第12話 ゼーラーン将軍

 シルヴァが案内されたゼーラーン将軍の執務室は、まだ何一つ片付いておらず、空のチェストがいくつも転がっていた。

 

「あたし、席を外してるから」

 

 部屋を出ようとするエディシュを、シルヴァは慌てて引き留めた。

 

「いや居てくれ、エディシュ。ゼーラーン将軍と一対一だと緊張する」

「あんたが緊張するの? 嘘でしょ? ……おじいちゃん。シルヴァが来たわよ」

 

 エディシュは、祖父にシルヴァを引き渡すと背中を向け、部屋の荷物をチェストに詰め始めた。シルヴァはゼーラーン将軍に促され、部屋の中央に置かれた革張りの椅子に座った。

 

「悪いなシルヴァ。こんな所へ座らせて」

 

 ゼーラーン将軍は真っ白な長い髪と髭を揺らしながら、高い背もたれのある自分の椅子に座っていた。机の上には、何通もの手紙らしきものが置いてあった。シルヴァが覚えている限り、昔からゼーラーン将軍はずっと同じ姿をしているように見える。

 

「いえ、このようなお忙しい時に、お時間を割いていただき恐縮で……」

 

 シルヴァは思わず立ち上がり、直立不動の姿勢をとった。

 

「シルヴァ。堅苦しい挨拶は抜きだ。君と儂の仲だろう。昔、君がアルドリック陛下の膝に登っていたのを覚えているよ」

 

 ゼーラーン将軍は、目を細めてシルヴァを見た。

 

「その話しは、どうか……。俺……本当に覚えてなくて。ただ、後で親父にこってり絞られて、木にくくりつけられたことは覚えています」

 

 シルヴァは頭をかきながら、椅子に座った。

 

「お父上は息災かね?」

「はい。俺より元気なくらいです」


「それは何よりだ。此度は〈聖剣の儀〉の立会人に指名していただいて光栄なことだ。エル・カルドの人たちにすれば、外部の人間には見られたくないものだろうに」


「いえ、エル・カルド人にとってゼーラーン将軍は、特別ですから。ただ……」

「ただ?」


「ウィラード殿下のことが気がかりで。将軍を前にこんなことを言うのもなんですが、七聖家の人間はウィラード殿下が〈アレスル選ばれし者〉になることにあまり肯定的ではなくて」


「七聖家の人たちにとってはそうかもしれないだろうな。第一聖家の女性が母親とはいえ、他国の影響を受けざるを得ないだろうから面白くはないだろう」


「それに俺たちは、いつまでこんな事をしているんだろうと思って。〈聖剣の儀〉にしても、七聖家の制度にしても、昔はそれが当たり前だと思ってました。でも、いろんな国や場所を見て、こんなことをしている国はエル・カルドしかなくて……」


 シルヴァは体の前で組んだ両手に視線を落とした。

 

「シルヴァ。ローダインの戦士が『戦士の証』といって、みんな髪を伸ばしているのはなぜだかわかるか?」

 

 シルヴァは顔を上げ、ゼーラーン将軍を見返した。

 

「えっと確か、昔、首を守るためだったとか」

「そうだ。大昔の話だ。今となっては短い髪のほうが合理的だと思わんか? 実際フォローゼルの兵士は、皆短いだろう? それで、儂も一度だけ髪を切ったことがある」

「え? 将軍がですか?」

 

 シルヴァは思わず目を見開いた。

 

「そうだ。そうしたら、どうなったと思う? 『こんな伝統を軽んじる奴の下でなど戦えるか』と言われて総スカンだ。慌てて妻に頼んで、つけ毛で戦場にでたよ」

「……それ、作り話じゃなくて……」

 

 シルヴァは思わず疑いの眼差しを向けた。

 

「本当の話だ。若気の至りだな。結局何も変えられなくて、ローダインの兵士は未だに長い髪が普通になってしまっている」

「難しいんですね。何かを変えるって」

「こんなつまらない事ですらな。だから変えようと焦らなくていい。時期がくれば、変わらざるを得ないこともある。君はまだ若いんだ。気長にその時期を待ってもいいんじゃないか? お父上たちも恐らく、そうしてきたんじゃないかな」

「親父たちも?」

「そうやって、今、儂のようなものでも招いてみようという気になったんじゃないか?」

「そうでしょうか」

 

 シルヴァは、まだ納得していない様子であったが、ゼーラーン将軍は話を変えた。

 

「それで、他に何かあるんじゃないのか? その話だけのために来たんじゃないだろう?」

「あ、実はディランのことで。今回エル・カルドに同行してくれるよう手紙が来ているかと」

「ああ、いいんじゃないか? 本人さえ良ければ」

「それが、どうなのかと思って。俺は、来ない方がいいんじゃないかって……。どうやら親父たちは聖剣の行方を聞きたいらしくて。あ、別にフォローゼルにあるものを取ってこいとかいう話ではないんですけど」

「セクア殿が持っていた聖剣か? 行方不明になっていると聞いているが、ローダインが隠していると思われているのかな? だがそれはディランに聞いてもわからないかもしれないな。セクア殿が亡くなった時、彼は親元を離れて帝都の儂の家にいたしな」

 

 ローダインには学校は無く、私家教育が基本であった。その為、優秀な教師を求めて、多くの家庭では子供が十二歳になると帝都に住まわせる。親と共に帝都へ来る者もいるが、多くは親類や知り合いの元へ身を寄せる。ディランはゼーラーン家でコンラッドと共に、様々なことを学んできた。

 

「聖剣の話になると、どうしても両親の話になるし、他人がおいそれと立ち入るような事じゃないと思って。たとえ血のつながった身内だったとしても」

「君は優しいな」

「いやいや。普通の人間ならそう思うでしょう?」

「儂はあまり普通の人間を相手にしてこなかったようだな」

「う〜ん。盗まれたっていう可能性もあるしな。やっぱり本人に聞いても仕方ないような……」

 

 シルヴァが腕組みをして考えていると、ドアのノックとともにコンラッドが入ってきた。

 

「どうしたんだい? シルヴァ。難しい顔をして」

「いや、ちょっと」

「ディランは、エル・カルドへ行くかどうかと話していてな」

「行くんじゃないですか? さっき丁度、そんな話になって……」

 

 コンラッドは部屋の中央に来ると、シルヴァの真横に立った。

 

「本当か?」

 

 シルヴァは半信半疑でコンラッドを見上げた。

 

「ああ、七聖家から呼ばれているとか言ってたけど。すぐ来ると思うから、本人に聞いたらどうだい?」

「ええ! 聞いて大丈夫かな。怒られないかな」

 

 エディシュは片付けの手を止めて、シルヴァの方を向いた。

 

「何いってんの。そんな事、聞いたぐらいで怒りゃしないわよ」

「そんなことないだろ。俺、いっつも怒鳴られてるぞ」


「それは、あんたが怒られるような事するからでしょ。いきなり『髪を切ってやろうか』とか」

「あの時はエル・カルド人だから『戦士の証』は関係無いと思ったんだよ」


「妙なもの飲ませようとしたり」

「疲れたって言うから、俺の家に伝わる秘伝の飲み物を……」


「お陰で飲み食いするものをやたら警戒するようになっちゃったんだけど」

「俺は、調理場を出禁になった」


「それに比べたら聞くぐらいどうってことないでしょ」

 

 シルヴァとエディシュが話をしていると、ノックとともに入室の許可を求める声が聞こえた。コンラッドが、ドアを開けて招き入れる。ディランだった。

 

「おお、来たか」

「遅くなりました。御用は?」

「お前、エル・カルドからの招待はどうするつもりだ?」

 

 ゼーラーン将軍はシルヴァの心配を他所にあっさりと聞いた。

 

「行くことにしました。シルヴァ、返事が遅くなって悪かった」

「いや、それはいいんだけど。本当にいいのか? 無理しなくてもいいんだぞ」

「別に、無理はしていない。面倒だとは思ったけどな」

「面倒だと思ったら行かなくてもいいんだぞ」

「来て欲しいのか、来て欲しくないのか、どっちなんだ。あれこれ詮索されることを心配しているなら大丈夫だ。知らんことは知らん」

 

 ディランは、シルヴァの心配など大したことではないといわんばかりに、そっぽを向いた。

 

「では、エル・カルド行きは決定だな。コンラッド、手配を頼む。それからコンラッド、ディラン。お前たち二人は〈聖剣の儀〉が終わったらアルドリック陛下の所へ来るようにと、直々のお達しだ。いいな」

 

 陛下直々と言われて二人は途端、渋い顔になった。

 

「二人とも、そんな顔をするな。……まあ、気持ちはわからんでもないが」

 

 ゼーラーン卿は、肩をすくめた。

 

「あ、ちょっと待って。トーマはどうするの? あたしたちが、みんなエル・カルドへ行ったら、あの子一人ぼっちになっちゃう」

「連れてくればいいじゃないか。数人増えたところで、どうってことない。なんなら、うちに泊まればいいんだし」

「そっか、シルヴァの家があるんだ。見てみたい」

「男所帯だから何にもないけどな」

「心配しなくても大丈夫だよ。トーマは、もともと行く人数に入れている」

 

 コンラッドは優しく微笑んだ。

 

「そっか、良かった。ディランは親戚の家とか行かないの?」

「疎遠にしている親戚なんか、他人と一緒だ」

 

 扉を叩く音がして武官が一人、顔をのぞかせた。

 

「用意が出来ましたが」

 

「さあ、それではそろそろ行こうか」

 

 ゼーラーン将軍は立ち上がり、皆に部屋を出るよう促した。

  

「え? どこに?」 

「ここでの夜は今日で最後だ。ささやかだが宴の席を設けている。シルヴァ、君も来なさい」

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