第7話 聖剣の儀の主催者
久しぶりの家での食事に満足したシルヴァは、第一聖家のミアータ夫人に会うため外へ出た。簡素なエンジ色の旅装に着替え、腰にお飾りの長剣を帯び、防寒具のマントを羽織ると、もうすぐにでも飛び出して行きたい衝動に駆られるが、それを少し抑えて城の裏庭を歩いた。冬枯れの芝を眺めながら石畳の道を歩くと、どこからともなくクラリッツァの音色と、誰かの話し声が聞こえてくる。
「ウィラード様。お寒うございますから、中でお待ちになっては」
「クラウス。もう少しだけここで待つよ」
「しかし……」
エル・カルドにいるにも関わらず、聞こえてくる会話は
「ウィラード殿下、お久しぶりです。クラウスも」
「シルヴァ。おかえり。無事に帰ってきてくれてうれしいよ」
「シルヴァ様。ご無沙汰しております」
シルヴァは
「ウィラード殿下。俺と話す時は
「ありがとう、シルヴァ。でも、大丈夫だよ」
相手はローダイン皇弟子である。シルヴァも本来であればひざまずくべきであろうが、ウィラードは『七聖家は対等である』というエル・カルドの慣習を重視し、自分に対してひざまずくことを拒んでいた。元より、国の権力者である彼らに、ひざまずく習慣など無かったのだが。
ウィラードは、クラリッツァを脇に置いて立ち上がった。
母親譲りのプラチナブロンドの髪に、孔雀色の瞳、すらりとした体躯。少年らしい丈の短いマントと、第一聖家を表す紫色の短いチュニックを着た姿は、見た目だけならばエル・カルド人そのものであった。体に半分流れるローダインの血は、どこかへ忘れてきてしまったかのようである。
隣に立つクラウスは、金色の髪に碧い瞳という、典型的なローダイン人の特徴を持っていた。灰色の長衣を着た彼は、ウィラード殿下の教育係としてローダインから付き従ってきている。年はシルヴァと変わらないが、落ち着いた物腰がエル・カルド人には好まれており、比較的うまくこの場所へ溶け込んでいた。
「随分、大きくなられましたね。声が……もしかして、声変わりですか?」
「うん。もう半年くらい経つんだけど、まだ変だね」
ウィラードは喉を押さえて、照れ臭そうにした。
「もしかして、ここで俺を待ってました?」
「うん。シルヴァが帰ってきたって聞いたから、早く顔を見たくて。僕のために、わざわざ帰ってきてくれて、ありがとう」
「そんなこと。こちらから伺いますのに。と言ってもミアータ夫人に挨拶をしたら、すぐボドラーク砦へ行きますけど」
「そうか。みんなのいる砦が遠くなったから、僕は最近あんまり行けてなかったんだけど……もうみんな、あそこからいなくなるんだね。みんなには、ここで待っているって伝えておいて」
ウィラード殿下にもゼーラーン将軍率いる騎士団の解散は伝えられているらしく、心底残念そうに顔を曇らせたのだった。
ウィラードが、エル・カルドへやって来たのは五年前。まだ十歳になったばかりの頃だった。
親元から離れた寂しさと、エル・カルドの丁寧ではあったが、打ち解けない雰囲気に耐えかねて、しばしばここから脱走したものだった。そしてその度に、砦の面々が捜索に駆り出されていた。ゼーラーン将軍をはじめ砦の主だった者たちは、ウィラードのことをローダインにいた頃からよく知っていた。
ウィラードは砦でしばらく彼らと過ごしては、またエル・カルドへ戻って行くということを繰り返していた。シルヴァの記憶にあるウィラードは、いつも寂しそうな顔をしていたが、しばらく会わない間にすっかり大人びて見えた。
シルヴァは、ミアータ夫人は城にいるとクラウスから聞き、再び石畳を歩き出した。
城の木の大扉を開けると、玄関ホールとなっており、かなりの人数が収容できるようになっていた。中央の大きな階段のすぐ脇で、ミアータ夫人は慌ただしく、灰色の服を着た使用人たちに指示を出している。ミアータ夫人は銀色の髪を高く結い上げ、金糸の刺繍が施された濃い紫色の長衣を身に着けていた。
「ミアータ夫人。ただいま戻りました」
シルヴァが声をかけると、ミアータ夫人はにこりともせず振り返った。
「シルヴァ、久しぶりね。三年ぶりかしら。前にあったのは、確か息子の〈聖剣の儀〉だったわね」
お前は〈聖剣の儀〉にしか帰ってこないのか、と言われているような気がした。
「ご無沙汰して申し訳ありません」
シルヴァは極力、余計なことを言わないように心掛けた。マイソール卿に言われるまでもなく、そうするつもりではあった。第一聖家の事情は、いろいろと複雑だったからだ。
なぜか第一聖家は、もう二十五年も〈
ミアータ夫人の息子は三年前に〈聖剣の儀〉を受けたが、彼が〈アレスル〉に選ばれることはなかった。彼は十歳くらいから病がちになり、三年前でさえ歩くのがやっとだった。それ以来、ミアータ夫人の息子が表へ出ることもなくなった。そこへ今回は、ミアータ夫人の妹の子であるウィラード殿下が〈聖剣の儀〉を受けるのだから、夫人としては複雑だろう。
顔だけ出して早々に退散しようと考えていると、ミアータ夫人の方から話し掛けてきた。
「シルヴァ。マイソールから聞いているとは思うけれど、今回のウィラード殿下の〈聖剣の儀〉は、エル・カルドとローダイン双方に関わることです。よって、極めて異例ではありますが、ゼーラーン将軍に立会いをお願いしています。結果がどうあれ、双方に遺恨を持たれぬよう、くれぐれも振る舞いには気をつけてください」
ミアータ夫人はそれだけ言うと、城の奥へと消えていった。
(終わった)
シルヴァは、ほっと胸を撫で下ろし、その場を去った。そして馬屋へ行き、自分の家の馬を引き出すと馬具をつけた。馬の鞍に数日分の荷物をくくりつけると、踏み台から馬の背に乗った。そして数刻前にくぐったばかりの門を再び後にして、平原を歩み出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます