第25話 始まりの終わり

 冒険者になってから二年、俺は12歳になった。


 ガレリオは王都のアスリスタ学園へ「白竜の牙」を持って行ってしまった。今頃道中で自慢でもしてるんだろうか。

 クラヴィディアも「神格者」であるため王都行きだが、彼女は王宮へ向かう事になっている。

 一応、付き添い…と言うか、護衛としてレノアも同行しているので問題は無い。


 アルセーヌは心配してなかったし、大丈夫だろう。

 クラヴィディアに護衛が必要なのかは別として…。


 俺は相変わらず、魔法と魔物と魔導具と魔法具の研究に没頭していたのだが……。


 ある日突然、ハルフィに声をかけようとしても、ことがあった。元々滅多に話さなかった俺だが……自分の意思に反して、本格的に喋れなくなったのだ。


 どうした物かと思っていたのだが、その翌日。


 …とうとう、体まで動かなくなった。


 ハルフィにかなり心配されていたのだが、そのまた翌日には体は動くようになった。


 ………俺の意思に反して、まるで別の誰かが体を動かしている様な感覚だ。


 操り人形にでもなった気分だ。


 魔法具や魔法なんて気にも留めず、一日中ハルフィとイチャイチャしている。


 手を繋いだり、頬にキスをしたり。

 ずっとくっついてるよ、何してんの?

 ハルフィも困惑していたのは最初だけで、後は嬉しそうに受け入れている。


 …君ら一応異母姉弟だからな?そんな恋人みたいな距離感はおかしいんだぞ?

 この世界の倫理観的にも若干怪しいひ、俺の倫理観的には完全にアウトだからな…?


 それはともかくとして、いや、ともかくで済ませたりしたくないんだけど、それ以上に不味い事態が起こっているのだ。


 今、現在体を操っている何処かの誰かゼルハートさんは気付いてない様だが、「白竜の魔石」がいつの間にか部屋から無くなっていたのだ。

 あんな劇物を部屋の外に出したくは無かったのだが、生憎と最近のゼルハートはハルフィを部屋まで追いかけるので、自室を留守にする事がとても多い。


 久しぶりにしっかり食事と睡眠をしているし、魔法も使ってないので体が万全なのはありがたいけれとも……。

 けれども、本当に頼むから「白竜の魔石」を探してほしい。


 アレが悪用されるのは本当にダメなんだ。


 この二年で魔石について調べて、アレの危険性については良く理解している。

 どうにかして破壊しようと考えていたのだが、それも上手く行かなかった。


 盗んだのがどこの誰か分からないのであればどうしようもないのだが、今回に関してはゼルハートは早くそれを回収してくれ。

 現在のゼルハートが気付いてないだけで、犯人は彼女だ。


 多分、一度自分に傾倒してくれた事で、それまで没頭していた「白竜の魔石」に目を向けて欲しくないと思ってしまったのだろう。


 そうなると、彼女の部屋に置いてある「白竜の魔石」が、ソレをこの街に持って来た“誰か”に盗まれる可能性が高いのだ。

 なんせ、アレを探すのは割と簡単だから。


 …魔物を使えば、一発で見つけ出せる。


 どの程度の範囲かは個体差が大きいが、魔物は大体の個体が高い魔力感知能力を保有している。とくにあの魔導具は白竜の魔石がクロアスの魔力によって魔導具化したという、魔物にとってのご馳走中のご馳走であるが故に、何の処理もせずに置いておくだけで辺り一帯の魔物をおびき寄せることができる。

 ソレに加えて、あの魔導具の能力は「魔力を変質させる」という物だ。

 その気になればいくらでも魔物を強化、変質化、異形化させることができる。


 このままでは十中八九、近い内にこの街をまたも魔物が襲ってくる事だろう。

 そこできっと、誰かが「白竜の魔石」を奪いに来るはずだ。


 俺の部屋に置いておけば、部屋の外に白竜の魔石の魔力が漏れる事は無いから安全なのだが……。


 …くそっ、なんで急に、こんな操り人形みたいになったんだ…?


 心当たりが無さ過ぎて、本当に分からない。

 小さい頃は「もしかしたら誰かの体に憑依しただけなのでは?」と思ったりもしていたが、もしそうだとしたら、それが今更になって表に出てくるのも意味がわからない。


「あっ、お母さん。ダメだよ、お仕事は私に任せて?」

「大丈夫よハルフィ、少しは動かないと」


 ゼルハートが部屋を出たら、不意にハルフィの声が聞こえて即座にそちらを向いた。何なのこのハルフィ大好き野郎は……。


 それはそうと、俺はアノレアに意識を向けた。

 彼女は現在アルセーヌとの二人目の子を身籠っており、侍女の話ではあと一ヶ月もしない内に産気づくだろうとの事。


 多少の運動をしたほうが良いとは言え、今までやっていた事までは手を回せないので、それはハルフィが請け負っている。

 ハルフィ大変だね、お母さんのお世話しながら突然くっついて来るゼルハートの世話も焼いてるんだから。


 当の本人は、好きな人とイチャイチャできるわ、妹が産まれそうだわで、とても楽しそうだが。


 因みにアノレアのお腹に宿る子供は「神格者」であり、ハルフィにとっては妹となる。つまりは女の子。

 体は動かせないが、魔力の感知はできるの、ある程度成長した頃には分かった。

 クラヴィディアという、前例を見ているから分かるのだが……。

 やはり「神格者」と言うのは魔導具みたいな存在らしい。

 体内に宿る膨大な魔力が、魔石化する事なく変質した存在。


 魔物も魔石を取り込む事で自らの魔力を変質させ変異種となる場合があるが、あれは「神格者」ほど劇的な差ではない。


 膨大な魔力が、魔石化するか、変質するか、その違いだ。


 因みにどういう経緯で魔石化と変質化の分岐に至るのかはまだ判断出来てないので、これも調べたいのだが、今はそれどころじゃない。


 一応俺やアルセーヌも「神格者」なのか?と思ったりもしたのだが、どうもそうでは無いらしい。

 最も大きな違いは「魔力の性質」である。

 俺やアルセーヌの魔力は、魔力である事に変わりはないが、「神格者」は場合にもよるが魔法が使えない事だってある。

 クラヴィディアの魔力が、魔石そのものに近い性質なのはわかってるんだが……。


 ふと、アノレアが俺の顔を見て首を傾げた。


 ゼルハートは気付いてないが、流石に違和感を感じる様だ。


「最近、ゼルハート様は表情豊かになりましたね」

「……?」


 ………?

 どうやら今のゼルハートは、普段の俺よりも表情豊からしい。

 顔が見えないから分からないし、表情筋が動いても感覚がないんだよ。

 魔力を含む六感は全てあるのだが、部分的に感覚がない。


 ゼルハートは何を思ったのか、アノレアのお腹を優しく撫でた。


 …俺だったら恥ずかしくてやんないぞそんなこと。

 少なくとも、復興終わりの休暇でやっと落ち着けてるアルセーヌに見られてる所ではやらない。


 ふと、魔法具マジックアイテムなんて使わなくても分かるくらいに、強大な魔力を感じた。

 アルセーヌは即座に気付いて、窓の外に目を向けた。


「…なんだ…?」

「旦那様?どうか致しましたか?」


 …おい動けよ、何してんだ?

 …おーい、ゼルハート?


 …ちょっ、え?嘘だろ?いや、ゼルハートさん?何考えんだ?お前気付いてないのか?

 …早く動けってお前何をやってんだよ!


 このままだと、またこの街に魔物が溢れ返る。前の襲撃騒動とは比べ物にならないくらい、被害は大きくなるだろう。

 そうなる前に元凶を叩きに行かなければならないのに、俺には体が動かせない。


 ……おい、不味いぞこれ……!

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