第22話 聖剣の儀
夕闇が迫る頃、城に続々と人が集まり始めた。彼らは、皆各家の色の長衣を身に着け、その上にフードの付いた白いローブを被っていた。玄関のホールに集まる人々の様子を、二階の廊下からゼーラーン卿をはじめとするローダインの一行が、珍しそうに見下ろしていた。
城に入ってきたローブ姿の人物が一人、ローダイン一行の元へとやってきた。シルヴァであった。着慣れない長衣の裾をばさばさといわせながら、大股で階段を上ってくると、ローブを広げて長衣姿を見せた。
「どうだ? 俺の正装は」
「あはは。シルヴァ、似合わない」
エディシュは、何のためらいもなく言い切った。
「酷えなあ。でも、俺も正直、あんまり好きじゃないんだよな、この格好。足が、すーすーして腹を壊しそうだ」
「おじいちゃんの腹巻き、貸してあげようか?」
「エディシュ。儂、使ってるから」
ゼーラーン卿は、ローダインの礼装に包まれた腹を叩いた。
城に集まるエル・カルドの人々もまた、フードを背中に下ろし、ローダインの一行を珍しげに見上げていた。白い長衣の集団の中で一人、第四聖家の長衣を着るディランは、やはり人目を引いた。だが、お互いに声を掛けることはなかった。
「ずいぶん集まったね。ほら、シルヴァ。呼ばれているんじゃないか?」
コンラッドに促され、シルヴァは頭をかきながら、再び裾をばさばさといわせ、エル・カルドの人々の所へと下りて行った。そして、玄関の大階段裏にある地下へと続く階段を、ローブ姿の人々は、フードを被りながら降りて行った。
しばらくするとウィラードが同じように、紫色の長衣と白いローブを身に着け姿を現した。ウィラードは、階段上にいるローダインの一行を見上げると、小さく手を振った。顔に緊張の色はなく、堂々と落ち着いた歩みで階段を降りて行った。
そして最後に、ミッダがゼーラーン卿を階段の下へと誘った。しばらくして戻って来たミッダは、コンラッドに告げた。
「もう少ししたら〈聖剣の儀〉の始まりを知らせる鐘が鳴ります。終了したら、もう一度鐘が鳴るのですが、しばらく時間がかかりますよ。皆さん、部屋へ戻られてはいかがですか?」
儀式の始まりを告げる鐘が、荘厳に鳴り響く。言われるがままに、皆食堂へ移動した。暗くなってきた食堂には、灯りが点された。
エディシュが急に思い出し笑いを始めた。
「どうしたんだい? 楽しそうだね」
コンラッドは不思議そうにエディシュを見た。
「ええ、さっき玄関ホールに素敵なおじさまがいて……ねえ、ディラン。黒い服のおじさまって誰?」
一瞬、コンラッドの顔がこわばるのをディランは見逃さなかった。
「黒は、第二聖家……ドナルだったか?」
「そうだね。昨日の打ち合わせでも顔を合わせたよ」
コンラッドは妹に悟られないよう平静を装った。
「ふーん。……素敵」
エディシュは目を閉じて頬を緩ませた。
「エディシュさん。ローダインへ帰ったら結婚されるんじゃ……」
「ジル。それとこれは別。私は遠くから素敵なおじさまを眺めていたいだけなの」
「エディシュ殿。しかし、ずいぶんと年上の方のような。あの方は……四十歳くらいではありませんでしたか?」
「……だって……好きなんだもん。ああいう人が。ローダイン女性が好きな要素を全部持ってるし」
「な……なんですか、それは?」
ジルは思わず身を乗り出した。若いジルにとっては、一番の関心事であった。
「金髪、丸太のような太い腕、割れたアゴ!」
エディシュは、一本ずつ指を立てながら力説した。
「……それが、ローダイン女性のお好みですか?」
ジルはエディシュの指を、食い入るように見た。
「そうよ。だからジル、あんたはローダインへ行ったらモテるわよ」
「本当ですか? 俺、帝都で頑張ろうかな」
ジルは嬉しそうに両手を握りしめ、気合いを入れた。
「金髪以外は持ってるものね。……あ、ここにどれ一つとして、かすりもしない男がいるけど」
エディシュは、わざと意地の悪そうな顔をしてディランの方をちらと見た。
「うるさい。ほっといてくれ」
ディランは、ふいと横を向いた。
「そういえばトーマがいないわね」
「どこへ行ったんでしょう? 〈聖剣の儀〉が始まる時にも見かけませんでした」
ニケは窓から外を見下ろした。
「外へ出れば誰か見ていると思うけど……。何か、面白いものでも見つけたのかな?」
何と言っても、あのバルドの弟子である。コンラッドもエディシュも、バルドの武勇伝は祖父からたびたび聞いていた。アルドリックがエル・カルドを見つけたのも、元はと言えばバルドの好奇心であった。
「そうね。あの子、エル・カルドへ行くのを楽しみにしていたものね。あたし、ちょっと通訳の人に聞いてくる」
「私も一緒に行きます」
「俺も」
ジルとニケは待っているのに飽きたのか、エディシュの後をついて行った。
「終わりの鐘が鳴ったら、帰ってくるんだよ」
コンラッドは食堂を出ていく三人の背後から声を掛けた。残ったコンラッドとディランは、複雑な表情で互いに顔を見合わせた。
「エディシュがドナルのことを言い出した時は、びっくりしたよ」
普段、冷静なコンラッドが当惑した表情を見せた。
「あいつのおじさま好きは相変わらずだな。結婚は大丈夫か? お前の方が先に決まるんじゃないか?」
ディランの言葉にコンラッドは、誰にも聞こえない声でつぶやいた。
(誰かさんがもらってくれると、助かるんだけど)
だが、その願望が叶えられそうにない事も、コンラッドにはわかっていた。
「それについては、もう親戚にまかせるよ。それよりちょっと待っててくれ」
コンラッドは、部屋から丸めた書類を持ってくると、ディランに手渡した。
「ドナルに関して、クラウスが知っていることを聞き取りしてきた。といっても、五年も隣の屋敷にいた割に、大した話はなかったけどね」
コンラッドは、申し訳なさそうに眉を下げた。
「七聖家の連中は、あまりお互いの事に口を出さないらしい。ましてやクラウスは、ただの教育係だ。世間話以上の事はわからないだろう」
「わからないのは何も、隣の屋敷の事だけじゃないらしい」
コンラッドの言葉にディランは怪訝な表情をした。
「住み込んでいる第一聖家の事情も、よくわからないらしいよ。ここでの家族の形というのは、ローダインとはずいぶん違うようだ。学者としては興味があるようだけれど、世話になっている家庭の事を詮索するのはクラウスも遠慮しているみたいだね」
ディランは、さしたる興味も示さず丸められた書類を広げ、窓辺の椅子に座り読み始めた。
『第二聖家〈
「これを見ると、やっぱり城外での行動が怪しいかな?」
コンラッドは、後ろから書類をのぞき込んだ。
「もし、フォローゼルと何らかの接触をしているのなら、人目の多い城内ではないだろう。ただ、マイソール卿の話では、城外の建物には結界が張られているそうだ。調べるにしても、どうやって入り込むかな」
「そういえば、あのドナルという男。さっきはずいぶん熱心に、君のことを見ていたね」
ディランは、書類から顔を上げてコンラッドを見た。ディランにとっては、不躾な視線を向けられる事は日常茶飯事であった。特に、母セクアを知っている人間の中には、まるで見世物でも見るような視線を向けてくる人間もいた。いちいち気にしていては身が持たないが、やはり気分の良いものではない。
「あのくらいの年なら、母を知っているんだろう」
ディランは再び書類に目を落とした。
「何か、突破口になるかな?」
「さあ、どうだろう」
口では会話をしていても、ディランの頭の中は、結界の事で一杯だった。どうやって結界を張っているのか、どのような効果があるのか、どうすれば結界を抜ける事が出来るのか。
「大丈夫かい?」
「何が?」
「四十歳、独身、婚姻歴無し」
ディランは手にしていた書類を乱暴に丸めると、後ろからのぞき込むコンラッドへ、腹立たし気につき返した。
「……コンラッド。一体、何の心配をしてるんだ。言っておくが、中年の男に愛でられる趣味は無い」
「わかってるよ。どうやってドナルに近づくのかと思って」
コンラッドは慌てて書類を受け取った。
「マイソール卿に手配は頼んでいる。後は……ちょっと、考える」
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