第26話 黒竜誕生
……そりゃ、そうなるよな。
街は以前の襲撃騒動と同様に、火の海になっていた。
以前と違いがあるとすれば、ガレリオとクラヴィディアがこの街に居ないことくらいか。
……やばいよなぁ。
ゼルハートは一応腰に剣を下げて、アルセーヌと共にハルフィとアノレアを避難させているが、何故か今の
どうも、完全に別人格に乗っ取られている様なのだが、如何せん喋れないので考えてる事が全く分からない。
このまま行くと、アルバニア伯爵領が魔物に占拠されるだろう。
一応、やらかしたのはゼルハートなのだが…。俺が動けないからやらかしたのであって、今のゼルハートの人格に俺の記憶や能力が備わっているのかが分からない以上は何とも言えない。
ふと、すぐ近くの建物が爆散する様に弾けた。
咄嗟に避けようとしたが、やはり俺の体は思い通りには動かない。
飛んできた瓦礫が太腿に突き刺さり、体勢を崩して転んだ。
「っ……!!!」
「ぐ…っ…!」
アノレアを抱いて飛び
ハルフィも怪我をしている様だ。
クソッ、なんで動けないんだよ……!
なのになんで俺まで痛み感じなきゃいけないんだ…。
早くその無駄に尖ってる瓦礫を足から抜けって。
「なっ…なんだ貴様…!ごはぁっ…!?」
アルセーヌのそんな声が聞こえた瞬間、彼がこちらに吹き飛ばされて来た。
お陰で瓦礫はどいたが、足に尖った瓦礫が刺さったままだ。
二匹のオークは何故かアノレアの腕を掴んで、中にぶら下げている。
そしてその近くに居るのは…。
見覚えのある長身、黒コートとサングラスの不審者。
…あいつ、アノレアを攫った奴隷商…!
おい、ゼルハートお前分かるだろ!なんで震えてんだよ…動けって……!!!
黒服の奴隷商は、懐から青い光を放つ水晶玉の様な魔石を取り出した。
…って、はぁ!?「白竜の魔石」を…なんでアイツが持ってんだよ…!?
前の襲撃騒動と言い、アノレアの拉致事件と言い…あの野郎…!
「お前…!スレッジか!!アノレアに何を…!」
アルセーヌが黒服の男を見て、スレッジと叫んだ。それがあいつの名前なのか。
スレッジは、オークに拘束されているアノレアの大きくなっているお腹に、「白竜の魔石」を押し付けた。
「な、何を………?」
アルセーヌは怒りや困惑を隠すことが出来ずに複雑な表情のまま、それでも黒服の男へと走り出す。
だが、数匹のゴア・オーガが立ち塞がり、足を止められる。
恐怖に染まった表情のアノレアの腹部にズブズブと白竜の魔石が沈み込んで行く。
目の前で起こるそんな光景を、アルセーヌ達は理解出来ずに見ている事しか出来なかった。
「なぁ、アルセーヌよぉ?お前気付いてるかぁ?」
スレッジはサングラスを持ち上げると、鋭い三白眼をどうしてか俺…いや、アルセーヌへと向けた。
「………?」
…一体奴が何をしているのか、この場で理解しているのは俺とアイツだけだろう。
「この侍女の腹の中に居るガキは、「神格者」だ。なぁ、お前にとっちゃ二人目だ、居なくなったところで気にする事でもねえよなぁ…?」
そう話す間にも、アノレアの腹部は大きく膨らんでいく。
魔力の感覚で分かる。
今アノレアの胎内に宿る子供は“人間”から逸脱している。
「さあさあ、蘇れ!!その昔、この国に破滅をもたらした災厄よ!!“英雄クロアス”の血を宿して、今一度この世界を絶望に陥れろ!!!」
アノレアの周囲に吹き荒れる魔力の紅い奔流。
「ア……ル……ッ!」
バチャッッッ!!!
スレッジの呪詛を聞き、膨らみ切ったアノレアの腹部が破裂した。
「アノレアァァッッ!!」
血を吐くほどに、アルセーヌが叫んだ。
辺りに血や内蔵が飛び散り、アノレアは跡形も無く肉片になった。
鼻腔を貫く血なまぐさい匂い。強い吐き気と、激しい怒りを覚える。
「…お、おかぁ……さん…?」
ギャアオオオオオ!!!
まるでハルフィの声に反応したように、咆哮が辺りを包んだ。
アノレアの腹から出てきたのは………竜だった。
血の海の上に佇むそいつは漆黒の鱗を纏う黒竜。
ゆったりと姿を現したその化け物、全長は八メートル程度。
尋常ではない紅黒の魔力は嵐の如く膨れ上がり、その中心に鋭い三つ爪を具えた二足を石畳に突き立てて、その黒竜は立っていた。
背部から伸びる巨大な翼、前足には四本の指と鋭角な爪。
チラチラと白銀の牙が見える口から、蒼白の焔を吐いている。
「くはははっ!!こりゃあ良い、白竜アトラクト改め、『神黒竜アトラクト』って所だな!」
スレッジは楽しそうに仰け反り、腹を抱えて笑っている。そしてアノレアを拘束していたオーク達に抱えられると、再度叫んだ。
「アトラクト!アルセーヌを殺せぇ!!」
スレッジの叫びに応じて、黒竜はアルセーヌに向かって顎を開いて凄まじい速度で飛び込んだ。
攻撃の射線上で座り込んでいた、ハルフィの足を食い破りながら。
「…あ…?」
「ッぬうううっアァッ!!」
声を出すことはなく、ただゼルハートの体が震えた。
アルセーヌは叫び辛うじて躱したが、靭尾による追撃を受けていた剣を折られた様だ。
そんなアルセーヌの姿には目を向ける事をせず、ゼルハートは気を失った右足のないハルフィに目を向けている。
──あぁ、ハルフィ……どうして…──
…どうしてじゃないだろ、何やってんだよ!
──アノレア…?なんで、君が死ななきゃいけないんだ…?──
お前が何もしなかったからだよ!!なんで動かないんだ!!?
──オレに、力がないから…。何も、出来ないから…──
出来るだろうが!今まで何をやって来たんだよ!
何なんだよお前、ふざけてんのか!?
──…あぁ、いっそこのまま消えてしまいたい──
なら死ね!!さっさと消えろ!!
そもそも誰なんだよお前!!
……いや、なんでもいい。とにかく俺の邪魔すんな…!!
「……うご……けぇッ!!!」
叫び、足から瓦礫を引き抜いた。
激痛が走り、それでも歯を食いしばりながら足を前に出した。
「〈
魔法を叫ぶと、伸ばした左手にどこからか即座に俺の革袋が飛んで来た。
その中から自作のポーションを取り出して、自分の足にかける。
ハルフィに駆け寄り彼女の体を担ぎ上げて、走りながら腰に下げていた剣を鞘ごと外した。
「〈
すぐに呼ぶと、アルセーヌはすぐにこちらを見た。
驚いた様な顔をしていたが、すぐに剣をキャッチした。
俺は近くを通った、アルセーヌに加勢しようとしている騎士を見つけて、その騎士の足を止めた。
「彼女を安全な場所へ、加勢は俺がします」
言うだけ言ってハルフィを押し付け、革袋からロングソードと盾、いくつかの投擲武器を取り出す。
「キシャアッ!!」
アルセーヌの体を貫こうとした黒竜の貫手。
俺はその隙間に入り込み、盾の曲線で受け流す。
反撃の隙はなく、即座に距離を取った黒竜に手裏剣を投げ付ける。
「目を閉じて!」
アルセーヌにそう声をかけつつ、俺は顔の前にシールドを出しながら黒竜との距離を詰める。
手裏剣は黒竜に当たる前に強い閃光と爆音を炸裂させた。
「ゼル!上だ!」
言われて、即座に盾を上に投げる判断をした。
障害物を作ることで、死角を作り、俺とアルセーヌは蒼白の焔のブレスを回避した。
同時に革袋からショートソードを抜き放つ。
「っ…熱…。父さん、俺が前に出ます。攻撃、通せますか?」
「さあ…。無理そうだな」
まあ……そんな気はしていた、元々大して期待はしてない。
ショートソードを逆手に握り直すと、上空にいた黒竜の体がブレた。
…来るっ…!
直後、眼前に迫る黒竜の貫手を刀身の側面に滑らせて軌道を逸らす。
追撃に神速の蹴りと尾の叩きつけを俺がイナシていく。
そのたびに出来る一瞬の隙を見切って、アルセーヌは全力の斬撃を加える。だが予想通り、効果は薄い。
「チィッ…なんて強度の鱗だ…」
「シャァア!!」
な…翼っ…!?
尻尾を受け流したと思ったら、黒竜の翼に押し飛ばされた。
「しまッ…!」
剣を大きく振りかぶっていたアルセーヌに顎を開いた黒竜の牙が迫る。
「〈
吹き飛ばされながらも、手から伸ばした氷の鎖がアルセーヌを縛り、自分の直ぐ側に引き寄せる。
「俺の魔力量じゃ、どれだけ剣に魔力を集めても、
体勢を整えつつアルセーヌにそう言うと、彼も首を振った。
「オレにも無理だ、これ以上は流動に回す魔力が無くなる…。それに、あの黒竜は…」
「……今は魔物です、子供だとしても。それに……母さんを殺したあの黒服も探さないと」
「…ゼル…。そうだな」
黒竜は不意に、空を見上げた。
それに釣られて空を見上げるアルセーヌと、黒竜を見据えたままの俺。
黒竜は何かに誘われるかのように、上空へと舞い上がった。
「…逃げ──」
「キャァァァ!!?」
アルセーヌの呟きは、何処からか聞こえた女性の悲鳴にかき消された。
「──…チッ、考えてる暇もないか」
「父さんは騎士団と合流ですか?」
「あぁ、まだ魔物は居る。お前は人命救助を優先しろ、いいな?」
「はい」
俺とアルセーヌはその場で別れて、俺は魔物の近くに居る人を優先的に回収していった。
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