第13話 宴の席
砦内の広い食堂では、すでに多くの兵士たちに食事と酒が振る舞われ、思い思いの場所でそれぞれが話に花を咲かせていた。騎兵団の傭兵たちも、その一角を陣取っていた。彼らの前で香辛料をまぶして焼いた鳥肉が、ゴロリと皿の上で転がった。
もともとフォローゼル人が使っていた砦の食糧庫には、東国や南の大陸から持ち込まれた香辛料が大量に残されていた。砦に来た料理人は大喜びで高価な戦利品を使い出し、香辛料をふんだんに使ったフォローゼル風の料理は、食が進むとおおむね兵士たちには好評だった。傭兵たちは鳥肉を手で掴むと口一杯に頬張った。油や香辛料で汚れた手は、チュニックの裾で拭くのが彼らの流儀であった。
「ジルとニケは、ゼーラーン将軍の護衛でエル・カルドへ行くのか」
「俺は辺境出身だから、道案内みたいなもんだな」
ジルは大きな体を丸めて、鳥肉にかぶりつきながら答えた。
「私は、今回エディシュ殿付きだ」
ニケは飲んでいたエールをテーブルに置き、手の甲で口元を拭った。褐色の肌に銀の髪と青い瞳、という珍しい組み合わせのこの女性は、並みいる男たちにも負けない体格の良さを誇っており、しなやかな長い手足は人目を引いた。
「いいなあ、エディシュさん。俺も、弓兵隊に入りたかったな」
まだ若い赤毛の大男は、ため息をついた。
「諦めろ、ジル。身分が違い過ぎる。それにエディシュ殿はローダインへ戻ったら結婚されるそうだ。だいたいお前は弓、下手くそじゃないか。カルヴァンはどうするんだ?」
ニケは長い足を組み直すと、カルヴァンを見た。
「俺は、商業自治州へでも行ってみるさ。傭兵の口はいくらでもある」
カルヴァンは木製の杯に入ったエールをぐいっと飲んだ。
「次の部隊にも傭兵の口はあるだろう? 黒騎士カルヴァンなら、残って欲しいんじゃないか?」
「ジル。俺は、もうあの騎兵団長以外の人の下で、戦場に出るつもりはないな」
それについてはジルとニケも同意見であった。戦場に出ずに済ます指揮官も、決して珍しくはなかったが、ディランは常に彼らと共に最前線へ出ていた。若く名も無い指揮官が、百戦錬磨の傭兵たちを束ねるには、そうするしかなかったのだろうという事は彼らも十分理解していた。
「ただ、一度くらい真剣に手合わせをしてもらいたかった」
カルヴァンはぼやいた。
「教練場では、お前に勝てないと言われていたぞ」
ニケはエールを飲みながら、横目で全身黒服に覆われた剣士を見た。
「教練場では……か」
カルヴァンは大きな傷のある顔を歪ませて、ぎこちなく笑った。
「あの人の言いそうなことだ」
「戦場では、どんな事をしてでも勝ってくれるけどな」
ジルは大きな体を窮屈そうに揺らしながら、椅子にもたれた。
「ああ、そうだった。よく、この砦を落としたもんだ」
カルヴァンは目を細め、フォローゼル風の室内を見渡した。
「死ぬかと思ったぜ。ローダインの皇帝も無茶を言う」
ジルは空になった木製の杯に、葡萄酒を注いだ。
「死んだ奴もいた」
カルヴァンは静かに応えた。
「あの時、カルヴァンは泳げないからって先鋒を外されたんだったよな」
ジルは面白がって、カルヴァンの顔をのぞき込んだ。
「あんな嵐の日に、水路から潜り込むなんて……。それにジル、お前だって体がデカすぎて、取水口に詰まりそうになったそうじゃないか」
「ああ! 思い出したくないことを!」
「だいたい、俺が先鋒にいれば、フォローゼルの王子は逃さなかった」
カルヴァンはジルを睨みつけた。
「それ、ディランさんに言っていいか?」
「やめろ!」
ニケが、くすくすと笑いながら、歌うように語りだした。
「あのフォローゼルの狂犬王子が、隠し通路から逃げ出して」
ジルも、それに続いた。
「取り残されたとわかった時の、フォローゼル兵の顔」
「見物だったな」
傭兵たちは様々な思いを抱え、大声で笑った。
「おい、ゼーラーン将軍が来られたぞ」
ゼーラーン将軍たちが食堂に到着すると、武官が広い食堂を見渡せる席に案内した。給仕を手伝っていたトーマが、飲み物を盆に載せてやってきた。
「皆さん、エールと葡萄酒、どっちがいいですか?」
それぞれが飲み物を手にし兵士たちの方を向くと、自然としてゼーラーン将軍に視線が集まった。無駄話をする兵士はもういない。座っていた者も立ち上がり、姿勢を正した。そこには正規兵も、傭兵もなく、ただ、ゼーラーン将軍への敬意だけが存在した。
ゼーラーン将軍としての最後の言葉が発せられる。
「皆、今までよくやってくれた。儂は、明日をもって、三十年余り続けてきた将軍職を辞す。それに伴い、このボドラーク砦の騎士団も解散とする」
会場に、ため息が漏れる。
「これからは、皆、故郷へ帰る者、新しい職に就く者と様々であろう。次に会う時には、お互い敵となっているかもしれない。生きているうちには、ままならぬこともあるだろう。平時になれば、戦で血を流したことを
三十余年、様々な人の生き死にを見てきた人物の言葉であった。
「それでは、我が騎士団の名の下に戦った、全ての者のために。君たちの未来のために。乾杯!」
会場を埋め尽くす熱狂の後、再びその場に和やかな笑い声が戻って来た。ゼーラーン将軍はそのまま武官に付き添われて、自室へと戻って行った。
集団を一致団結させ、盛り上げ、実行に移す。あの莫大な熱量を引き出すことは、戦をする上で必要な技量だ。
「さすがだな、ゼーラーン将軍。親父の長いだけの演説とはえらい違いだ」
シルヴァは偉大な老将軍に対し、素直に尊敬の念を抱き、コンラッドを羨ましそうに見た。
「最近は大きな声を出すと、倒れそうになるって言ってたよ」
コンラッドは、そっとシルヴァに
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