閑話 アイツの知らない夢の中

 ゆっくりと瞼を上げた。真っ白な世界だ。


 目の前にはボクがいた。


 白髪に、赤い瞳。えぐれた左眼、十歳の男の子というには、少しだけ小さいように思う体を丸めている。

 何があったんだろう、膝を抱えてうずくまっている。


「……なにを拗ねてんの…?」


 ボクがそう聞くと、彼は素っ気なく答える。


『………別に…』


 どうしてか声は聞こえなかったが、思念のような物を感じた。以前に会ったゼルハートとはどこか様子が違うらしい。


「…言ってみろって。お前がそんなんだから、また急にこんな場所に来てるんだろ?」


 分からない。

 彼はボクでもある筈だ。なのに、彼のことがよく分からない。

 …いや何か違う。

 前は…ちゃんと、ボクはボクと話をしていた気がする。


 前とは、何かが違う。


『……なあ、


 ふと、彼はゆっくりと顔を上げて…どこか不貞腐れた様な表情を見せた。相変わらず、一切口は動かない。


「えっ?……なんだよ?」

『……ハルフィの事どう思ってんの?』


 ……………はぁ……?何を言ってるんだこいつ?

 どうして突然ハルフィの事を聞いてきたんだ?


「…妹っぽいよな。一応、姉なのは分かってるけど。どうも歳下っぽく見える」

『…ふーん…』


 …あれ?ボクってこんな感じの人だったか…?

 多分…違う、ような…。


 ……あぁ…?いや、どうなんだ?

 もしかしてもあり得るのか…?


 そうなると、以前のボクは予想を間違えていた事になる。

 いや、でも…それなら…。

 ボクはダメ元で手の中に魔力を集めた。


「〈火花スパーク〉」


 パチパチっ…と手の中に火花が散り、小さな火の玉が発生した。


『うわっ…!なんだよ急に…!』

「……ここ、精神世界じゃないのか…」

『…えぇ?どういう事だよ?』

「言葉の通りだよ。精神世界で魔法なんか使えるわけ無いだろ」


 記憶の中にしかいない筈のボクと、魔力が共存する世界…というか、魔力の中に宿る記憶の世界とでも言うべきか。


 …ってことは、やっぱり魔力には記憶が宿るのか。本来だったらボクが魔法を使える訳が無いもんな。


 今のボクはゼルハートじゃなくて、前世の山岡ヤマオカ翔斗ショートの姿をしている。何故なら、ゼルハートの中にある魂はボクのそれじゃないから。

 ゼルハートの中に居たボクの人格が、記憶の中に居た山岡翔斗を呼び覚ましてその姿を使った時に、あの狐の仮面の付与魔法陣の影響で、こっちのボクの魂にまで魔力が宿っている。


 となると、今目の前に居るこいつは……。

 ボクがゼルハートに転生しなかった場合の〝本来の人格〟って事になるのか。

 本当ならば存在した人格。

 いや、今も彼はこうして存在しているのだから、ゼルハートの中には二つの人格が宿っている事になる。


 元々、この世界に来た時は、ゼルハートショートとこいつの人格は混同していた。

 それが…ハルフィに話しかけたのをきっかけに二つに別れた。

 でも、その時はまだどちらも同じ存在。曖昧だったんだ。

 それが…あの魔導具を使ったことで完全に別々に別れたのか。三つの魂、人格に。


『…なにボーっと見てんの?』


 ……うん、だってボクはこんな何も考えてない様な人間じゃない。

 …今、ゼルハートの体の主人格はこいつなのかな?それともあっちには肉体が一つしかない筈だからまだ曖昧なのか…。


 …………なら、今のゼルハートの体にある人格は、どこから由来した物なんだ?


 と、どうもそんな所まで考えている暇はないか。


「いや、悪い…なんでもない。ってか…逆に聞くけど、そっちはどう思ってんだよ、ハルのこと」


 そう言ってから気付いた。ボクはハルフィの事を略称…というか愛称で呼ぶ。

 でもこいつは…


『ハルフィは……。好きだよ。可愛いし、健気だし、献身的だし…素直だし…』


 お姉ちゃんっぽさがないから、妹みたいに扱ってるボクとはあまりにも意見が違いすぎる。

 いつどこでそんな気持ちが芽生えたんだよ?


『…でも、ハルフィはオレの事を見てないし…』

「はぁ?寧ろ惚れられてるだろ」

『それはオレじゃなくて……。アイツじゃん』


 アイツ…。

 あぁ…アイツね…。


 ……どこの誰?


『…ゼルハートだよ』

「じゃあお前じゃん。誰だよアイツって」

『だから……っ。今、ゼルハートの体を使ってるアイツ』


 ……えっ…。こいつも、それを自覚してんのか。

 ってことはやっぱり、ゼルハートとして産まれた時点であった人格は一つだけなんだ。

 それは多分、ボクが以前に話した“アイツ”だ。


 ……なるほど、色々分かってきた。


 あの体の中にはボクと…今、目の前にいるゼルハートの二つの人格が入り混じっている。


 特に分かりやすいのは「喋る事が出来ない」という、ここに居るゼルハートの特徴が表に出ていた事。

 その一方で、ボクの特徴はアッチの体には出てない。元々の肉体が違うからかな。


 そして、混同していた人格が別々となったきっかけであるハルフィという女の子が近くに来ると、喋れないゼルハートの人格と、“アイツ”としてのゼルハートの人格が反発し合うせいで、肉体側に変な負担がかかっている様だった。


「…ゼルハートって、剣は得意なのか?」

『……アイツは得意だよな、オレはあんなの無理だよ。魔法だってそうだ。やっぱり、オレじゃハルフィには相応しくないんだよ…』


 …これは…そうか…。

 喋れないのは、このゼルハートの人格側にある精神的な問題が原因。

 肉体側はボクの才能。魔法、魔力の器官は恐らく…ゼルハートの体を操っている“アイツ”の才能。

 でも、本来肉体を操るはずのこいつの特徴も、完全には消えてない。


 つまり、これまでゼルハートは話さなかったんじゃなくて、のか。


 三つの魂が一つの体に入り込んだ結果、最初は一つの人格だった。

 だが、時間が経つにつれて別々の二つの人格に別れた。それがボクと、今のゼルハートショート。そしてハルフィとの関係をきっかけに、その人格から本来肉体に宿る筈だったこいつまで別れた。


 基本的な人格は“アイツ”だけど、どうも年を追うにつれて本来のゼルハートの人格が強くなっている様だ。


 ここにきて、こいつの人格が顕著になって来たのが他ならない証拠だ。


 …果たして、それが吉と出るか凶と出るか…。ボクは嫌な予感しかしないけど…。


 …………それにしても、やっぱりボクの予想って的外れな事が多い気がするんだよなぁ。


 こいつの出現もそうだけど……。それ以上に最近顕著になってきたのは、アイツとボクの人格の乖離。

 気の所為じゃなければ、アイツの人格って、多分…………。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る