第10話 不可解な出来事
コンラッドとディランは、居室へ向かう長い廊下を並んで歩いていた。人がごった返していた中庭とは対照的に、上官たちの居室へ向かう廊下は静かで、靴音だけが響いていた。
歩きながら、ディランが兜とフードを一度に脱ぐと、長い黒髪が背中に流れ落ち、乱れた髪が顔にかかった。頭を振って髪を払うと、女性と見紛う
「今日の収穫だ。それを持っていた捕虜は、牢に入れてきた」
「ようやく生け捕りにできたね。後で尋問するよ」
コンラッドは、ひびの入った小さな孔雀色の石を掌で転がすと、上着のポケットにねじこんだ。その様子を横目で見ていたディランは、厳しい声で話を続けた。
「奴らの動きは、こちらに気付くまで、まるで何かを想定した演習のようだった。もともと戦うためにきたわけではなさそうだ」
「演習? ……一体、何の?」
「さあな。フォローゼルにいる密偵からは何か言ってきていないのか?」
「軍の動きについて、特に変わった報告は無いし、魔道符についての調べはまだこれからだよ。そういえば報告書には、あの女嫌いのフォローゼルの王子が、最近東国の女性を側に置いているとか、書いてあったかな」
コンラッドは面白がるような表情をした。
「それは関係なさそうだな。くだらない」
ディランは苦々しげな顔で、吐き捨てるように言った。
「くだらないと思える話でも、時と場合によっては有益な内容だったりするんだよ。頭に入れておくくらいはした方がいい」
コンラッドは宥めるように言葉を継いだ。
「この砦が落とされてから、フォローゼルのお家騒動は激化してる。彼らの政情不安のおおもとは、王が病がちなうえに、王子が跡継ぎどころか妃さえ娶ろうとしないことにあるんだから」
「わかっている。……だが、あんな魔道符を一体誰が作ったんだ? フォローゼルで作られたとは思えない。魔道絡みだとエル・カルドにも探りを入れる必要があるんじゃないか? フォローゼルと繋がっている奴が、存在する可能性もある」
「それを調べるのなら、君が適任なのでは? 丁度、ウィラード殿下の〈聖剣の儀〉がある。私も、じいさまと一緒に行くし、エディシュも行くと言っている。君も……」
「エディシュも行くのか?」
ディランは思わず顔をしかめ、コンラッドを見上げた。
「嫁入り前に、行きたい所があるらしいよ」
コンラッドはディランの表情に思わず肩をすくめた。
「……実は、エル・カルドへ来るように七聖家の代表から手紙が来ている。『〈聖剣の儀〉に、ゼーラーン将軍と同行されたし』だそうだ」
ディランはさらに表情を曇らせた。
「なら、好都合じゃないか。何か問題でも?」
「エル・カルドの連中が私を呼ぶ目的は、聖剣の在り処を聞くためだろうからな」
「それについては、別に君の責任ではないだろう? 母君が亡くなられた時、君は帝都の私の家にいたし、父君がフォローゼルに連れて行かれた時に至っては、生まれる前の話だろう?」
「そういう、理屈の通じる相手だといいんだがな。それに、エル・カルドへ戻ってこいと言われたら、厄介だと思って……。かといって、いつまでもこのままというわけにもいかないか」
コンラッドは複雑な表情をするディランの横顔を見つめた。
「エル・カルドとは全く交流は無いのかい?」
「昔、叔父が母の元を、訪ねてきたことはあったが……知る限りは、それだけだな。シルヴァは別として」
「訪ねて来たのは母君のご兄弟かい?」
「いや、父の弟だ。今は第四聖家の代表だ。もし父の聖剣があれば、正式に〈
ディランの声は冷やかだった。
「エル・カルドで〈アレスル〉というのは、随分と価値のあることなんだね」
「そうだろうな。シルヴァが逃げ出すほどにな」
「ところでディラン。私たちは明日、ここを発つことになるのだけれど、魔道符のことをこのままにしておくわけにもいかないと思う。この前、次の部隊の責任者と話をする機会があったんだが、魔道の話をすると鼻で笑われたよ。彼らには問題を正しく対処する能力はなさそうだ。下手をすれば、この砦の存続も危うい。そうなると、最悪エル・カルドも……」
コンラッドは曖昧な言葉しか口にすることが出来なかった。
「そうだな。少なくともエル・カルドに関しては、自分たちで調べた方が良さそうだな」
「フォローゼルからの報告書は、帝都に戻っても手に入るようにしておくよ。父君の聖剣のことも、調べられれば……」
「ああ……頼む。フォローゼルについては、私が乗り込む訳にもいかない」
「じゃあ、後でじいさまの執務室に来てくれ。私たち二人に何か用事があるらしいよ」
コンラッドはくるりと踵を返し、もとの廊下を戻って行った。コンラッドの姿が見えなくなると、ディランは自室の扉を開けた。そこでは既にトーマが待っていた。
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