第5話 大人の事情

 そもそもエル・カルドの成り立ちは、七聖家と呼ばれる七人の〈アレスル選ばれし者〉によるものだと伝えられている。エル・カルドにおいて七聖家は、国のあらゆる政策を決定する最高機関でもあった。


 各聖家には一振りずつ聖剣が存在し、その剣を抜くことのできた者が、終生〈アレスル〉としてその家の代表を務めることになっている。聖剣を抜き〈アレスル〉となれるかどうかを試されるのが〈聖剣の儀〉である。〈聖剣の儀〉は、七聖家全ての代表立会いのもとで行われる。


 日頃、七聖家の会合は全て父親のマイソール卿に、代理という名目で丸投げしているシルヴァであったが〈聖剣の儀〉に立ち会うことだけは、代わってもらうことのできない自分の役目だと理解していた。


「で、親父。こんな事を聞くのもどうかと思うんだが、もしウィラード殿下が剣を抜けなかったらどうなるんだ?」

「ローダインへ帰っていただく」

「それ本当か? ……ちょっと、酷くないか?」

 

 シルヴァは思わず目を剥いた。


「仕方あるまい。〈聖剣の儀〉で〈アレスル選ばれし者〉になることが、ウィラード殿下を第一聖家の代表として迎える条件なのだから」

 

「ウィラード殿下はローダイン皇帝アルドリックの弟君の子だぞ。しかも、母親は第一聖家出身のアラナ夫人じゃないか。そんなぞんざいに扱っていいのか? それに親父、ローダインにいる子供ってのは十二歳になったら、みんな帝都に集まってくるんだぜ。地方の親元を離れて、親戚や知り合いの家に世話になったりしながらだ。それって、単に勉強のためだけじゃない。他の子供たちと競い合ったり、人脈を築いたり、大人になってローダインでやっていくための基礎を、そこで作っているんだ。ウィラード殿下は、その大事な時期をここで過ごしてんだぜ。その事の意味を、ここの連中は理解してるのか?」

 

「だが〈アレスル選ばれし者〉になれなければローダインへ帰すというのは、もともとアラナ夫人が言い出したことだぞ」

「アラナ夫人が?」

「そうだ。それに本来、七聖家はお互い対等な立場だ。そこにローダインの影がちらつくことを、快く思わない人間がいることも確かだ。正直なところ、儂とてウィラード殿下が〈アレスル選ばれし者〉になったとしたら、どう扱えばいいのか考えあぐねている。何せ他国の王家に関わる人間が〈聖剣の儀〉に臨むなど前例がない。かといって今のエル・カルドには、ローダインの干渉を排除する程の力もない。ローダインからすれば、エル・カルドとの繋がりを密にしたいということなのだろうが、こちらとしては迷惑な話だ。儂らの本音としては、ウィラード殿下には〈アレスル《選ばれし者》〉になどならずに、ローダインへ帰っていただきたいのだよ」

 

 シルヴァは思わず両手を握りしめ、唇をかんだ。苛立ちとも、怒りともつかない感情がふつふつと湧いてくるが、おそらく目の前の父親には理解してもらえないだろう諦めも、同時に浮かんできた。


「それから今回の〈聖剣の儀〉では、ローダインのゼーラーン将軍に立会いをお願いしている。こちらが勝手に決めたと言われては心外だからな。〈アレスル選ばれし者〉は、人間の思惑で決まるものではない。正当な儀式の結果だということを、ローダイン側に見届けてもらわなければならない」

「ゼーラーン将軍? ボドラーク砦の騎士団じゃないか。砦から離れて大丈夫なのか?」

 

 エル・カルドの東の方角に以前、ローダイン皇帝アルドリックが築いた砦があった。フォローゼルからエル・カルドを守るため、ローダインから派遣されてきた騎士団が守りを固めていたものだった。


 ボドラーク砦は、さらにフォローゼル寄りの場所にあり、もともとはフォローゼルがエル・カルド攻略のために築いた砦であった。それを一年と少し前に、ゼーラーン将軍率いる騎士団がフォローゼルから奪い取ったのであった。フォローゼルは何度も取り戻そうと仕掛けてきているが、今のところ撃退している。

 

「ゼーラーン将軍なら、もうお辞めになる。あのボドラーク砦の騎士団も解散だ」

「え? なんで……」

 

 ゼーラーン将軍は、エル・カルド人にとって特別な存在だ。おそらくローダイン人の中で最も尊敬されている人物だろう。エル・カルドの封印が解けて以来、大陸の他の国々と同じように成り立つために、陰日向となりエル・カルドを支えてくれた人物だ。

 

「それは、ローダイン側の判断だ。儂らにはわからん。ただ、もうかなりのお年だからな。仕方のないことなのかもしれん」

「ボドラーク砦はどうなるんだ?」

「代わりの部隊が来るらしい。儂らが、どうこう出来ることではないよ」

 

 自前の軍を持たないエル・カルドとしては、たとえ自分たちの安全に直結する問題であっても、口を出すことは出来なかった。

 

「そういえば、あのボドラーク砦にはセクアの息子がいるだろう」

「ああ、ディランだろ。あそこで騎兵団長やってる」

「知ってるのか?」

「そりゃ、砦へは何度も行ってるから。食うに困ったら、とりあえずあそこで世話になってるな。馬の世話をしたり、飯場で飯作ったり、仕事はいくらでもある」

「お前、そんなこともやっているのか」

 

 そんな近くにいるのなら、なぜ帰ってこないと言いたかったが、マイソール卿は言葉を飲み込んだ。

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