第18話 秘密
俺は自分の部屋に籠もって、机の上に置かれた直径十センチ程の少し歪な球体を眺めていた。
まるで水晶玉のようなそれは淡く青い光を放っている。
それが内に秘めているのは大量の魔力なのだが…魔石にしては大き過ぎる。
それになにより、魔石ならば魔力を放出し続ける。
だがこいつはごく僅かな魔力の残滓を残しただけで、石の中からはクラヴィディアを思わせる程の異次元の量の魔力が感じ取れるのだ。
これが残っていたのは魔力の残滓を辿っていった場所…街中にある崩壊した建物の一室だった。
そこには数人の人間の死体があったのだが…その死体の下には床下に繋がる隠し扉があり、これはそこに隠されていた。
魔力の残滓の残り方からして…恐らく魔導具である、ということまでは分かっているのだが、問題はその効果だ。
もしこれに俺の魔力を注ぎ込んだら、魔導具らしく何かしらの効果を発動させる事ができるだろう。
だが、これがもし、あの大量の魔物達を発生させた魔導具なのだとしたら流石に起動はできない。
でも、魔導具は起動しないと中々研究も進まない。
………どうしたもんかなぁ…。
どこかの研究所に届けるか、もしくは冒険者ギルドへ鑑定依頼を出すか。
このまま誰にも見つからない様に隠し持っておくか…。悪用されない為にはそれが一番だが。
……まあ、若干一名にはこれの存在がバレているんだけど…。
そんなことを考えながら、散らかりまくった部屋の掃除をしているハルフィへと目を向けた。
ハルフィとの関係には…大きな変化はない。
あれ以降、名前を呼んで欲しいとか、そんな変なお願いもされてないし。
強いていうならほぼ専属、だったのが彼女の申し出によって本当に専属に変わった事くらいか。
十一歳になった彼女は、年齢の割には発育の良い引き締まった体をしている。
日頃から魔法や体術の戦闘訓練をこなしながらもこうして侍女の一人として仕事もやってるわけだから、当然とも言えるか。
それに、グレイブニル騎士爵家は下級貴族と比べたとしても裕福と言える様な家だ。
妾の子と言うには少し違うが、そのような立場であっても、当主の娘である事に変わりはないのだから不自由のない生活は出来ている。
なにより、アルセーヌの本命であるアノレアの子供だ。レノアとの子供を大切にしてないわけではないが、やはりアルセーヌは目をかけている様だ。
「……ゼル…?その…あんまり見られてると、少しやりにくい…です…」
……そうですか、ごめんなさい。
とは思っても視線を外すことはしない。
こう見ると、彼女はアノレアにあまり似ていない。能力面で言うと初級の神聖魔法を使えるようになったようではあるのだが。
ガレリオが家の跡を継いだら彼女もここを出ていくだろう。
そうなった時は果たして侍女として残るのか、アノレアの様に神職者にでもなるのか。
「…ゼ、ゼル…?どうしたの…?」
……んー……。
俺は椅子に座ったまま、手を伸ばして魔法で部屋の鍵を閉めた。
ハルフィも流石にピクッと反応して、ドアを一瞥する。その間に、窓の鍵やカーテンなんかも全て閉めていく。
それを見て…ハルフィは若干、頬を赤く染めた。
「…あ、あの……ゼルハート……?」
俺は口元に人差し指を添えて、静かにする様にジェスチャーをした。
ハルフィが大人しく頷いたのを確認してから、髪に隠れた右耳に付けてある
この魔法具は索敵の試作品。
人や物を探知する事ができる。まだ範囲はせまいが、探知系の付与魔法陣の規則性はある程度分かってきたのでここから広げるのも試行錯誤次第で可能だろう。
それより、俺は一度、ゆっくりと息を吐いた。
「…ハル、ここであったことは他言無用で頼むよ」
俺がハルフィに向かってそう言うと、彼女はぽかんと口を開けたまましばらく呆然とした。
「………〜〜〜〜っ……!!!?」
みるみる内に表情を変えて、一人で百面相をする彼女に、俺は思わず苦笑いをした。
「ゼル……は、話せる……の…?」
それには返事をせず、小さく笑みを返すだけにしておく。…そもそも俺がいつ話せないなんて言ったんだろう?いや、言ってないから悪いんだけど…。
筆談で済ませたかったのだが、生憎と今回ばかりはそうも行かない。
どこまで警戒すれば良いのかが分からない以上は、痕跡も残しておきたくは無かった。
彼女が俺に抱いている好意を利用する事にはなるのだが、そもそも見せた…というか、見られてしまった時点でいずれこうする事は決まってしまっていた。
小さく手招きをすると、ハルフィはゆっくりと俺のそばに来た。
彼女は少し顔が赤い。若干息も荒い気がする。
けれどそこは気にせず、大事な話をする。
「俺は、またしばらく部屋に籠もる。でも…ハルだけは出入りしても良いよ」
「…う、うん……」
「その事は使用人にも家族にも伝えてもらって構わない。けど……。この石に付いては、絶対に誰にも言わない様に」
ハルフィは色々と戸惑いを隠し切れてないが、急にこんな事を言われては仕方ないだろう。
「これは…俺とハルだけの秘密だ。いいね?」
ハルフィは一層顔を赤くして、こくこくと頷いた。
「…そ、その……。ハルが喋れることは……」
「…それも、秘密にして欲しいな。みんな、混乱するだろうから」
「……わかっ…た」
「ありがとう。ハルならそう言ってくれると思ってた。お詫び…って言うと変なんだけど…。引き篭もる前に、二人だけで出掛けたいんだ。少し欲しい物とか、やりたい事もあるから」
ハルフィにそう言うと、彼女はなんかもう感情がグチャグチャになった様な複雑な笑みを浮かべた。
その後、パチパチっ…と何度か自分の頬を叩いた
「………痛い……。夢じゃない…」
…夢なわけがない、いつ寝たんだ。
俺は立ち上がって、自分より少しだけ背の高いハルフィの頭を少しだけ抱き寄せて、額にキスをした。
「…ん………」
ハルフィは小さく息を漏らした。
それはいつだったかな、一緒に寝たいと彼女がねだってきた時……名前を呼んでほしいとよく分からないお願いをしてきた時にもしてあげた物だ。
……前世の母が…情緒不安定な状態ではない日に、本当に偶に、優しくしてくれた時があった。
そういう時、俺が恐る恐る甘えようとすると、母はこうして不安を取り除いてくれた。
母の優しい一面を知っているから、俺はどうしてもあの人を嫌いになれなかった。
あの人の下から逃げ出すことが出来なかった。
どれだけ、怖いと思っていても。
「…信頼してるよ、ハル」
彼女は耳まで真っ赤になった顔をゆっくりと縦に振った。
「……はい…」
…うーん…。ちょっと罪悪感…。
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