第11話 救出

 俺が侵入した際と同じ経路を利用して部屋の前まで来ると……。

 男たちの笑い声と、それに混じってアノレアの小さな悲鳴が聞こえてきた。


 今にも飛び出しそうなアルセーヌをどうにか落ち着かせる。

 このまま飛び出したアルセーヌに敵を殺し回らせても、事態を解決させる事は可能だろう。

 俺としてはそれでも構わないが……。

 

 懸念するのは、その光景をハルフィとアノレアが見た時に、何を思うか分からないという点だ。

 百歩譲ってアノレアは良いとしても、ハルフィに父親が人を殺す場面を見せるのは、あまりにも気が引ける。いくらアルセーヌが騎士といえど、だ。


 騎士たちも俺と同じ気持ちなのか、単純に生け捕りのほうが事態の収束が早いと考えているのかは分からないが、とりあえずアルセーヌを抑えている。


 ここまで鬼の形相で完全にブチギレてるアルセーヌを見るのは初めてだ。

 アルセーヌにとってハルフィは一応子供だろうけれど、アノレアはただの使用人ではないのだろうか?

 流石に、二人の間に子供がいるだけあって、何かしら特別な感情はあるんだろうか。


「騎士長殿、どうか殺害だけはせぬようにお願いします。この件はこれ以上広める訳にはいかんのです」

「…………分かっている。オレは冷静だ」


 いや、冷静じゃないよ?あなた普段「私」って言うでしょ。何その一人称、ガレリオじゃないんだからさ。

 ……と、声を大にして言いたいのは俺だけじゃない筈だ。

 アルセーヌが怒る気持ちは分かるが、自分よりも怒りをあらわにしている人を見ると、不思議と冷静になるものだ。


 まあ、アルセーヌの方は仕方がない。

 こっちはちゃんと、冷静になろう。

 俺は床に手で触れて、地面が土であることを確認する。

 棒手裏剣を取り出して、カリカリと床に部屋の図と文字を描く。

 まずはハルフィとアノレアが居る位置を確認、次に敵の人数と位置。

 相手は八、こちらはアルセーヌと俺を含めれば八人。速度を重視したいこちらは、必ず一人が一人を相手にする必要がある。


『自分が煙幕の魔法を使用。ハルフィの保護をする。その時、一人は道具で眠らせる』

「……ゼル、魔力は大丈夫なのか?」

『白煙で部屋を満たすのは大丈夫、その後の治療は三人が限度』


 次いで文字を書いていく。


『手順は、父と騎士たちは煙幕と同時に突入、一人が一人を取り押さえる。自分はその後ろから、ハルフィに一番近い相手を眠らせる』

「……了解だ。お前ら、いいな?」


 騎士たちはとても驚いていたが、すぐに目付きを変えて頷いた。

 それなら、と俺は立ち上がり…手に魔力を集める。


 別の手で三本指を立てて見せ…

 ……二……

 ……一……。


 ゼロのタイミングで部屋に突入、入り口から二歩進んだ所で魔法を唱える。


「…〈白煙幕ホワイトアウト〉」


 手元から大量の白煙が広がり、一気に部屋中を白く染め上げた。


「なっ……!? なんだ!!?」


 同時に、後ろから大量の足音。


「おい!! うがあっ!?」


 男たちの喚き声や殴打音や金属音が部屋の中に響いたのを確認してから、速やかに部屋の隅に移動。


 ハルフィのすぐ近くに居た男の顔に、昏睡タオルを押し付けた。

 男は悲鳴をあげる間もなくドサッと倒れた、それを放置してハルフィのそばにしゃがむ。


 着ていた服を一枚脱いで、裸の少女にかぶせてやり、倒れた男が持っていたナイフで縄を切る。


「ぜ、ゼル……?」


 ハルフィの微かな声に頷き、ふらつく体を支えながら横抱きに抱えてをして、すぐに部屋を出た。


 煙幕は部屋の外にまで少しだけ広がっていたが、俺は気にせず一階に上がった。


 隠し通路の暖炉の側にハルフィを座らせて、亜麻色の髪をそっと撫でると、彼女は少しの間呆然とした。

 取り敢えず……良かった、大丈夫そうだ…。


「……ゼル!!」


 状況の整理がついたのか、ハルフィは涙を流しながら俺の首に抱き着いてきた。

 嗚咽を漏らし、震えた声で何度も俺の名前を呼んだ。


「こわかった、こわかったよぉ……」


 大丈夫だよ、とそう思いを込めて優しく頭を撫でる。


 ふと、上がってくる足音が聞こえてきた。

 一応の警戒をしながら様子を見ると、アルセーヌがアノレアを抱き上げたまま上がってきた様だった。


「ゼル!彼女を治療できるか?」


 アノレアは、完全に服を脱がされていたハルフィとは違い、ボロボロながら服を着ていた。


 どうやら痛めつけられて弄ばれていた様で、俺が見たのは腹部に刃物で文字を刻まれている様子だったらしい。趣味の悪い奴等だ。


 アルセーヌの言葉に頷き、ナイフでアノレアを縛っていた縄と猿ぐつわを外してから魔力を操る。


「〈治癒の光キュア〉」


 アノレアの傷が瞬く間に消えていったのを確認、念の為、毒の類が体内にない事を確認してから、小さく息を吐いた。


「……ゼルハート、様。旦那様……すみません…。ご心配を…………」


 俺は急に疲れが来て、頷くこともできずに少しうずくまった。

 自分の魔力が少ない事は分かっている。

 たった二回魔法を使っただけで、疲労感は凄まじい物だ。

 今日は午前中に付与魔法陣をいくつか練習していた事もあり、そもそも万全ではなかったので仕方ないが。


「あ、あぁ……良かった、アノレア。本当に……」


 アルセーヌは力強く、アノレアを抱き締めた。

 元々意識はあったようだが、アノレアは状況が状況なので少し恥ずかしそうに頬を染めた。


「アル……。ちがっ、だ……旦那様、子供たちが見ていますかは……」

「そんなのはどうだって良い。アルと、そう呼んでくれ…、。君が居なくなったと聞いて……胸が張り裂けそうになっていたんだ、本当に良かった」


 おっと……?

 なんか。アノレアって正妻だっけ? 妾じゃないの? レノアが正妻だよな?

 あれぇ? なんかおかしくないかこの人たち。どういう関係?


 ハルフィはハルフィで、俺の背中にしがみついて離してくれそうにない。

 俺は下の様子を見に行きたいんだけど……。


 ふと、またも足音が聞こえてきた。


 今度は騎士……じゃない。


 ロングソードを抜いたスキンヘッドをした上裸の男だ。剣には血がついている。

 それに気付いた時、俺は咄嗟にハルフィを抱き上げて飛び退いた。

 即座にハルフィを床に下ろす。


 アノレアへ振り下ろされた剣を、アルセーヌは青いオーラを纏った自らの腕で受けていた。魔力による防御で無理矢理に止めたのだ。

 だが、押し込まれれば腕を切り落とされるだろう。


 俺は走り出しながら上裸の男に棒手裏剣を投げ付けた。


「チィッ…!」


 男はすぐに気付いて投擲物を剣で弾く。

 その時点で俺は懐に入り込んだ。


「無駄だクソガキ!!」


 それはこっちの台詞だ。言わないけど。


 男が放った返しの斬撃を半身になって躱し、同時に鳩尾へ肘打ち、追撃で男の喉に貫手を突き込む。


「ぐっ、コヒュッ」


 男の口から空気が抜けた音がした。

 怯み、剣を取り落としながらも男は、こちらを睨んだままに拳を振り下ろしてきた。いい根性しているじゃないか。


 俺は体勢を一気に床まで落として、打ち下ろしを避けながらそのままの勢いで男の顎へと回し蹴りの追撃を加える。

 蹴りが当たるその瞬間、一気に魔力を足先の一点に集中させてインパクトの威力を強化した。

 通常、魔力というのは集めると薄紫色のオーラを放つのだが……家系の問題なのか、アルセーヌやガレリオの魔力は青く、レノアやハルフィ、アノレア、クラヴィディアは普通の薄紫色。

 それなのに俺の魔力だけ何故か血のように赤い。


「がっ……おぁ」


 男の上体が横へ吹き飛び、顎が砕け、外れた様に見えた。男が気絶したのを確認して、アルセーヌに駆け寄る。

 出血は多い、それに傷は深い……のだが、思い切り剣を振り下ろされたと言うのに、切断されないだけ凄い。

 それに、この世界の価値観で言えば大した傷ではない。


癒しの手ヒール


 傷口に指先を触れさせ、初級の神聖魔法を唱えた。


「いつの間に、そんな体術を身に着けたんだ?」


 アルセーヌは小さく苦笑いをしながらそう聞いてきた。

 反射的な行動だから何とも言えないが、確かに図らずも卍蹴りのような体勢になったな……と思い返す。


 あれ、いや……卍蹴りってなんだっけな。


 何かのアニメだったか? 多分テレビで見た気がする。

 一度見た動きを模倣するのは前世の頃から得意だったので、反射的に有効な動きを思い出していたのかも知れない。


 まあ良い、とりあえず二人を救出する作戦は成功した。


 騎士達がそれぞれ男を引きずって階段を上がってきたのを見て、俺は一息ついてアルセーヌと軽く拳を合わせた。


 その後は、怪我をしていた騎士の治療をしている途中で気を失いかけたりしたものの、無事に屋敷へ戻る事ができた。

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