第15話 エル・カルドへ

 翌日、雪のちらつく中、砦の引き渡しは無事行われた。

 交替の部隊が入城していく様子を、旅装を身に纏ったコンラッドとディランは、砦の外の丘から馬を並べて眺めていた。

 

「昨日の捕虜の話だけど、魔道符の出所がわかったよ。フォローゼルの神殿だった」

「神殿?」

 

 ディランは、全く予想していなかった言葉に戸惑った。

 

「フォローゼルの首都ロクスファントにある神殿だそうだ。本人は、あれが魔道符だとは知らなかったようだ。ただお守りとして、母親から渡されたらしいよ。神殿から貰って来たって」


「……どういう事だ。一体、誰が魔道符を作っているんだ? 神殿で作っているのか、それともどこかから……」


「それは、まだわからない。ただ、あんなものが戦場に持ち込まれると厄介だね。やっぱり、エル・カルドの内部も調べるべきだね。ディラン、出来るかい?」


「どうだろうな。エル・カルド人との会話も長い間していないから通じるかどうか」


「トーマには教えていたんだろう?」

「わかる範囲でな」

「シルヴァで耳慣らししてみたら?」


「ああ、そういえばシルヴァもエル・カルド人だったな。共通語コムナ・リンガでしか、話したことがなかった」


「昨日、シルヴァも同じ事を言っていたよ」

 

 ディランは微妙に顔を引きつらせた。

 

「……教育係のクラウスはどうなんだ? ウィラード殿下と一緒に来てから、もう五年はエル・カルドの第一聖家にいるんだろう?」


「クラウスは所詮、ローダイン人だからね。エル・カルド人の、特に七聖家の人たちの中に入り込むのは難しい。例え、表面的に仲良くなれてもね」


「閉鎖的なのは、相変わらずか。それなら私でも無理かもしれない。彼らにとってはローダインで生まれ育った私など、エル・カルド人でも何でもないんじゃないか? まあ、できるだけのことはやってみるが、期待はしないでくれ」


「嫌な思いをさせるかもね」

 

 コンラッドは申し訳なさそうな顔をした。

 

「それは別に構わない。魔道符の出所を探る方が重要だ」

 

 二人は丘を降り、エル・カルドへ向かう隊列に戻っていった。砦から少し離れた場所では、ローダインへ帰る人々と荷物をつんだ馬車が、ひしめきあっていた。男が一人、馬に乗って遠くから叫んでいる。商人の出で立ちをした、四十才くらいの痩せた背の高い男だった。

 

「すみません。コンラッド様、ディラン様。フェルディナンド商会のユーリです」

「やあ、ユーリ。君の所も大変だね。新しい司令官とは上手く行きそう?」

 

 ユーリは馬から降りると手綱を引き、コンラッドに近づいた。

 

「いえ残念ですが、うちは今回、手を引きます。あちらは、別の商会を利用されているようですから」

 

 帝都に居を構える上流階級の人々は、皆何らかの形で商人との付き合いがある。自分たちの財産を運用させたり、新しい事業に出資することも多く見られた。


 ゼーラーン家の場合、フェルディナンド商会も、その一つであった。このユーリはフェルディナンド商会の中で、エル・カルドから辺境一帯を商会主から任されていた。

 

「何か、御用だとうかがいましたが」

 

 ユーリは声をひそめ、コンラッドに顔を近づけた。

 

「これを、帝都に届けて欲しいんだけど」

 

 コンラッドは懐から手紙を取りだすと、さっとユーリに手渡した。

 

「かしこまりました。確かに、お届けします」

 

 ユーリは素早く馬に乗ると、何処へともなく姿を消した。


 それぞれの故郷へ帰る人々や、ローダインへ帰る集団を見送ると、そこに残ったのは、下働きの者を含めて二十人余りだった。元将軍の一行としては淋しい限りだったが、受け入れるエル・カルドの負担を配慮してのことであった。騎馬と荷馬車に分かれ、出発の準備をしている。

 

「私たちも、そろそろ行こうか」

 

 一行は、辺境出身のジルを先導に、最後尾にニケを据え、ゆっくりと進み始めた。後方を進む荷馬車には、トーマが乗せられている。エディシュとシルヴァは、昨夜の酒を少し後悔しているようだった。

 一行は、シルヴァが砦へ来た同じ行程を、真逆に進んで行った。

 

 砦を出発して三日目の夕方、エル・カルドの町に到着した。先導が、ジルからシルヴァにかわり、城に向けて移動する。途中、ローダインから移住してきたと思われる人々から、歓迎を受ける場面もあったが、多くの町の人は遠くからその列を見つめるだけであった。

 

 城に続く跳ね橋の前に到着すると、シルヴァが開門を求めた。数日前とは異なり、今回は速やかに門が開けられた。一行は馬を降り、橋を渡る。その先には、濃い紫色の長衣と、毛皮の裏打ちされた白いショールを身に付けたミアータ夫人が立っていた。

 ミアータ夫人は、ゼーラーン卿の前に進み出ると、灰色の長衣を着た通訳の若い男を通じて話かけた。

 

「ようこそ、おいでくださいました。ゼーラーン卿。お久しぶりです」

「ミアータ夫人も、お変わりなく」

 

 ミアータ夫人は、ディランの方をちらりと見たが、何もいわず通訳の男性に合図をした。

 

「さあ、皆さん中へどうぞ。私は通訳のミッダです。御用がありましたら、何なりとお申しつけ下さい」

 

 通訳のミッダは、帝国からの移住者で、両親はもともとゾルノーという宿場町の近くで商いをしていたそうだ。彼がまだ子供の頃に、エル・カルドへの移住者の募集があり、家族ともどもエル・カルドの町へ移り住んだのだと言った。ミッダを先頭に、一行は馬と剣を預け、城の中へと入っていった。


 城といってもエル・カルドの場合、王はいない。城は王の住まいではなく、七聖家による統治のための場所であった。七聖家の間と呼ばれる会議の場所があったり、七聖家の人々の冠婚葬祭の場であったり、客人を歓待し寝食を提供する場であったりと、その機能は様々であった。七聖家の人々は、城の周りに居館を定め、第一聖家から第七聖家までが『城内』と呼ばれる堀の内を居住の場としていた。


 一行が城に入ると、すぐに大きなホールがあり、天井付近には丸い模様のついた四角い板ガラスが大きな黒い窓枠にはめ込まれ、雪空の暗さを映していた。ゼーラーン卿が言うには、ここは昔、無数の小さなガラスでできたきれいな飾り窓だったとのことだ。ローダインからの移住者が、板状のガラスを持ち込んでから、あちこちの窓が変わっていったのだと、少し残念そうに言った。


 中央の優美な大階段を昇り、右手の奥まった廊下の先に、客用の食堂や居室、さらには使用人用の食堂と居室が並んでいた。食堂といっても客用の場所は、もともと広間だった所に大きなテーブルと豪奢な椅子が並べられており、華やかな雰囲気が漂っていた。窓際には、休憩用の椅子と小さなテーブルが置かれるなど、ゆったりと過ごせるように配慮されたものになっていた。一行は用意された部屋にそれぞれ入り、荷物を受け取った。

 

 そこへ少年が一人、飛び込んできた。

 

「コンラッド、エディシュ、ディラン!」

 

 走り込んでくる少年の体を、エディシュが全身で受け止め、抱きしめた。

 

「ウィラード殿下! お久しゅうございます。ここのところ、砦へ来られなかったので、心配してましたよ」


「うん。前と違って遠くなったしね。なかなか行けなくって。でも、ちゃんと馬は稽古してるよ。……剣はあまりいい顔されなくて、できてないけど。ここでは剣は野蛮だって」


 ウィラードは、抱きしめるエディシュの耳元で、残念そうにつぶやいた。

 

 声を聞きつけたゼーラーン卿が居室から姿を現し、ウィラードの前でひざまずいた。それにならい、他の者も、皆ひざまずいた。ウィラードは、ゼーラーン卿の前に進み出ると、先程までとは違う落ち着いた声音で話しかけた。

 

「ヴォルフ、世話をかける。明日は頼む」

「今まで、良く頑張られましたな。結果がどうあれ、それはあなた様の糧となるものです。御自分の力を信じて、明日に備えましょう」

 

 クラウスに付き添われ、ウィラードが名残惜しそうに帰っていくと、ミッダは皆に一階にある浴場を使うよう勧めてきた。

 

「皆さん、旅の疲れを癒して下さい。その後、お食事を用意いたしますので」

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