第10話 判断
う、うーん……。
どうしたもんかな。人攫い、本当に見つけちゃったんだけど。
ここは冒険者ギルドからほど近い場所、スラムじみた街外れの貧困街。
本来であればこの街には居ないはずの〝奴隷商〟を見つけた時点でおかしいなとは思った。
その周辺を捜索していたら、変な黒服の長身男が。それと一緒に居た小太りの男の服にさっき見つけた奴隷商の馬車と同じ紋章のピンが付いていた。
二匹の蛇が絡まり合う様が描かれた紋章だ。
恐らく、さっきの馬が暴れていた馬車と同じものだ。
俺は今、その男達が出て来た空き家のような建物から少し離れた路地裏で、その空き家を観察している。
中に突入するのはいいけど、本格的にやるなら衛兵達を呼んでからにしたい。
空き家の中は静かなようだが、なんとなく人の気配はある。
とりあえず、近付くにしてもあの二人がどこか行ってから。
今の俺は丸腰、武器も何も持ってな──
しゃら…。
──いや、持っていた。
少しだけ隠し持ってる。
付与魔法陣の練習をしてる途中で街に駆り出されたから、慌てて隠して来た。
色々な効果の付与魔法陣が施された、十センチほどの投擲用の針……というか、前世の小さい頃に何かのテレビ番組で見つけた「棒手裏剣」というやつを再現した物だ。
因みにどこかの店に売っているものではなくて、自ら加工したものだ。
ある日、アノレアに頼んで、大きな鋼鉄板を購入してもらった。
それを棒手裏剣として加工、細長い物に付与魔法陣を刻むのはとても難しいので、練習に丁度良かったのだ。
そもそも加工を行う段階で、少ない魔力を有効活用して物体を変形させるという技術が身に付いていたりもする。
今持っている物を確認すると、数は十三本。
全て付与魔法陣が施されており、効果を確認していく。
付与魔法陣の重ねがけを試していた
効果範囲を確かめていた
通常の魔法と同じ様に「意思による指向性」を持たせようと試していた
一応どれも完成品なのだが、効果があるのかは確かめられていない。
だがしかし、こんな町中では音波閃光と衝撃波は使えないだろう。俺の科学知識なんて所詮は学校で習ったものかテレビでチラッと見つけた程度のものしかない。
使えるのは、六本の追尾手裏剣。
もし戦闘になったらコレを使おう。
急所を狙えば人を殺すこともできる筈だ。
流石にこんな場所で人殺しなんてものはしたくないので、動きを止めつつ死なない程度の場所に狙いを付けるが。
ふと、そんな確認作業をしていたら、小太りと黒服が空き家から遠ざかっていく姿を見つけた。
周囲に俺を見る視線がない事をしっかりと確認してから、空き家に近付いていくと…僅かながら、内部から声が聞こえてきた。
話の内容は詳しい事は分からない。
ガキがなんだとか、服がなんだとかそんな話し声の様に思う。
ただ……なんか、声の響き方が変だ。
具体的には、空き家の中からというよりは、空き家の中を通じて下から聞こえて来ているような気がする。
家のドアは鍵がかかっている。窓も開いてはいないが……いくつかガラスが割れている場所が確認できた。
再度声が聞こえてくる。
笑い声、男、恐らくは複数人。
やっぱり、家の中ではなくて地下だ。
ふと、魔力の残滓を感じ取った。
付与魔法陣の物だろう、この部屋の中にある。
そう思って、音を立てないように窓を外し、建物の中に侵入した。
魔力の残滓を辿り、目に入ってきたのは小さなタオルが数枚。
魔法具であろう事は分かっているので、素手で触らないように手を袖の中に入れて袖越しに持ち上げて調べる。
……この魔法陣は……。初めて見るけど……。
ある程度の法則は分かっている。しばらくじっと見つめながら考えて、一つの結論に至った。
あ、これ、サスペンスドラマとかにある、麻酔薬が染み込んだハンカチ見たいな物か。
誰かが言っていたが、あれは現実的にはほぼ不可能らしい。
だが生憎と、魔法ならば可能だ。
見た感じ、これは直接触っても危ないし、吸い込もうものなら卒倒しそうだ。
となると犯行用に手袋か何かが……。
キョロキョロと部屋の中を見渡すと、重なっていた木箱の上に黒の革手袋を見つけた。
うん、あったね手袋。ちょっとでかいけど……せっかくなら使わせてもらおう。
念の為、研究材料として二枚ほど昏睡タオルを拝借してから声がする地下への道を探す。
広間の暖炉の裏に隠し通路があった。
幸いというべきか、開けっぱなしで通路は隠れてなかったのだが。
聞こえてくる声に妙な昂りの感情があることを感じ取り、嫌な予感がして足を速める。
笑い声、それもひどく耳障りだ。
ドアの開いた部屋がある。
ゆっくりと中を覗き込み、少し観察。内部の状況を理解した瞬間、背筋が凍りついた。
「……ッ……!!」
一瞬、頭の中が殺意に溢れる。
激情に駆られる心を、深呼吸で落ち着かせて胸の当たりに手をおいて服を握りしめる。
……アノレアとハルフィは生きてる、今はとりあえずそれで良い。
中の奴らは武器を持ってる、俺一人ではどうしようもない可能性が高い、すぐにでも衛兵達を呼ぶべきだ。
大丈夫、俺は冷静だ。
ここで判断するな、情報を集めろ。
もう一度、ゆっくりと中を覗き込む。
衣服をボロボロにされたアノレアと、完全に服を脱がされているハルフィ。
ハルフィは部屋の隅で縛られ、涙が浮いた怯えた目でアノレアを見ている。猿ぐつわを噛まされて悲鳴も上げられないようだ。
彼女達を縛る縄には付与魔法陣が施されている、恐らくは行動阻害、もしくは魔法なんかを使えなくしているのだろう。
アノレアは……なんだろう?
半裸の男たちに囲まれてはいるものの、行為に至っている訳では無いようだ。
とりあえず床に血が流れているのは分かる、こっちは少し危険そうだ。
俺は足音を立てないようにその場を立ち去り、空き家を出る。
……この近くに衛兵は……。
ふと、武装した男を見つけた。
衛兵の服ではないし、白髪だ冒険者の様な風貌でもない。どこかへ走って行こうとする……って、もしかしてアルセーヌか…?
白髪の青年は焦ったような表情で周囲を見渡し、そこで俺と目があった。
「……ゼル?ゼルハートか!?」
俺はアルセーヌに手を振った。
アルセーヌと側付きの騎士数人が駆け寄ってきたのを確認してから、棒手裏剣を取り出して土の地面にしゃがみ込む。
「ゼル、話は聞いた。アノレア達は……」
俺は返答を地面に書いていく。できるだけ、簡潔な言葉を選んで。
『さらわれた』
「やはりか、見つけたのか?」
二人が囚われている空き家を指差すと、アルセーヌはすぐに走り出そうとした。
俺はその腕を掴んで、静止する。
「ゼルハート、大丈夫だ。二人はすぐに助け出す、だから……」
『敵は8人。武装している。二人は命の危険はないと思う、先に援軍を呼ぶべき』
「中を見たのか……?」
その質問には頷き、続きを書いていく。
『二人は魔法が使えない。アノレアは負傷していた。部屋は狭い、数で押すのは難しい』
「……少数精鋭でなら、ということか。部屋が狭いなら魔法の使用も難しいな」
『親玉らしき二人を確認した。今は離れてる、いつ戻って来るかは分からない。繁華街の方に……』
カリカリと地面に文字を書いていくと、頭上から聞こえていたアルセーヌの声色が少し変わった。
「ゼル、お前は……。いや、後にしよう。了解だ、突入準備をしよう。お前はここで人に出入りを確認するんだ、もう一人では入るなよ、良いな?」
俺はその言葉に頷いて了承を示す。
アルセーヌは遅れてきた側付きの騎士に呼びかけ、近くの衛兵を招集すると、ほんの数分で即座に二部隊を編成した。
アルセーヌが率いる突入部隊と、親玉らしき小太りの男と黒服サングラスの捜索部隊だ。
俺はアルセーヌが率いる六人の騎士の後ろに付き、治癒術士的な役割として空き家に突入する事になる。
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