第24話 実力者

「…これだから顔隠してる奴は嫌いなんだ」


 依頼を完了させてギルドに戻ると、受付嬢のサリナさんに手を引かれ、突然個室に移動させられた。


 挙句の果てに、このギルドの“支部長”である元A級冒険者のガゼオンとかいう、四十代半ばくらいのオジサンと二人きりにされてしまった。


「……んで、ショートって言ったな…。単騎でゴア・オーガの変異種を討伐したって?」

「しましたね」


 変異種、というのは多くの魔石を取り込んだ事で魔物としての存在が一段階上がっている状態の魔物の事らしい。


 ……となると、あの赤い魔力ってそういう事なのかな…。という考察は、また後にしておくとしよう。


 あのまま放置しておいたら、複数の高ランクの冒険者パーティが出張る所だったそうだ。

 そんな事をしている時間の間にあの農村が無くなっていたと思うが……。


 なんで俺が帰ってくる前に報告が為されていたのかと言うと、俺と同じ依頼を受けていた冒険者が、ゴア・オーガの出現で逃げようとしたところ、俺が単独で討伐してる姿を発見、俺が解体してる間に報告をしてしまったらしい。


「…すんなり倒したって聞いたぞ」

「すんなりじゃないです。盾がダメになりました」


 まだあの一枚しか作ってなかったのに、試作品を1回でダメにされた。改良点は見えたから良いけど。


「………いまどき、若え新人が過剰な実力を持ってたら、威張り散らすもんだがな…。お前さん、その仮面取ったらどんな顔が出てくんだ?」

「見ない方が貴方のためになる事は確か、とだけ言っておきます」

「うーわ、嫌だ嫌だ、関わりたくない。絶対面倒事抱えてるだろお前。変異種討伐の報奨金は払うからさっさとどっか行ってくれ」


 本当に、心底嫌そうな顔をしている。どうやらギルドに面倒事を持ち込みたく無いらしい。


「…しばらく、このギルドを拠点とするつもりですが。冒険者としては、まだ新人ですから」

「立ち去ってくれ」

「嫌です」

「どーせお前みたいな奴は天級の魔法とか使えんだろ?」

「いえ、属性魔法はどれも初級までしか扱えませんよ」

「…いや、は?冗談だろ?」


 俺の仮面には認識や探知系の魔法や感覚を阻害する効果もあるので、魔力量を測られる事はまず無い。だからこの辺りの話をしても、ゼルハートと重ねて見られる事はない。


 俺は右手を出して、手のひらを向けたガゼオンに向けてみせた。


 そして、五本指で別々の属性の一般魔法を無詠唱で発動させて見せる。

 使ったのは火花スパーク水雫ドロップ風纏ウィンド氷結フロスト岩石ストーンの五つ。


 片手で別々の属性の魔法を操るというのは最早、精密な魔力操作なんて言葉では表せないほどの異次元の技術ではあるが……。正直、出来たところであまり実戦における意味はない。


「…ボクは大した魔法は使えませんが、複数の属性を組み合わせて魔法を使えるんですよ。実戦では、どれだけ多くても組み合わせるのは三種類程度ですが」

「……実は超高名な魔法師…ってことはねえよな…?」

「ボクは魔法師じゃないんで」


 腰に下げた剣を揺らしてみせると、ガゼオンは頬をヒクつかせた。


「立ち去ってくれ」

「嫌ですって。実力はそこそこあるつもりですが、生憎と緊急の依頼や名指しでの依頼は受け付けてないので、それだけ承知して頂ければありがたいです」

「…ワガママな野郎だな…」

「ただ、必要な資料を集めるために“冒険者”という立場が都合が良かっただけなので。変異種ゴア・オーガの魔石は、こっちで回収させてもらいました。死体は好きに使って下さい。金銭は要求しないんで」


 本来ならギルドに素材ごと買い取ってもらう方が圧倒的に儲かるのだが、今回は魔石という収穫が入ったから俺は金は要らない。


 そもそも必要なら別の方法で稼ぐ。冒険者なんて命の危険をさらしながら金を稼ごうなんて気にはなれそうもない。


「…他に、何か話すことがありますか?」

「……いや、お前は特例でB級まで昇級だ」

「…これまた、随分と飛び級ですね」

「実力的に申し分はねえんだろ?」

「冒険者ギルドの指標は、実力ではなく貢献度だと聞きましたが」

「今後の事を考えたら、これでも低いくらいだ」

「……まあ、なんでも良いですけど。階級に興味はないので。それでは、失礼します」

「…おう」


 受付嬢のサリナさんに話を聞いたら、本当にギルドカードに書かれた階級がB級まで上がっていた。


 なんか、必死になって階級を上げようとしている冒険者達が馬鹿らしく見えてきた。


 この妙に高い戦闘能力は、やはり血筋のせいなんだろうか。それとも、俺の努力が実ってるだけなのか…。


 どちらにせよ、ある程度の魔物との戦闘をこなせると分かった以上は、次の段階に行けそうだ。


 今度は依頼を受ける事はせず、出現場所だけ確認してそこに向かった。




 領内にある開拓中の雑木林。

 魔物の住処となってしまった洞窟があるらしく、俺はそこに向かった。


 出現したのはコボルトと呼ばれる魔物の群れ。

 コボルトは“蛮族種”とと呼ばれる魔物の筆頭格であり、蛮族種の共通点として「個体毎の強さの振れ幅がとても大きい」ことが挙げられる。


 子供でも追い払える程度の物から、高ランクの冒険者がレイドを組まなければ行けない物まで、コボルトという種の一個体で扱われる。

 偶に異名みたいな物を付けられてる奴も居るらしい。


 因みに蛮族種とされている魔物としてこの世界でも有名なのが、ゴブリンやオーク。

 他にも彼らには「雌個体が少ない」「突然変異しやすい」「変異種が発生しない」「人族や亜人族と交配できる」と言った多くの共通点がある。


 ここからは俺の推測だが、彼らは元々人間だったんだと思う。

 正確には「人間に宿っていた魔力が集まり、魔物化した個体群」なのでは無いかと思っている。

 要するに戦争なんかで大勢の人間が命を落とした際の魔力で発生した魔物なんじゃないかな……と。憶測の範囲でしかないが、ある程度の根拠はある。


 特にコボルトは、亜人族の中でも獣人族の魔力によって発生した魔物なのかな……と。

 彼らは獣のような風貌で二足歩行をしており、それでいて、死者から剥ぎ取った武具を身に着ける。


「…数は21、移動してきたばかりの若い個体群かな…。オサの個体と取り巻きが20ってとこか」


 狭い洞窟の中ではロングソードは振り回せない。

 と言うことで、俺の右手にはショートソード、左手にはダガー。

 洞窟内にあると思われる明かりに反射しない様に、どちらも刀身は漆黒に塗り潰してある。


 最初からこういう状況を見越して作っていた武器だから想定通りと言えよう。

 仮面は仕方ないにしても、光を反射しないマントを一枚羽織っているので視覚的な隠密性もある。


 こういう時、洞窟内を火の海にしてしまえる中級くらいの魔法が使えたら楽だろうなと思う。


 残念ながらないものねだりだし、魔法を使う魔力の余裕はないので、最初から流動を全開にして、魔法具にも魔力を通して発動させる。

 この暗闇では視覚は頼りにならないだろうから、両耳に着けてあるピアスの索敵魔法に意識を向ける。


 右耳のピアスには〈魔力探知サーチ〉による人や魔物の索敵。


 人間、動物、魔物で魔力の質に差があるのでそれらを見分けつつ居場所や距離を立体的に把握できる。

 どうやら人間の中でもクラヴィディアの様な「神格者」はまた、魔力の質が人間の者とは違うし、アルセーヌとガレリオの魔力も普通の人間とは別物だった。つまりは、俺の魔力もそうなんだろう。


 左耳のピアスには〈魔力反響ソナー〉による音ではなく、魔力によるソナーの魔法。

 空間知覚、周辺状況の把握が魔力の感覚だけでできるので閉所戦には有効な魔法だ。


 俺の魔力操作技術なら、流動のついでに魔法具を発動させて魔力のロスを無くせる。


 ……よし、万全かな。それじゃ、行こう。


 長の個体が居るなら、そいつとその周囲に居る二、三体は捕獲しよう。


 他は全て斬り捨てる。


 コボルトは見つけ次第、首を切り落としたり、胸にダガーを突き刺したり。


 こちらの存在を感知される前に数を減らして行く。


 五分とかからない内に、残りの数は大きな個体…長を含めて三体。


 手足を切断してダルマにしてやり、即座に自作ポーションをぶっかけて止血。


 鳴き叫ぶ三体のコボルト。

 狼のような口をロープで縛り付け、唸り声しか上げられない無様な姿で拘束する。


「…さて…と」

「グルルルル…!!」

「グヴゥ…!」


 呟きながら頬に付いた返り血を拭う。


 ……この革袋に生きている生物を放り込むと、どうやら一時間きっかりで絶命するので、帰りは急いだほうが良い。


 家に持って帰る訳にも行かないから、貧困街の空き家を買っておいてある。さっさとそこまで運ぶとしよう。

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