第28話 ゼルハートという存在
ゆっくりと瞼を上げた。真っ白な世界だ。
目の前にはボクがいた。
白髪に、赤い瞳。えぐれた左眼、十二歳の男の子というには、少しだけ小さいように思う体を丸めている。
…そして…もう一人の、ボクがいた。
白髪の中に赤いメッシュが入っている。
赤い瞳は紫色のグラデーションが入り混じり、一人目と同様に左眼はえぐれている。
二人に体格差は無く、髪と目の色に少しの差異があるだけだ。
ついでに言うと、随分と表情が違うようだが。
一人は悲哀的な表情を浮かべて、膝に顔を埋めてしまっている。
一人は怒気を含んだ表情で、自らの拳を見つめている。
『あぁ…。ハルフィ、可哀想に…。足を失うなんて』
「…は?」
声は出してないが、ゼルハートのそんな思念を聞いてもう一人の
「お前が何もしなかったからだろ…?」
『…オレはお前じゃないんだよ、出来る訳が無いだろ……』
「いや、は?お前ふざけんなよ…?」
『なにもふざけちゃいない…。オレには、剣や魔法なんて使えないんだよ…』
「そんなのどうだって良い…!なんで行動しなかったんだよ!」
『あの状況で何しろってんだよ…!!』
「なんだって出来ただろ!!」
ゼルハートは、
『っ…!お前と一緒にすんな!!オレは何も持ってないんだよ!いくら同じ体だからって、オレとお前じゃ根源が違う!』
根源…魂のことか。魔力の、根源…。
「……だからなんだよ?お前、そんな下らない言い訳で、好きな人が傷つく姿を見逃したのか?」
『なんだと…!』
「…この命の軽い世界で、そんな甘えた事考えてんじゃねえよ…」
ボクは…。ボクは、もっと命の価値が重い世界に産まれて、いとも簡単に命を落とした。
力なんてなくたって、国のシステムが生かしてくれる世界で、そのシステムを無視した者達の手によって。
この世界にはそんなシステムが存在する国すら、殆ど無いと言って良い。
前の世界よりも圧倒的に危険が多く、過酷だ。
その中でも、ゼルハートは特に恵まれた場所に生を宿したと言えるだろう。
血筋に恵まれ、家族にも恵まれている。
彼にないのは〝魔法の才能〟それも魔力量というという一点のみだ。
転生して現在の人格がなかったら、確かに剣の才能だって、魔法の才能だって無かったのかも知れない。
けれど、それでもゼルハートは平和に暮らせるはずだ。なんの努力をせずとも。
…今回、そう思っていたのが覆った訳だけど。
だからこそ今の
「この数日、ずっとお前のこと見てたよ」
「〈
風属性の初級魔法によって、ゼルハートの片足を斬り飛ばした。真っ白な世界に赤い雫が飛び散る。
『っ…!?』
「ほら、これでハルと同じだな」
無感情にそう言い、倒れるゼルハートの顔の前に立つと、ゆっくりと見下ろした。
…ここは魔力に宿る記憶でしかないから、そんな事も出来るのか…。
……なら、記憶の中で死んだら、どうなるんだろうな?
「…ハルは守るよ、それは俺もそうしたいと思うから。でも、
『っ…!オレの母親はレノア・グレイブニルだ、アノレアじゃない!』
「どっちも母親だ。産んでくれた人と、育ててくれた人だ。眼を失ったあと、マトモに動けなかった俺を見捨てること無く育ててくれた。ただの仕事だとしても、愛情を持って接してくれた……。あの人は、俺にとっても母親なんだよ」
「…あの襲撃はお前の過失だよ。俺はこうなる事を分かってたから、あの部屋から「
『し、知らない…よ!お前の頭の中なんて、見てるわけ無いだろ…!?』
「ならやっぱりお前が悪いだろ。同じ体に、いくつもの人格が入り込んでるんだから、行動も、記憶も、思考も分かれるよ、それは仕方ない。でもな……俺はお前をここ数日ずっと見てたけど、最悪の気分だったよ」
ゼルハートの背を、再度剣で貫いた。
『っ…ぁあ!!』
「…二度と俺の前に現れんな。ここで、お前の魂は消してやるよ……。死ね」
三度目は、首に突き立てた。
ピクリとも動かなくなったゼルハートが魔力となって消えていく。
そして、ボクの体もゼルハートと同じ様に光の粒子になっていくのを感じた。
「…そんな顔すんなよ。どうせ、俺が一人に戻るだけだ」
そういう彼に、ボクは少しカマをかけた。
「……多分、だけど…。ボクが消えるってことは…」
「……もう、山岡翔斗の体は使えないだろうな…。冒険者は、15歳までお預けにしておくよ」
そんな事を言う彼に、ボクは小さくため息を吐いた。
………あぁ………やっぱり、そうか。
こいつとボクは違う魂の存在だ。それは前から何となく予想していたから、別に気にならない。
「そんな、呑気な事も言ってられなくなったぞ」
「…なにが?」
「ボクはここで、ずっと山岡翔斗の記憶と
「うん」
「…それで、一個気付いたんだ」
「……ん?」
今まで、ボクという存在が居たから、彼は思い出せない記憶がずっとあったんだ。
「…起きた後、驚くなよ」
ボクがそう呟いた時、真っ白な世界が光りに包まれた。
……白い世界には、ボクだけが立っていた。
………消えていく様に見せかけていただけの魔法を解除して、ボクはその場で何度か両手を握り直す。
………………。
「…上手く行った……かな?」
だって、
「……体は、魂の器…。魔力は、根源から成る…。意思は魔法、過去は記憶……そして、記憶は魔力」
呟き、ボクは振り向いた。
そこには、緋色の記憶の世界が広がる。
「…転生したのは、ボクだけじゃない…。ってね」
……さて、と……誰の記憶かな、これは。
また記憶の中を旅行するとしようかな。
「なぁ、
ボクはゆっくりと、誰かの記憶に足を踏み入れた。
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