第30話 蝶が舞う

 ─ブレイズ…?視点─



 おかしい。


 そう思ったのは、三歳になった頃。


 この世界を、知っている様な気がした。


 大陸の名前や地形、国の名前、同じ孤児院に住む子供の名前にも、何となくだが聞き覚えがあった。


 そんな訳が無い、前世の記憶はほとんど無いが、自分は確かに異世界に転生した存在なのだ。

 そういう感覚が、心の何処かにある。

 そんな確信がある。


 孤児院に拾われたその時から、一人の人間として確かな人格があったのだ。


 五歳になった頃、突如として記憶が戻った。

 理由は恐らく、初めてちゃんとした魔法を使ったからだ。


 “私”は、この世界を知っている。


 この、テラという世界を舞台とした、「アトラクト」というゲームを。


 知っている……のだが、私はすぐさま、一つの大きなイレギュラーに気がついた。


 現在に至るまでの境遇、体内に宿る膨大な魔力、プラチナの髪と蒼穹の様な瞳。

 そして、私の意思によって自在に変質する魔力…。


 それはどれも、この作品の主人公であるブレイズの特徴に他ならない。


 ……だが、原作のブレイズは男だ。性別を変更する選択はない。


 ………私は、紛れもなく女の子。


 現在の名前を“ステラ”と言う、転生者だ。


 ………えっ、どうするのコレ?

 …ハーレムパーティがただの女子会になるんだけど…?


 別にエッチなゲームではないし、寧ろ血なまぐさい世界観だから、そういう癒し空間は全く問題は無いのだが…。


 ……もし原作通りにストーリーが進むのであれば、私はどうしてもやりたい事がある。


 それは、ゼルハート・グレイブニルの命を救う事。


 戦場を知らない彼が、最強と呼ばれる姉のクラヴィディアに訪れるたった一度だけのピンチに駆けつけて、命を賭けて姉を救う。


 そんな彼の、儚い最期を何度も観た。

 何度泣いた事か。


 そんな物を、現実となっているこの世界でまで見るなんて、私は嫌だ。


 ブレイズという存在が居らず、ステラという少女に置き換わっている時点で原作は崩壊しているし、自分以外の転生者がこの世界に居ないとも限らない。


 一番手っ取り早いのは原作よりも強くなる事。


 そう考えて、私は15歳になって孤児院を出るまでに、ひたすら剣と魔法の技術を身に着けた。


 アスリスタ学園に通うまでのブレイズの境遇は一通り頭に入っているから、フラグだけはしっかりと踏みつつ世間に「神格者」である事を知らしめながら、でも貴族にはバレないように。


 より強さを求めるとなると、早い段階で「白竜の牙」を手に入れるのが理想と言えるが……アレはガレリオの持ち物であり、その後も争奪戦の様な状態が終盤まで続くので、奪うとなった時には多少行き当たりばったりでも何とかなりそうな気がしている。


 それはそうと、ゼルハートについても情報を集めていた。

 どうやら原作とは違って、なにやら妾の子共と街を歩く姿を度々目撃されているらしい。


 いくら同じ街に住んでいるからと言って、孤児院にいる私と騎士爵家の彼では話しかける事も難しい。まして、年下の男の子だし…。


 何度か、遠くからその姿を眺めた事はある。


 流石にアニメ調での外見だから美少年なのは知っていたけれど……。


 まさか、あれ程とは思いもしなかった。


 白髪と眼帯、赤い瞳と、年齢にそぐわない大人びた雰囲気を纏っている美少年。


 控えめに言っても絶世の美男子だ。

 あんな子が目の前で散るストーリーなんて見たくない。

 いっそのこと、ストーリーなんて全て崩壊させてしまおうか。


 そう思って、色々調べては見たけれど……。


 何も出来ないままに、私は王都のアスリスタ学園へ。アルバニア伯爵領は黒竜の出現によって破壊の限りを尽くされた。


 一応、ゼルハートと彼の父であるアルセーヌがこの段階では命を落とさない事は分かっていたのだが……。


 ……流石に心配だって…。だって、私の知る被害よりもんだもん…。


 アルバニア伯爵領の央都の一角が破壊させるだけの筈が、伯爵領が使い物にならない程に徹底的に破壊され尽くしたのだ。

 まさか、もう死んだりしてないよね?


 そもそも色々おかしい。


 この世界、本当に色々とおかしいのだ。


 原作に置いては、ゼルハートにクラヴィディア以外の姉なんて存在しないし、アルセーヌにアノレアという妾は居ない。

 アルセーヌは黒竜が自身の子である事どころか、最後までゼルハートが自分の末っ子だと思っているのが原作だ。


 学園に来てから知ったが、本来ならメインヒロインであるクレアが、婚約者であるレオンハルトと仲違いして無いのも不思議だ。


 そして何より、一番身近でおかしいのが……。


「済まない、今戻った」


 号外に落としていた視線を上げると、女子寮で同室となった少女が帰って来た。


「おかえり、ノクティスさん」


 艶のある黒い髪を惜しげも無く伸ばして、腰には太刀を携えているスレンダーな美女。

 ノクティス・アバーゼオンと言う彼女は、本来ならば私達より四歳歳上で……今頃はS級冒険者の「剣鬼ノクティス」として、アルバニア伯爵領を旅立つゼルハートの手助けをする筈なのだ。


 どうしてか、私達の同級生になってるし、しかもめっちゃ美人だし…!私のルームメイトだし!

 本当に意味分かんない…!!


 だが、ここまで来れば流石に私でも察している。


 …この世界はアトラクトと似た世界である事は事実だが、全て同じという訳では無い。

 つまり、ストーリーも原作の通りとは限らない。


 つまり………!


 ……ゼルハートが死んでる可能性も高い………。


 原作のゼルハートは戦闘の才能が皆無だから。


 …いや、でもそっか…。


 それなら逆に、こっちのゼルハートが戦闘に優れてても別に変ではないのかな。

 十中八九、魔力量が少ない事に変わりはないだろうけれど、彼は一応、原作設定上では唯一「白竜の牙」の本来の力を使える純粋な人間なのだから。


「神格者」を含めれば確かに、私も同格の性能を引き出せるが、彼は純粋な“英雄クロアス”の後継者でありながら、“白竜アトラクト”と同じ魔力を身に宿して産まれた選ばれし者と言える。


 ただ、「神格者」ではない人間の肉体に、白竜の魔力が馴染まない内に大怪我を負った、その後遺症で魔力量がとてつもなく少ないという欠点を抱えている。


 この世界でもゼルハートは眼帯をしていたので、後遺症はあるだろう。


 この世界は、人間のフィジカルが現実離れして高いのに、それ以上に化け物である魔物が蔓延っているから…基本的には近距離で武器を使うよりも魔法を使った方が強い。


 それを象徴するのが、クラヴィディアという無限の魔力を持つ存在なのだが…。

 双子の弟であるゼルハートは、その真逆とも言えるほどに魔力が少ないのだから、中々無情な世界だ。


 別に剣を使う人達が弱い訳では無いから、余計にややこしくなるんだけど。


 それはともかく、これからどうしたものか……。

 私は寮の窓から空を見上げて、そっとため息をこぼした。

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