第17話 「アトラクト」

 ─レオンハルト視点─



 その男はどこにでも居る、ごく一般的な会社員だった。


 そう、「だった」のだ。

 今は違う。


 男は上司の理不尽な言い分によって会社をクビになり、その日は昼から深夜まで酒に飲んだくれて、覚束ない足取りで帰路についていた。


 フラフラとアパートの階段を上っていると、男は足を踏み外して頭から、真っ逆さまにアスファルトへと落下した。





 俺はそんな夢を見て、前世の記憶を思い出した。


 レオンハルト・フォン・エイジ。

 それが今の、自分の名前だった。


「……って、よりによってレオンかよぉ……」


 産まれてからレオンハルトとして生きた約十年間の記憶を思い出していき、思わずベッドで頭を抱える。


 俺は知っているのだ。

 このレオンハルトという人間のことを。


 この世界は「アトラクト」という超“迷作”ファンタジーアクションMMORPGの中だ、少なくとも記憶の中にあるそれと酷似していた。

 テラと呼ばれる世界の、ドルクムンド大陸を舞台としたこのゲームは「キャラはいいけどストーリーが鬱過ぎる」としてコアなファンから人気を博した。

 MMORPGとしての評価は普通に高かったのだが、世界観を魅せる為のストーリーがとにかく鬱要素てんこ盛りだった。


 一応、そのストーリー事態は世界観を説明するものと、ゲームのチュートリアルみたいな物だったのでその後のゲームプレイに大きく影響する訳では無いのだが…。


 ストーリーがヤバすぎて序盤でリタイアした人は数多く居た。なんせ俺の妹も、そうだったのだ。


 一方で俺としてはかなり好きなストーリーだった。ゲームにも世界観にもドハマりした。


 続編…というか、スピンオフ的な扱いでストーリーメインのソロプレイ用アクションRPGの方も発売された。こちらはMMOの自作キャラではなく、ちゃんと物語の主人公が用意されていたが。

 対象年齢を下げて発売した事情によって鬱展開やゴア表現の数々がそこそこに抑えられていた。

 だが、作品の作り込みが功を奏してすさまじい売上を記録した。


 そのせいで「アトラクト」というと、MMOの方ではなくて、こっちの事だと思われる方が多い。

 この世界も恐らくは、MMOのシステムでは無いだろう。その証拠に、ステータスと言う概念がない。


 そんな「アトラクト」というゲームシリーズだが、鬱展開は基本的に主人公より少し外側で発生しまくり、主人公自身はどちらかと言うとハーレム系。一応、主人公もガッツリ巻き込まれはするんだけども。


 そのせいで若干主人公にヘイトが集まった。

 お陰で何度か行われたキャラクター人気投票では、主人公はまさかの二桁順位。

 ダントツの一位がゼルハート・グレイブニルという物語の中盤で儚く、美しく、超絶格好良く命を落とす超人気キャラだったくらいだ。


 彼は幼少期の事故によって左目と声を失った儚い系の美少年で、魔法もほとんど使えないという、戦闘方面ではほとんど登場しないキャラクターだ。

 ストーリーではそこそこの頻度で絡んで来て、心の声でツッコミをしまくるというプレイヤーの気持ちの代弁をしてくれる様なキャラだった。

 さらに………いや、今は関係ないんだった。

 好きなキャラではあるが、特別な思い入れがある訳では無いし、なによりどんなルートでも中盤には退場だから、やり込むとなるとどうしても存在感が薄くなる。

 ライト層からすれば圧倒的に人気が高いのは分かるが。


 それよりもレオンハルトだ。

 この男はハレイフィルド王国の五大貴族と呼ばれるエイジ公爵家の次男なのだ。


 割と魔法の才能とかはあった筈。

 だが、平民ながらに「神格者」という特別な存在として産まれてくる主人公に嫉妬しまくって、突っかかりまくる。

 最終的は婚約者を奪われ、主人公に本格的に敵対心を抱く。

 その後も色々あって「アトラクト」という、この作品のタイトルにもなってる“魔導具”のせいで魔物化してしまう。


 そして主人公一行と戦闘の末、命を落とす。

 因みに表ストーリーのラスボスの前座である。


 一応、家では優秀な兄弟と比べられて劣等感に塗れ、王都の学園では主人公に出会ってまたも劣等感に苛まれる…という、レオンハルト視点で見たら結構可哀想な背景を持つキャラなのだが…。


「…転生してる時点で兄弟にも主人公にも嫉妬なんてしないし…」


 この時点でストーリーはほぼ覆ると言って良いが、多分学園に行ってから、キッチリと婚約者は盗られるんだろう。


 となると俺はどうするべきか…。


 今はストーリー開始の二年前。つまり13歳


 15歳になったら王都のアスリスタ学園へ入学する、そこで主人公含めた主要キャラクター達が揃う。

 因みに人気トップのゼルハートは主人公達よりも三歳ほど歳下なのだが、彼の家であるグレイブニル騎士爵家…正確にはアルバニア伯爵家が統治する領地でとある事件が発生。

 この事件はストーリーが始まる際のモノローグとして語られる。その際になんやかんやが起こって彼は家を出るのだ。

 その後しばらくしてから、とある人物と出会うことでアスリスタ学園の近くへと来るのだ。

 まあ、それはまた別のお話だが…問題はそのゼルハートの兄妹達だ。


 作中内で共に主人公に心を打ち砕かれ、いずれレオンハルトの親友となる天才魔法剣士のガレリオと、主人公すらも凌駕する作中最強キャラのクラヴィディア。

 どちらもプレイアブルキャラクターではないが、作中では物語の大きな鍵を握る二人だ。

 …グレイブニル騎士爵家はとにかく色々ぶっ壊されるからなぁ…。


 ともかく、ガレリオは学園で級友となるし、クラヴィディアとは学園内でこそ関わらないだろうが…彼女も色々と抱えているので、下手すると俺も騒動に巻き込まれかねない。そうなった場合は取り入るなり、何かするべきだろうか?


「……てか、俺はどうすりゃ良いんだ…?」


 主人公にさえ敵対しなければ、俺は無事に学園を卒業して普通に生活できたりするのか……?

 そ、そんな上手くいくのか…?

 とりあえず……強くなろう。

 場合によっては、俺を悪の道に引き込む奴等を倒せるようにはして置くべきだ。

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