第14話 砦の夜

 コンラッドの隣に座っていたディランの後ろに、騎兵団の兵士たちがやってきて、腕を掴むと強引に引きずり出した。

 

「騎兵団長! こっちへ。みんな待ってます」

「わかったから、引っ張るな」

 

 入れ替わるように、今度は弓兵隊の兵士たちが、エディシュの元へとやってきた。

 

「エディシュさん。向こうで飲みませんか? 食事もまだでしょう?」

「なんか食べたい。お腹ペコペコ」

 

 エディシュは弓兵隊の兵士たちについて行った。

 

「シルヴァ。一緒に飲もうぜ」

「おう。旅の話を聞かせてやる」

 

 シルヴァは馴染みの兵士たちと、肩を組んで席を離れた。

 

 残ったコンラッドの所には、書類の署名を求める商人たちがやってきた。


 

 時間がたっても、その場の熱気が醒めることなく、宴は続いた。兵士たちが集まる中から、クラリッツァの音色が聞こえてくる。トーマが弾いているのだろう。今日は稼ぎ時のようだ。コンラッドが署名を終えて葡萄酒を継ぎ足していると、ディランがうんざりした顔で戻ってきた。

 

「もう、いいのかい?」

「ああ。酔っぱらいの相手はたくさんだ。あいつら、ここぞとばかりに好き勝手する」

 

 乱れた服を整えながら、コンラッドの隣の席に飲みかけのエールを置き、腰を降ろした。コンラッドは片肘をついたまま料理の皿を勧めたが、ディランは料理をちらと見ると、首を振って手にしたエールに口をつけた。

 

「みんな名残惜しいんだよ。帝都に戻ったら、もうしばらく戦場へ出ることも無いだろうしね」

 

 ディランは杯の中で揺れるエールを見ながら、コンラッドに聞いた。

 

「良かったのか?」

「何がだい?」

 

 コンラッドは、不思議そうな表情でディランを見た。

 

「ゼーラーン将軍の孫が、戦績をほとんど上げずに軍務を終えて良かったのか? 本来なら騎兵団長は、お前の……」

 

 いつも穏やかなコンラッドが厳しく言葉を遮った。

 

「ディラン。私は君の方が騎兵団長に向いていると思ったんだよ。実際、そうだっただろう? それに、戦場で戦うだけが戦じゃないよ。諜報や交渉は、これからもっと重要になる。それは、君もわかっていると思ってたんだけど」

「わかっている。だが、帝都の連中は……」

「それこそ、言わせておけばいいよ。ゼーラーン将軍の孫は、戦もせずに文官の真似事をしてるって」

「わざわざ、つまらん誹謗中傷を受けるようなことをしなくても、何度か戦場に出れば良かっただろう」

「君の方が確実に勝てるのに、私が出る必要はないだろう? それに誹謗中傷というなら、君もずっと受けていたじゃないか。『エル・カルド人に戦など出来ない』なんて言ってた連中は、君にどんな顔を見せるんだろうね」

 

 コンラッドはにっこりと微笑んだが、ディランは長い睫毛を少し伏せ、不満気な表情を見せた。

 

 ローダインでは、昔から武が重んじられる。身分や出自よりも武功が物を言う。特にアルドリックの施政下では、高貴な生まれの者よりも、傭兵出身者が重用されることも多く、しばしば問題になるほどであった。それをわかっていながら、コンラッドは後方に徹した。ゼーラーン将軍の孫という名があり、体格にも、技量にも恵まれている。彼が団を率いるといえば、文句なく皆ついて行っただろう。ディラン自身、そうするつもりだったのだ。この友人の行動は、ディランにとって理解出来ないものであった。

 

「おー、食った飲んだ。満足、満足」

 

 シルヴァが葡萄酒の瓶を手に、真っ赤な顔をして戻って来ると、ディランの隣に腰を降ろした。

 

「あれ、ディラン。お前、全然飲んでないじゃないか」

「顔に出ないだけだ。飲んでないわけじゃない」

 

 シルヴァは勝手にディランの杯に葡萄酒を注いだ。

 

「……ぐな! 混ぜるな!」

「あ、エール飲んでたのか。葡萄酒入れちまった」

 

 ディランは、妙な色になった杯を腹立たし気にシルヴァの方へ押しやると、コンラッドの手にした杯を取り上げて、一気に飲み干した。そして立ち上がると、封の切られていない葡萄酒の瓶を両手に取った。

 

「ディラン。どこかへ行くのかい?」

「待機している連中がいるから、様子を見に行ってくる。歩哨の様子も」

「そうか。私も牢番に持って行ってやろうかな」

 

 コンラッドも葡萄酒の瓶を手にして立ち上がった。

 

「シルヴァ。明日は馬で移動だよ。飲み過ぎないようにね」

 

 コンラッドとディランは、葡萄酒の瓶を手に、賑やかな食堂を後にした。

 

「あ~もう、お腹いっぱい。もうだめ。あれ、お兄ちゃんたちは?」

 

 エディシュは、赤い顔でふらふらとしながら、シルヴァの隣に腰掛けた。

 

「コンラッドとディランなら、外の様子を見に行った。エディシュ、飲み過ぎじゃないのか?」

「うん? 別にいいじゃない。もうこんなバカ騒ぎ、独身最後なんだから」

「独身最後?」

「あたしね、ローダインへ帰ったら結婚すんの」

「結婚? お前が?」

「何よ。悪い?」

 

 エディシュはシルヴァを睨みつけた。

 

「いや、悪くはないけど。誰だ、その挑戦者は?」

「え? 知らない」

「知らないって……」

「あたしたちの結婚なんて、そんなもんじゃないの? そりゃあ、素敵なおじさまが結婚相手だったら嬉しいけど」

 

 エディシュは肘をついて頬を緩ませた。

 

「でも、それとこれは別。うちの両親だって、結婚するまで相手の顔も知らなかったって言ってたわよ。エル・カルドでは違うの?」

「うちは、ローダインと違って小さい国だからな。知らない人間とってことはないと思うけど。うちの両親なんかは幼馴染だしな」

「ふ〜ん。うちは親戚の叔父さんが、この前お膳立てしてくれて……帰ったら会ってみる。二十五にもなって、戦場にいるような娘をもらってくれるっていう人がいるだけ、有り難いと思えって言われちゃった。友達は、みんな十七、八で結婚してるし、断る理由もないし、いいかって」

 

 エディシュは葡萄酒を一口飲んだ。

 

「いいのか? ほんとうに」

「あのねぇ。女の選択肢なんて、男に比べたら、びっくりするくらい少ない……」

 

 言いかけてエディシュは口を閉じた。シルヴァに至っては、そもそも選択肢などない事を思い出したのだ。

 

「……でも、あんただっていい加減、親がうるさく言ってくるんじゃないの?」

 

 エディシュはシルヴァをちらと見た。

 

「ここへ来る前、まさに親父に言われた。結婚しなくてもいいから、跡継ぎだけでも何とかしろって」

 

 シルヴァは頭を抱えた。改めて言葉にしてみると、とんでもない発言だった。

 

「あら、いいお父様じゃないの。あんたのこと、ちゃんとわかってくれてるじゃない。大体、何でエル・カルドに帰らないの?」 

「……だって、七聖家の代表者って、みんな俺より年上だし。そもそも俺の話なんか、聞いてもらえるような雰囲気じゃないし。俺より親父が会合に出た方が、国のためになりそうだし」 

「だからって、フラフラしてても、らちがあかないでしょうに」

 

 シルヴァは首を振った。

 

「自分でも、これからのエル・カルドをどうすればいいのかわからないんだよ。情けないけどな。ウィラード殿下が〈アレスル選ばれし者〉になれば、何か変わるかと漠然と思ってたけど、みんなそれを望んでないってのが結構衝撃だったな」

「……あんたも、何だかんだと考えてるのね。ただ、フラフラしてるだけだと思ってたけど」

「ひでえな。まあフラフラしてるのには、違いないけどな」


 

 コンラッドは一人、地下牢へと続く階段を降りていった。地下牢の一角は牢番たちの詰め所となっており、粗末な机と椅子が数脚置いてあった。

 

「ほら、差し入れだよ」

 

 コンラッドは牢番たちに葡萄酒の瓶を手渡した。

 

「ああ。こりゃ、ありがたい」

 

 コンラッドは、上着のポケットから魔道符を取り出して牢番に見せた。

 

「これを持っていた奴を一人連れてきて、お前たちは外へ出ていなさい」

 

 鉄格子の扉が開けられ、牢の角に座っていたフォローゼル兵が一人、コンラッドの元へと連れて来られた。兵はまだ若く、震えながら詰め所の椅子に座らされた。牢番たちが席を外すと、コンラッドはテーブルに魔道符を置き、微笑みながらフォローゼル兵に向き合った。

 

「さあ、話を聞かせてもらおうか」

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