第23話 儀式の後
〈聖剣の儀〉の終わりを告げる鐘が、鳴り響いた。コンラッドとディランは、階段上で結果を待った。トーマを捜していたエディシュたちも戻って来た。
ローブを着た人々が、階段を昇り戻ってくる。心なしか、穏やかな雰囲気が漂っていた。続いてゼーラーン卿が帰ってきたが、その表情は硬く、コンラッドたちに向かって首を振った。
「だめだったか」
コンラッドは、つぶやいた。
ローブを着た人々は笑い声を響かせながら、城の外へと出て行った。
「なーんか、感じ悪いわね。ここの人。それに、ウィラード殿下とシルヴァが帰って来ないじゃない。他の人は、もうみんな出ていったみたいだけど」
「ちょっと、様子を見てくるか」
ディランが地下へ続く階段の方を指さした。
「お願い。さすがに、あたしたちが行く訳にもいかないし。あんたなら……」
ディランが灯りの付いた石の階段を降りて行くその先には、壁際に木樽が積上げられていた。その横に木の大扉があり、中から話し声が聞こえてくる。大扉を開けて中へ入ると、広い石造りの部屋があった。
部屋の中央には聖剣を置くための台座が据えてあり、その周りには、ぐるりと火の灯された燭台が置かれたままになっている。燭台の向こうに見える部屋の奥には、木箱が無造作に積み上げられていた。
部屋の中央では、聖剣を手にしたウィラードとシルヴァが話しをしている。
「だから、何かおかしいんですよ」
「でも、シルヴァ……」
「殿下、何かありましたか?」
ディランは扉を押さえながら声をかけた。
「あ、ディラン。シルヴァが……」
ウィラードが困ったような表情で、ディランに助けを求めた。
「シルヴァ、どうしたんだ。もう終わったんじゃないのか?」
ディランは蝋燭の灯りの間を抜けて、二人に近づいた。
「お、ディラン。ちょっと見てくれ。この聖剣、何かおかしい。何だろう。もう少しで抜けそうな感じがするんだけど」
ウィラードが手にした剣には、不思議な文字の書かれた鞘がついており、柄にはめ込まれた孔雀石は、蝋燭の光の中で微かな光を湛えていた。ただし、シルヴァの言うおかしいという状態がどういうものかは、ディランにはわからなかった。
「あ、言っとくけど剣には触るなよ。ディラン、お前だって七聖家の血を引く人間だ。他家の剣には触れちゃだめだ」
シルヴァという男は妙な所で真面目だ。〈聖剣の儀〉に文句を言う割には、その時期にはちゃんと国に戻っている。何の意味があるのかわからない詠唱も覚えようとする。もっとも、一度覚えたものを忘れるなとも思うが。
そのシルヴァが、ウィラードの〈聖剣の儀〉の結果に納得していない。自分でも何かわからないが、違和感を感じているようだ。
シルヴァは、ウィラードの持つ剣に触れないよう、注意深くのぞき込んだ。
「長いこと〈アレスル〉が出てなかったから、錆びてるのかな」
聖剣の元となるレイテット鋼が錆びないことは、ディランでも知っていた。
「お前の聖剣も長いこと放ったらかしのようだが、錆びたことがあるのか?」
「え? ない。じゃあ、誰か糊付けしたとか」
「……お前の、おかしいというのは、そういう物理的な話なのか?」
「えっと……よく、わからない」
シルヴァは、困ったように頭を搔いた。
「……もう、帰っていいか?」
ディランは呆れて部屋を出ようとした。一瞬でも、この男に何かを期待した、自分の時間が無駄に思えた。
「あ、待てよ。薄情者! 一緒に考えてくれよ」
「知識の無い人間が何人集まっても、脳みその無駄遣いだ。誰かわかりそうな人間を捜せ!」
シルヴァは帰ろうとするディランの腕を引っ張り、部屋へ留めた。振り返ったディランの視界の端に、何かが映った。
「誰だ!」
聖剣の間の奥に積み上げられた木箱の裏から、ディランが引っ張り出したのは、トーマであった。
「トーマ? こんな所で何をしているんだ」
「ごめんなさい。僕、どうしても気になって」
トーマは、ディランに首根っこを掴まれ、ウィラードとシルヴァの前に立たされた。
「ごめんなさいじゃない。こんな所に隠れて。閉じ込められたら、どうするつもりだったんだ」
「ごめんなさい」
トーマは、ディランの静かな怒りの声に縮み上がった。
「トーマ。心配で見に来てくれたんだね」
ウィラードは、優しく話しかけた。
「ごめんなさい。勝手に入って」
「もういいって。別に、何があったわけじゃなし……そうだ、トーマ。お前、そっち引っ張れよ。お前なら七聖家も関係ないし」
シルヴァは、ウィラードの持つ剣の鞘を指差した。やはり、力技で何とかしようとしているようであった。
「え? 引っ張るんですか? ……触って、いいんですか?」
「おう」
シルヴァは気合い満々で、ウィラードの背後から腰に手を回し、支える体勢をとった。
「トーマ、相手にしなくていい」
ディランは、半ば怒りをこめて言い放った。辺境での魔道符の対応に『力技かよ』と言っていた男が、力技で何とかしようとするのは納得できなかった。
「何いってんだ。お前も、トーマが引っ張るのを手伝ってやれよ」
「何で、私が……」
「僕、引っ張りますから……」
気合いを入れたトーマが、両手で鞘を掴んだ刹那、ウィラードと剣が共鳴を始め、凄まじい空気の振動が一気に部屋を駆け抜けた。燭台の灯りは、一つを残して全て消え、薄闇の中で輝く剣が姿を現した。
「抜けた!」
驚いたトーマは尻もちをつき、鞘を床に落とした。次の瞬間、剣を手にしたウィラードとシルヴァの足下に魔道陣が輝いた。そこから数え切れないほどの魔道陣が、次々と現れ、驚く二人の姿を覆い隠し……そして、消えた。
たった一つの燭台が灯る、薄暗い聖剣の間に取り残されたディランとトーマは、しばらく互いに何も言えず、ただ二人が消えた空間を見つめていた。
「何だ、今のは」
「凄い衝撃だったぞ」
階段の上から、人の声が聞こえてくる。ディランはトーマの腕を掴むと、部屋の外に置かれた木樽の陰に押し込んだ。
「ここに隠れていろ」
そして自身は聖剣の間に戻り、消えた燭台に火を点すと、石造りの床に転がった鞘を拾い上げた。それはウィラードが〈
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