第31話 ゼルの声
……ん…?なんか、うるさいな…。
そう思って体を起こそうとして、異様な程に体が重い事に気づいた。
まだ眠気を感じる目をこすり、ゆっくりと時間を掛けて体を起こす。
魔力は回復し切っているから、肉体に負荷をかけすぎただけの様だ。
神聖魔法で体を癒すと、全身から気怠さや痛みが消えていくのを感じた。
…ここは、騎士団本部か…?
少なくとも教会には見えない。
騎士団の宿舎だろうか、あまり人が居たような形跡は見られない。普段は使われてないのだろう。
部屋の外からは騒がしい声が聞こえてくる、ベッドから降りると、自分がかなり薄着をしてる事に気付いた。
窓の向こうな破壊され尽くした街並み、それよりも、ガラスに映る自分の姿に違和感を覚える。
髪色……なんかおかしいな。
ところどころに赤髪が混じっている。魔力枯渇や紅い魔力の営業なのか?
よく分からないままにため息を吐いてから、少し頭の中で記憶を整理していく。
俺は前世においては娯楽に触れることなく生活していたから殆ど知らないが、この世界はいつだったか友人が話をしていたゲームの世界に酷似している。
大したことは知らないから、どうだって良いか。翔斗からも驚くなよ、と言われたことだし。
白髪の中に混じる赤い髪を持ち上げて、再度小さなため息を吐いた。
見た目に少し違和感はあるが、これも大した変化ではない。魔力枯渇が云々言えば適当に誤魔化せるだろう。
身体の状態は問題ない。アルセーヌに会ってから、少し街を見回ろう。
そう思って本部の中を歩き回っていると、見覚えのある衛兵の女性を見かけた。
「レスエリアさん」
声を掛けると、キリッとした顔立ちの衛兵は俺の顔を見て疑問符を浮かべた様な表情をした。
「父さんが何処に居るか知りませんか?」
「……あれ、ゼルハート様ですか…?」
「はい」
「………喋れる様に…」
「えっと…。そう、ですね。先の戦闘の拍子に、感情が昂ったせい、ですかね」
そう答えると、女性の衛兵は苦虫を噛み潰したように眉をひそめた。
「アルセーヌ様は騎士達と共に街の状況を見回っています」
「あー…。分かりました」
どうも、と軽く会釈をしてその場を立ち去った。
本部を出ると、夕焼け空が広がっていた。
…少し寝過ごしたな。
一度、家に帰ろう。
残っている物があれば回収したい。
それと、教会に回ってポーションも提供しておかないと。
冒険者ギルドにも出向かないとな…。
考えをまとめて、
日本庭園のような中庭にも、魔物の死体が転がっている。
半壊した建物に入ると、すぐに人影を見つけた。
「…父さん?」
「っ…!ゼルハート…か」
ここは…アノレアの部屋か。
「体の調子はどうだ?」
「俺は大丈夫です」
「……やはり、話せる様になったのか」
「………はい……。それより、街の状況は?」
話せる様になった、と言ってもあんな状況に陥ったせいだと思うと、喜ぶに喜べないのは同じ気持ちだ。
アルセーヌは窓の外を見ながら答えた。
「見ての通り、復興するにしてもかなりの期間を要するだろうな。伯爵殿は王宮に復興に必要な人材の供給を依頼をしているが……。それも厳しいだろう。あまりにも…血が流れすぎた」
俺は自分が出来る限りの最善を尽くしたつもりだ。だが、それでも多くの血が流れた。
今更言い訳をするつもりはない、まだ出来る事はあるから、それを優先する。
「…ゼルハート」
「はい」
「……お前に、一つ頼みたい」
「…なんですか?」
「黒服のヤツを覚えてるな?」
そう言われて体が強張る感覚があった。
「ヤツはスレッジ・バーンロムト…。グレイブニル家を追い出された、私の異母兄だ。ヤツの目的が私への復讐なのは分かった。やられっぱなしで居るつもりもないが………。私にはやる事がある、ヤツと違って暇じゃないからな」
「………俺に、探して来いと?」
「いいや、殺して欲しい、出来ればな。取り巻きがどうなっているかは分からないが、ヤツ自身に戦闘の腕はない」
なるほど。何にせよ、親離れをする時が来たようだ。
俺は自分の部屋を探って、欲しい荷物を革袋に放り込んでおいた。
屋敷を出て、俺は再度アルセーヌに向き直る。
「俺は、周辺の街々を渡って情報収集ですか」
「いや私が“商人”を見繕っておく、一先ずは秘密裏に王都へ出向いてくれ」
ん…秘密裏…?
「……王都ですか?」
「早馬とは別に、レノアへ手紙を出す。それよりも一日早く、街を出て欲しい」
……んん??
レノアに手紙を届けろ、と言うわけでは無いようだ。
どういう計画なのだろうか。
「…囮、ですか?」
「そうなる。街に残っている奴らの残党に襲撃される可能性も大いにある、ゼルには損な役回りを任せることになるな。王都に付いてからの動きは自己判断で構わない」
今回も前回も、ほぼ間違いなく組織による攻撃だ。俺がレノアに手紙を届ける様に見せかけて、スレッジが属している組織を誘き出す。
それはそうと別の方法で、確実にレノアには手紙が届くルートを作るのだろう。
「分かりました、いつ出ますか?」
「今日の夜、と言っても動けるか?」
「えっ…?あぁ、そういう事ですか…。夜ですね。分かりました」
…商人って、その“商人”かよ。そりゃそうか、襲われても良い商人なんて限られてるもんな。
「……あぁ、よろしく頼む。死ぬなよ」
「死にませんよ」
その程度で死ぬくらいなら、昨夜の時点で命を落としてる。けれど、アルセーヌはどうしても言いたかったのかも知れない。
「…そうだ、ゼル。出発前に、ハルフィにも、会ってやってくれ」
「えっ?あぁ…はい、勿論」
少し、声が暗い様な気がした。
大した準備は必要無いので、アルセーヌの言う通り、一度教会へ行ってハルフィと顔を合わせるとしよう。
そう言えば…。ハルフィは片足を失ったんだったか。傷は癒えているだろうけれど、問題は心の方だろう。目の前で母親が爆散した訳だから。
……あぁ、いや…その前に冒険者ギルドに行こう。
あっちでもやらないといけない事があるんだ。
確認の為に一度、
だが、俺の姿が前世の物に変わる事は無かった。
……ま、そうだよな…。
元々そんな気はしていたから、構わない。
俺は仮面を手に持ったまま奇跡的に原型が残っている冒険者ギルドに入った。
「うおっ…!?って…なんだ、騎士爵の息子か…」
「なんだ…じゃねえよ、お前知らねえのか?ゼルハート様は一人でこの街全域の魔物全滅させたんだぞ…」
「はぁ…?お前その話信じてんのかよ?」
「オレは助けられたから知ってんだよ」
人の顔を見るなり、ギルド内のザワザワとした騒がしさに拍車がかかった。
俺はそれを気にする事なく、覚えのある顔のサリナさんに声をかけた。
「受付嬢さん、ちょっとお時間貰えますか?」
「えっ?喋れ……?」
「…状況のせいですかね…。それより、今大丈夫ですか?」
「あ、はい、大丈夫ですが…」
言質は取ったので、俺は革袋から大量のギルドカードを取り出した。
総数は百枚に迫るだろう。
「えっ、えぇ…!?こ、これは…!!?」
「昨夜の襲撃で命を落とした冒険者達のカードです。全ては回収できてないと思いますけど…。確か、名簿から除外する為に必要でしたよね」
「そ、そうですが……。そちらの仮面は…?」
聞かれるだろうなと思って手に持っていたが、俺は少しとぼけるように答えた。
「ショートという名の冒険者が、死ぬ前に誰かに託したいと言って、渡して来た物ですが…」
「っ…!彼も、戦死したのですか?」
「そのギルドカードの中に、彼の物もあると思います」
「……承知しました、こちらお預かり致します。ゼルハート様のお気遣いに、感謝致します」
頭を下げたサリナさんに、俺は首を振ってみせる。
「いえ…。街中での戦闘は“我々”騎士の管轄ですから。多くの冒険者を巻き込んでしまったことは──」
「魔物の討伐は冒険者の仕事だ。寧ろ、騎士団の手を煩わせちまったのはこっちだ」
ふと、背後からそんな事を言われた。
振り返ると、ギルド内に居るほとんどの冒険者が、俺に目を向けていた。
「…あの雨は、アンタの仕業だろ?僕は見てたぞ」
魔法士だろうか、ローブを着た男性にそう聞かれた。
「……そうですが…」
「あれで、何千人もの命が救われた。素晴らしい魔法だったよ。騎士爵家の次男坊ゼルハートに魔法の才能は無い、なんて言われてたのが馬鹿らしい。寧ろ天才だ」
どうやら、少しは役に立ったらしい。あの魔法は即興だったからもっと良いやり方があったと思っていたが…。
「いえ…俺に魔法の才能は有りませんよ。天才っていうのは、ウチの姉みたいなのを言うんですよ」
「ありゃ、ただのバケモノだろ」
「くひひっ、言えてんなぁ」
それから、クラヴィディアとガレリオについての話題が軽くギルド内を飛び交った。
「…ゼルハートって、あんなガキだったのか」
「今まで喋れなかったって話だから、初めて知ったよ」
そんな話題の間を通り過ぎて、俺はギルドの出口に立った。
「…俺に言われるまでも無いとは思いますが…。アルバニア伯爵領の復興には、冒険者の方々の力が不可欠です。どうか、ご協力をよろしくお願いします」
言ってから、深く頭を下げた。
「あったりめえだ!」
「子供にここまで言われて、何もしない訳にも行かないわね」
「恩人の言葉だ、聞き流すことは出来ねえな」
各々が思うままの返事をしたのを聞いて、俺は満足してから冒険者ギルドを後にした。
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