第27話 英雄とは
オークの胸に突き刺した右手を引き抜くと、その手には魔石が握られている。
倒れたオークに見向きもせず、周囲を確認した。
「ハァっ、けほっ…」
返り血を拭い、疲労と魔力が枯渇寸前の肉体のせいで震える手足に力を入れなおす。
辺りには冒険者や騎士の死体が転がっていた。
俺は今、騎士と冒険者が束になっても倒せなかった強大なオークの個体を殺した所だった。
近くにはまだ魔物と人の魔力が確認できる。
…早く行かないと…。
左手に持っていたショートソードを右手に握り直して走り出す。
左手に魔力を集めて、手の中にある魔石を無理矢理に握り割った。
すると、魔石に宿る魔力が全て周囲に開放される。
その膨大な魔力を全て操り、水属性の魔法と神聖魔法を組み合わせて即興で魔法を使う。
「〈
雨に打たれると、その箇所に淡い光が宿り傷を直していく。魔力の感知もできるので、魔物には無意味であり、人間や動物しか治癒しないはずだ。
神聖魔法が中級までしか使えないから、欠損は直せないが。
その雨はアルバニア伯爵領の全域に広がって行った。
黒竜との戦闘を中断して、人命救助に奔走し始めたその時から、俺はずっとこの規模の魔法を使えるだけの魔力を内包する魔石をずっと探してた。
……次に行こう。
魔石に宿る魔力を人の身でも操れる事は以前から分かっていた。
魔石は本来、なんの対策も無しに破壊すると膨大な魔力の奔流によって〝魔石災害〟が起こる。
簡単に言うと、魔力が再度魔石化しようとしてその場に超圧縮されてしまい、それが暴発して大爆発を起こす事象のことだ。
今回はその大量の魔力を操り、魔法として消費する事で魔石災害を防ぎつつ、俺自身の魔力量では不可能な魔法を扱う、という荒業を使用した。
因みに魔石は生きた魔物の中にある間は、どれだけ頑張っても破壊する事は出来なかったが、今みたいに体内に腕を突っ込んで魔石を引っこ抜いて無理矢理に絶命させる事はできた。言ってしまえば、動物の体から心臓を引っ張り出すのと同じだ。
俺がこれだけの魔力を使うには一々魔石を破壊しなきゃいけないし、あの黒竜を相手にこの技術を使うには、俺以外に俺以上の前衛がいないと、これだけの魔力を操る時間は稼げないが…。
俺は大量の魔力を操る事に慣れていないから、これからはもう少し練習しないと行けないだろうか……。
せめてあの黒竜を殺せるくらいの魔法は使える様にしないと。
ふと、ゴブリンに襲われる寸前の少女を見つけて、俺は即座に流動の出力を上げて地を蹴った。
ゴブリンの首を切り落とし、少女を抱き抱えて飛び退く。
ほぼ同時に少女の居た場所に、クロスボウのボルトが突き刺さった。
屋根の上にゴブリンが二体、遠距離持ちだ。
正面には三体か。
「ちっ…」
もう自前の魔力では魔法は使えない。
流動を保てるだけの魔力も、そろそろなくなる。
それでも、俺は抱える少女に微笑みかけた。
「目を瞑って、離さないでね」
同い年くらいだろうその少女は、ぎゅっと俺の首に腕を回して、瞼を閉じた。
それを確認して、俺はゴブリン達を見据える。
屋根上からのクロスボウによる射撃を躱しつつ、正面の三体に肉薄。
二匹は即座に斬り捨てる。
「「ぐきゃあ!?」」
すぐに振り返り、屋根の上のゴブリンへとショートソードを投げ付ける。
「ゴしゅっ…!」
クロスボウ持ちの頭部に突き刺さったのを目で確認する事はせず、すぐ側のゴブリンが振り下ろす短剣を避けながら、僅かに魔力を集めた貫手によってゴブリンの胸を穿つ。
体内の魔石を握り、腕を引き抜いた即座に魔石をバキィッと握り割った。
振り向きながら矢を避けて、魔法を唱える。
「〈
放たれた三つの雷撃は、全てが屋根上の二匹目のゴブリンの体を焼き貫き、風穴を三つ空けた。
それは中級の基本となる雷属性の魔法。初めて使ったが、問題なく発動した。
「…もう大丈夫」
「……え?」
少女が目を開けたのを確認して、俺は西の方を指差してみせた。
「あっちに真っ直ぐ行けば保護してもらえる、そこまでの道に魔物は居ない筈だけど、慎重に。一人で行けるな?」
「う、うん…」
「よし。なら行って」
「君は…?」
「まだ、助けなきゃいけない人達がいる」
何度もこちらへ振り向きながら走り去る少女を横目に、革袋に手を入れる。
そしてすぐに、思わず舌打ちをした。
どうやら、剣と魔石、投擲武器の類も全て切れた様だ。
これまでに使って来た剣は、どれも血油に濡れて仕方なく捨てた。
俺の技術は一つの武器をいてまでも使い続けられるほど、極まっていない。
俺は斬り殺した二匹のゴブリンの体から魔石を抜き取って、すぐに破壊。
周囲の瓦礫や魔物の死体を利用して、即興で錬成魔法を使い、シンプルな弓のマジックウェポンと大量の矢を創り出した。
弓に施した付与魔法は〈
発射した矢の空気抵抗を減らしつつ、矢の初速を高めるのに風を使う。
魔力の反応を頼りにしばらく走ると、ウェアウルフに襲われている冒険者達を見つけた。動きが鈍い…というよりは、固い。新人だろうか。
激しい戦闘の中、こちらが気付かれてない内に狙いを付ける。
矢を番えて、弦を引く。
物見の姿勢から狙いつけて放った矢は疾風の如く飛翔して、ウェアウルフの腹部に風穴を開けた。
「どわぁっ!?なんだよ!」
「なっ…」
乱戦の中で突然、獲物の腹に穴が開いたら狼狽えるのは当然か。
俺はお構いなしにウェアウルフの死体に駆け寄り、風穴から胸側に手を突っ込んで魔石を取り出した。
「うっわぁ…」
「おい!何だよこのガキ!何やって…」
「後にして下さい、まだ居る」
「何っ!?」
魔石を割り、周囲の瓦礫からショートソードを創り出して、逆手に握る。
残った魔力を糸のように結い上げて、マジックウェポンの弓を持つ腕に巻きつけると、血のように腕に紅い光の糸が出現した。
「な、なんの魔法だ…?」
「紅い…糸?」
……魔石の魔力が、俺の魔力と同じ色に…?
いや、後にしよう。今はまだ、敵がいる。
そう考え直した直後に、魔物がいるであろう方向から魔力の塊が飛来して来たのを察知した。
「魔法か…!」
魔力を纏わせた剣で飛来する火球の中心を切り裂く。
「魔法を使う魔物…?ゴブリンシャーマンか…!」
「うそっ、魔法を斬った…!?」
人間の敵が残っているのかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。
魔法を使う魔物……そんなのも居るのか、まあなんだって良い。
左手の弓を構え、魔力の糸を操って塞がった右手の代わりに矢を放つ。
風を纏う矢は魔法よりも速く
ゴブリンシャーマンは辛うじて矢を躱したが、俺は矢に付いて行った魔力の糸を操り、頭部を消し飛ばした。
矢の有線射出と、有線誘導。
即興でやってはみたが、使えそうだ。
「…戦えないなら、騎士団本部へ避難してください」
冒険者達にはそれだけ言い放って、俺は次の魔物を探しに走った。
それからも、俺は目についた魔物を片っ端から狙撃しつつ、瓦礫に潰された人や魔物に襲われている人達を助けていった。
周囲には最早騎士も冒険者もおらず、街は復興できる状況にも思えない。
そうしてどれだけの時間が経っただろうか。
街から魔物の気配が完全に無くなった頃、空には月が昇っていた。
民が避難している教会と騎士団本部の並び立つ場所へ足を運ぶと、アルセーヌが周辺を警戒している姿を見つけた。
「っ!ゼルハート、無事だったか!…良かった」
「……はい…。見つけられる限り、この街に居た魔物は処理しました」
「……そうか、流石だ。良くやった」
そんな会話して、再度歩き出そうとした時、突然体の平衡感覚を失って倒れた。
…あれ、なんだ?
「ゼル!?大丈夫か?」
「…う、うん……。なんか……」
…あぁ、これ…魔力枯渇か。
マジックアイテムを使うのに、微かだが流動を続けていた。
その分の流動を止めたから、魔力をマジックアイテムに持っていかれて完全に枯渇した様だ。
「…ごめん父さん、動けそうにない」
アルセーヌに横抱きにされながらそう言うと、彼はクスリと微笑んだ。
「気にするな、お前は何百もの民を救った英雄だ、ゆっくり休むと良い」
民を救った………英雄…。
……いや、違う。それならアノレアも、救えたはずなんだ。
そもそもこんな襲撃は未然に防ぐ事だって出来た。
それなのに、俺は……。
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