第21話 魔の力が宿る物

 魔石。それは魔物の体内に一定量の魔力が宿った際に発現する腫瘍のような体内器官…だと思う。

 この辺りはあくまで世間一般的に出回っている、いくつかの資料を統括してある程度の整合性が取れている部分の意見をまとめた見解だ。

 ちゃんと自分の目で見て調べた訳じゃない。

 俺は生きた魔物の体を解剖して調査してないから、本当に詳しい事を自分で確かめて理解を深めることはしていない。


 とりあえずそれを調べるには生きた魔物をいくつかの種類用意して解剖しながら資料を集めていく感じになるかな…。それは今度、いつか、やろう……多分。


 そこらの魔法や魔物、魔石の研究者をしている人たちよりも、俺がもつ魔力感じるための器官は鋭いらしい。また操作も精密なので実験や検証がしやすく、詳しい情報が手に入れやすい。


 さて、あれから俺は少し前から冒険者ギルドを行き来しながら魔石や魔物の素材を収集している。


 これらは勿論、俺の手元にある不思議な球体型魔導具…恐らくは白竜の魔石であろうそれをについての研究をする為に使うものだ。


 冷静に考えて、別に俺がやる必要のあることでは無いのだが、魔法具マジックアイテムを作っている身としては「魔導具の自然生成における過程」と言うものが知りたいわけで……。


 それを調べる上で一通り資料を取ったことのある「白竜の牙」と関係がありそうなアイテムが、今こうして手元にあるのならば、調べたくなるのが人の性というもので………────


「───っ…?」


 ふと、思考の中にバチバチとノイズが走った。

 冒険者ギルドに行ってからもうすぐで一ヶ月が経つのだが、その時になにか病気でも貰ってきたのか、最近はこんな頭痛が続いている。


「もぉ〜…また散らかして…。ゼルは私がいないとダメなんだから」


 とか言いながらハルフィが部屋に入ってきた。

 気の所為じゃなければ、彼女が来た時に限ってこう、酷い頭痛が発生するのだ。

 とても楽しそうな表情で部屋に来た彼女は、人の気も知らないで床に散らばった大量の書類を片付けている。


 自分の中で何かが乖離している様な気持ちの悪い感覚が、ずっと胸の中に残っている。


「ゼル?」


「………?」


「どうかした?ずっと頭押さえて…」


 少し悩んでから、首を横に振った。

 彼女が原因だとしても、彼女に愚痴を言った所で何か変わるわけじゃ無い。


 俺は魔石に向き直って、考察を続けた。


 白竜の魔石の横に置いてあった透明なガラス瓶に目を向ける。

 その瓶の中には、ぼんやりとごく微かに赤いモヤがかかっている。

 これは部屋の中に残っていた魔力の残滓を丁寧に集めて瓶に詰めた物だ。

 というのも、この部屋には長い間同じ場所に放置されっぱなしだった魔導具があり、それの残滓がずっと残っていた。

 そう「白竜の牙」の魔力残滓だ。


 不意に気付いて、部屋に残っていた刀掛けに残った魔力の残滓を調べていた時に、俺はとんでもなく重要な要素を見逃していた事に気付いたのだ。


 白竜の牙に宿る魔力は、血を思わせる様な紅色の魔力だった。

 これは、俺の魔力と同じ色。


 そして今目の前にある球体……白竜の魔石に宿る魔力は、アルセーヌやガレリオと同じ青色の魔力だった。


 これに気付いた時、俺は白竜とクロアスの物語と、「白竜の牙」に関する伝承を思い出した。


「白竜の牙」はクロアスが持っていた剣に、白竜の遺体に残っていた魔力が宿った物だ。


 つまり、今あの剣に宿っている魔力は白竜の物。

 それにも関わらず、その白竜の魔石に宿る魔力は白竜のそれではなくて、アルセーヌやガレリオと同じ青色の魔力。


 それはつまり「英雄クロアスの魔力によって、白竜の魔石が魔導具化した」と言う事になる。

 自らの死した体から放たれた膨大な魔力による魔導具化ではなく…。


 因みに魔導具化というのは、生物で言う魔物化と原理的には大して変わらない

 魔力が宿っている物に、外部からより大量の魔力が入り込んで、魔力が変質した物。

 魔石の様に石になるのでは無く、魔力そのものが魔力とは別の、“まるで魔法の様な”力を宿す。


 ………これって「神格者」みたいだよな、と思って、現在は調べたりもしてる。


 それはともかく…そうなると、だ。


 クロアスは白竜を討伐した後に、その討伐の証拠として魔石を回収したのでは無いだろうか。

 その後、なんらかの理由で命を落とした際に、彼は何故か手元に白竜の魔石を持っていた。

 クロアスの死によって彼の魔力は解き放たれ、その魔力は手元にあった白竜の魔石に宿り、魔導具となった。


 クロアスは白竜を討伐した際に、剣を白竜の遺体の側に放置した。壊れたのか、取り落としたり、剣が体に突き刺さったままになったりして、他の剣を使ったのか…まあ具体的な事はその状況を見てないから分からないが…。


 ともかく、剣は白竜の魔力によって魔導具となり、魔石はクロアスの魔力によって魔導具となった。


 ………と、俺は考察したのだ。


 この場合、アルセーヌとガレリオがクロアスと同じ青色の魔力を身に宿している事に納得がいく。


 となると、問題は俺の魔力が紅いこと。

 白竜と同じ魔力を身に宿している事が、全くもって意味が分からない。


 意味は分からないが、一つだけ納得いってる事はある。


 俺の体内に宿る魔力が極端に少ないのは、恐らく、この紅い魔力というのは、本来なら人間の体に宿る質の魔力では無いのだ。

 本当は白竜ほどの強大な魔物でなければ扱えない様な魔力を、人の身でありながら生まれ持ってしまったが故に、魔法における才能が絶望的な物になってしまったのだと考えられる。


 という事で、俺の魔力は「白竜の呪い」によるものとでもしておこう。それなら、クロアスの子孫であるこの体にその魔力が宿ってるのも何となく納得できる。


 つまり、どういう事かと言うと───


「……ミスったぁ……」


 ──ガレリオに「白竜の牙」渡さなきゃ良かった…!!!

 …なんなら、あの襲撃騒動の時に俺が使えばよかったんだよ!


 あの剣を扱える魔力を持ってるのは、恐らくだが俺だけだ。

 冷静に考えて、当たり前だよな。

 自分を殺した奴の子孫であるアルセーヌやガレリオが、あの剣を使える訳が無い。怨念が籠もってる様な物なのだ。

 なにせ、魔力には〝記憶が宿る〟のだから。


 あの剣には、クロアスに殺された白竜の記憶や憎悪が宿っていたって、なんらおかしくは無い。


 そして恐らく、白竜の呪いによって紅い魔力を宿した人間も、この世界ではクロアスの子孫にしか生まれない。


 つまり、あの剣を本当の意味で扱えるのは、十中八九この世界で俺一人だ。


 ………マジで、もっと早くあの剣の魔力について調べとけば良かったんだよ…。

 そうすれば絶対にもっと早く気付いた。


 同じ結論に至るのがあと何ヶ月早かっただろうか。


「…ゼル?どうかした?」


 頭を抱えていると、ハルフィがそっと声をかけてくれた。


 ……あー……やらかしたなぁ…。

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