は小さくなってうなずいたが、グレインネはどうでもいいという表情で顔を背けた。

 

「ディラン。何があったか説明してもらえるかな?」

 

 マイソール卿が青ざめた顔で、何とか会議を進めようとしていた。息子が行方不明になり、混乱しているというのに、他の誰も、その役目を担おうとはしなかった。

 

「私が聖剣の間に様子を見に行った時、シルヴァは『ウィラード殿下が、聖剣を抜けないのはおかしい』と言って、ウィラード殿下と話をしていました」


 会議の場が、どよめいた。

 

「その時、シルヴァや君が剣に触れることはなかっただろうね」

 

 マイソール卿は念のために確認した。

 

「シルヴァも私も剣に触れていません。シルヴァはその点、非常に注意していました。ウィラード殿下の剣が、なぜ抜けたのかはわかりませんが、抜けた途端に魔道陣が現れ、ウィラード殿下とシルヴァの姿が消えました。私が目撃したことは、以上です」

 

 円卓に座る人々は一様に黙り込み、ディランの言葉を理解しようと努めているように見えた。

 

「魔道……」

 

 誰かがつぶやいた。

 

「魔道なんて、私の母の時代が最後だと思っていたわ」

 

 第五聖家のグレインネが口を開いた。

 

「その場から姿を消したということは、転移の魔道よね。あれは、複雑で高度な魔道よ。誰にでも扱えるものじゃない。私たちが聖剣の儀で、聖剣の間に入った時には、何もなかった。誰が、どうやって、何のためにこんな事をしたのか。二人が、一体どこへ行ったのか。私たちは、どうやって調べたらいいのかしら?」

 

 マイソール卿の提案で、会議はいったん休会となった。


 ディランは、ゼーラーン卿とコンラッドに状況を説明しに戻った。トーマは、こんな事になったのは自分のせいだと言って泣き止まないので、エディシュが側についていた。

 

「じゃあ、トーマがあの場にいた事は言ってないんだね」

 

 コンラッドは、必死に冷静であろうと努めた。

 

「何の後ろ盾もないただの子供が関わる事じゃない。下手をすれば、全ての罪を押し付けられて、一生牢屋行きだ。トーマにも黙っているように言ってくれ」

 

「わかったよ。私たちにとっては聖剣の儀の結果よりも、ウィラード殿下の行方の方が重要だよ。事が公になったら、ローダインも黙ってはいないだろう」

 

「陛下には儂らから説明しよう。コンラッド、明日ローダインへ向けて出発するぞ。ディラン、お前はここに残って調べを続けなさい」

 

 コンラッドとディランは、互いに顔を見合わせ、うなずいた。想定していたものとは異なるが、魔道の事を調べる名目はできた。

 

 深夜に差し掛かろうとする頃、ようやく会議で一定の見解が出された。その内容を伝えにマイソール卿が通訳のミッダを連れ、ゼーラーン卿のもとを訪れた。ミッダはゼーラーン卿の部屋にいた人間に説明をした。その内容は、次の通りである。

 

 1.ウィラード殿下の聖剣の儀の結果については、本人を確認するまで保留。(表向きには体調不良による延期とする)

 2.エル・カルド側は今回の事件の原因を究明し、速やかに二人の捜索にあたる。

 3.詳細がわかるまで、ローダイン側の関与は不要。

 以上。

 

 ゼーラーン卿とコンラッドは、1と2に関しては即座に了承した。3については、一旦ローダインへ持ち帰ること、ディランを調査のために残していく事をマイソール卿に伝え、互いに合意した。ミッダは深夜にも関わらず、その結果を七聖家の各家へ報告しに行った。

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