第22話 冒険者

 白竜の牙と、白竜の魔石(魔導具)に関する考察に一通りの結論が出た後。


 俺はまた、自分の装備に関しての魔法武具の作成に勤しんだ。

 次は魔石そのものについて色々と調べたい事があるからだ。


 しばらく先送りにしていた、生きた魔物の解剖。


 魔物の体内器官における魔石の立ち位置と、その性質。あとは魔物の魔力に付いても、もう少し調べたい。なんせ、俺の魔力が魔物の物と同じである可能性があるわけだから。

 勿論、白竜が特殊なだけの可能性だって大いにある。因みに一般的に出回っている魔石と、それに宿る魔力は全て薄紫色をしている。


 だが俺はまだ、生きた魔物が可視化される程に濃密な魔力を操る姿を見たことは無い。


 と言うわけで、前に使った仮面による前世の姿で、冒険者になって魔物と相対しようじゃ無いかと思っている。




 そんな訳で、ハルフィに留守番を頼んで、俺は冒険者ギルドに出向いた。


 狐の仮面に刻まれた魔法陣の能力によって、現在の俺の外見は前世に近しい姿をしている。

 服装は冒険者らしい軽装に防砂の迷彩マント。あとは普段から外出時に着けている魔法具の類と…新しく自作したマルチツールナイフ。

 そして店売りの中では、値段の割に質がいいと感じたロングソード。


 アクセサリーや小道具はともかく、メインの武器まで魔法具だったらそれって初心者の冒険者っぽく無くない?

 という、勝手なイメージの元で、ここへ来た。


 以前にここへ来た時に話を聞いた様に、冒険者としてギルドの名簿に登録されればいいらしい。


 やる事自体は単純で、名前と年齢とできる事を渡された書類に記入すれば良いだけ。代筆もしてくれるみたい。

 どれかを偽造していようが、ギルドが咎める事はしない。

 何故なら、命は自己責任。

 ギルドは依頼者や商人、その他様々な組織と、冒険者との間を仲介する為の組織だ。

 冒険者は、ギルドに届けられた依頼を受注、達成して報酬となる金銭を得る。

 そして大抵、冒険者ギルドに依頼されるのは危険な魔物や、人々の生活に危害を加える“可能性”のある魔物の討伐や、研究対象となる魔物の捕獲。

 魔法具の作成に必要とされる魔石、その他魔物の素材収集、魔物や地域的な危険があり、常人では立ち寄れない場所の鉱物や植物の採取などなど。


 とにかく、命の危険がある依頼が絶えることは無い。

 その代わりに、偽造だろうがなんだろうが、冒険者になるならギルドが拒むことはない。

 人手は常に足りてないけど、ギルドからすれば冒険者の命は自己責任なので、身の程知らずに構ってる暇はないらしい。


 その割には、冒険者や危険な魔物にはFからSの指標が割り当てられている。

 以前に襲撃騒動で出会った、ゴア・オーガとか言う魔物はA級。であれば、A級の冒険者なら対抗できるのか……と言うと、実はそうじゃないらしい。


 冒険者に置ける階級というのは、あくまでも“冒険者ギルドへの貢献度”であり強さの指標ではない。

 勿論、危険度の高い依頼を多くこなしていれば、その分ギルドからの評価は上がるので、一概に無関係とも言えないが。


 一方で魔物に置ける階級と言うのは強さ……ではなくて、“遭遇した場合における危険度”の事らしい。強さと何が違うんだか。

 まあ要するに、一般人がその魔物に遭遇してしまった場合の死亡率や重症者の数なんかを割り出して、それらを元に階級付けをしている。


 強さの指標なんて物はない。

 状況や相性によって、何もかも変わるのだから当然と言えば当然だが。


 ともかく大体、冒険者に付いての情報は理解できた。


「…以上です〝ショートさん〟他に何か質問等はありますか?」


 冒険者ギルドには、まさにギルドの顔となる受付嬢とやらが居る。

 冒険者について色々と聞きたいと言ったら、わざわざ個室に移動してまで話をしてくれたのは、この街のギルド内ではとても人気があるらしいサクナと言う女性だった。


 冷静沈着な美人だし、そりゃ人気にもなるか。


「いえ、とくには。ありがとうございました。わざわざお時間取らせてすみません…」


 色々仕事があるだろうに、たった一人の子供のために丁寧に説明しなきゃいけないんだから、お疲れ様です。そんな仕事をさせてしまってすみませんね。


「仕事ですから。それでは…。身の丈にあった依頼を受ける事をオススメします」


 人材不足が激しい以上は、簡単な依頼だろうとこなしてくれる人がいるなら有り難いんだろうな。

 忠告は大人しく受け入れておくとしよう。


 個室に一人取り残されて、俺は少し考えていた。


 ……わざわざ監視なんて付けてんのか…。


 個室の中に少なくとも三つ、監視用らしき魔法具の存在を確認していた。


 いくら冒険者が荒くれ者の集まりだからって、流石に受付嬢に手を出す奴が居るんだろうか。

 まあ、多分居るからこんなのあるんだろうけど。


「……ギルドも案外大変なんだな」


 理由もなくため息を吐いて、俺も個室を出た。

 幸いと言うべきか、仮面をつけてる怪しい新人冒険者に関わろうとする奴は中々いないようすで、少しの視線を感じる事はあれど話しかけてくる人はいなかった。


 取りあえず、張り出されている依頼の中から日帰り出来そうな近場の依頼を探す。


 …………うん……ない。

 どうやら、近場では魔物は出てないらしい。


 ……よし、なら帰ろう。ほかに用事が無いわけでもないからな。


 そう考えてその場から立ち去ろうと踵を返した時、いつの間にか眼前には…ガラスで作られたビールジョッキが飛んで来ていた。


「ッ…!?」


 カシャァン!!

 反射的に顔を逸らしてジョッキは回避したものの、背後で壁にあたって割れた際に飛び散った酒が服にかかった。


 …うーわ、アルコールの匂い…が…。


 いったいどんな状況になったら酒が入ったままのジョッキがギルド内に飛び交うんだ。

 食堂の様な場所が併設されているのは知っているし、そこでは定期的に宴会みたいな事になってるのも承知してるが、だとしてもおかしいだろう。


「んだとゴラァ!!?」


 少し騒がしいとは思ったけど……。


 ……めっちゃ喧嘩してる…。


 ジョッキなんて目じゃなかった。武器まで飛び交ってるわ。

 何やら体格が良く、ヒゲを蓄えた男が二人揃って、近くの物を投げ合ったり殴り合ったりしている。


 多少酔っているのだろうけど、どちらも達人級の戦士である事が用意に分かるほど、拳のキレは鋭い。


 見ていた冒険者は大はしゃぎ、どっちが勝つか賭けをして遊んでる始末。


 ……あれ?でもさっき聞いた話だとギルド内での戦闘行為って厳禁なんじゃ無かったかな。

 戦闘行為じゃなく、喧嘩だから良いんだろうか。


 いやでも、武器まで出ちゃったよ…?


 一応、受付嬢を含むギルドの職員が止めに入ろうとはしているが、如何せん喧嘩をしている二人の戦いはヒートアップするばかり。

 かたや戦斧を、かたや大剣を取り出して…とても洗練された流動の技術を活かして本格的に戦闘が始まってしまった。


 こうなると、流石に他の冒険者も止めに入ろうとするが…。


 いや、無理っぽいな。

 ここまでの実力者同士の本気の殺し合いなんて、半端な奴らでは止めようが無いだろう。

 さっき話をしていたサクナさんもどうしたものかと受付のカウンターに座って頭を抱えている。かわいそうに。


 …仕方ない、さっき時間を取らせた詫びとしておこう。


「〈衝撃波ショック〉」


 俺は魔力を集めた手でパチン、と指を鳴らした。


 パアアアアンッ!!!


 その瞬間、鍔迫り合いをしていた男二人の間に強烈な破裂音と衝撃波が発生。

 両者が室内の両端へと吹き飛ばされた。


「おぐうっ…」

「こばぁ…」


 愕然とした様子のギルド内。俺はサクナさんに視線を送ると、仮面越しながら目が合ったので軽く手を振ってからギルドを後にした。


 衝撃波と共に、両者の脳内へ超音波による高速振動を発生させたのでしばらくは立ち上がる事もままならないだろう。

 肉体は強固でも脳は物理的には鍛えられまい。


 これは風の初級魔法〈風刃ウィンドカッター〉の改良版。因みにこれは名前の通り“風の刃を発生させる“魔法。

 〈衝撃破ショック〉は自らの行動で風(大気の動き)を発生させることで──今回は音波振動を追加する為にフィンガースナップをしたが──消費魔力を抑えつつ、大気を即座に超圧縮、そして破裂させると言うだけの単純な魔法。


 「風を発生させる」という工程に魔力を利用してないので、魔力の消費は〈風刃ウィンドカッター〉より少ないかつ、切断、殺傷能力を持たず、それでいて音圧や音の振幅を変化させることで内臓への影響を強化している。


 ……俺は成長やトレーニングに合わせて魔力による肉体改造を施しているので、外見には全く似合わないフィジカルを持っている。

 これはガレリオの体格由来の化け物フィジカルを近くで見ていたから、思い付いた。


 魔力が意思によって性質を変えられる様に、魔力を利用した肉体改造は存外に容易だった。威圧感がないように細身の外見を維持しながらではあるが、さっき喧嘩していた二メートル近い体格で筋骨隆々だった二人にも、魔力を使わない単純な膂力では劣らない。


 ……まあ、面倒だから大して魔力を使わない魔法で片付けるけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る