第9話 捜索
アノレアとハルフィが姿を消した。
あの二人に限って、俺を忘れて何処かに行ったという事はないだろう。
となると……なんだろう。なんで置いて行かれたんだ?
俺が二人から目を離したのは突然馬が暴れたからだ。
あの時、周りの誰もがそっちに目を向けた。
きっとアノレアとハルフィも同じだろう。
あんな道を馬車が通る事自体、若干おかしい。
そう考えると何かの意図、誰かの思惑でもあったのだろうか。馬が暴れたのも人為的だとしたら、攫われたと言う線も無くはない。
けれど、この辺りはかなり治安が良い。それを実行するのは難しいだろう。
その分、誰かが人を見失ったとして、拉致されたと考える者は少ないのだろうか。
露店なんかも多くあるので、時間帯によっては人の数も多くなる。
今はちょうど、人が多くなりつつある時間帯だ。そうなると見失ったとしても、決しておかしくはない。
そもそも攫われるほど不注意な二人では……ないよな。
あぁ、いや注意していても魔法具を使われたら、あんまり意味ないか。
俺も完全に意識の外だったから、使われていたとしても気付けてない可能性は高い。
だが、あの二人が攫われるような理由なんて、俺には思い当らない。
いくら騎士爵家の人間だからと言って、狙われる程の身分がある二人ではないし。
どちらかと言うと、狙われるなら俺なんだが、俺は子どもの治療をしていたので途中で狙いを変えた……とか。
だが不確定すぎる。今回はひとまず、はぐれただけとして考えて、周辺を普通に探す事にしよう。
そう考えて一歩踏み出し、すぐに足を止めた。
……あぁ? いや待てよ、狙い云々とか関係無く人攫いに巻き込まれたって線もあるのか。
流石に、どれだけ考えても、偶然あの場所で馬が暴れ出した、という状況に違和感があり過ぎる。
もしもそうだとして、どうやって探し出すべきだろう。衛兵を呼ぶにしても、今は確証もないから厳しい気が……。
いや、普通に人探しだって言えば、立場的にも問題なく探してくれそうだ。
グレイブニル騎士爵家の次男は言葉を話せない、というのは割とこの街では有名な話だ。
俺の外見も、白髪に眼帯と結構特殊なのでそこそこ知られている。
よし、衛兵には筆談で事情を説明するとしよう。
そうと決まれば、俺は直近の衛兵詰め所に足を運んだ。
さっきの状況を詳細に伝えれば、両親やアルバニア伯爵家にも話が伝わるだろう。
詰め所のドアを叩くと、鎧を着た衛兵が出てきた。
「ん? 子供か、一体どうした? 一人か……。親と逸れたのか?」
まあ、大体あってる。
と思ったのも束の間、その後ろから女性の衛兵が来て「失礼」と言いながら突然、俺の前髪を上げた。ぱっちりと目が合う。
顔の造形がかっこいいなこのお姉さん、宝◯歌劇団みたいだ。
「その眼帯、君はゼルハート君だね?」
どうやら情報は行き届いて居るようだ。
これでは、ここでも口での説明はさせて貰えそうに無い。
とりあえず、頷いて同意する。
「何かあったんだよね? おい、紙とペンを用意してくれ!」
女性の衛兵はご丁寧に筆談用の道具を用意してくれた。
……俺、ちゃんと声出せるんだけどなぁ。タイミング完全に逃したよなぁ……。
なんて思いながら、先程の状況を上からみた地形図と文章と共に書き出していく。
時々「手慣れてる……上手いじゃないか」と文字と図形を褒めてくれる。
「なるほど……。攫われたか、それに巻き込まれた可能性がある、と。分かった。その周辺に捜索隊を出そう。アルバニア騎士団にも報告を。ゼルハート君、報告に感謝するよ、君はもう帰ると良い」
そう言われて、即座に首を横に振った。
加えて、そこで人攫い等の事件が発生した可能性があるのは確かなので、そっちの調査は任せる。
だが、アノレアとハルフィとは逸れただけの可能性があるので、自分でも探す。夕方になったら大人しく帰る。
そういう趣旨の話を丁寧に伝えると、女性は少し呆然としたあと、俺の頭をなでた。
「しっかりしているな、君は。流石はアルセーヌ様の息子だ。君の話は了解した。二人を見つけたら、もう一度この詰め所に立ち寄って欲しい。私たちも二人を見つけたら君にも伝わるようにしておくよ」
その答えに満足したので、大人しく頷いて詰め所を出た。
裏口から十数人ほど走って出ていったのを確認してから、再度先程の状況を考え直す。
あの場所から、人を二人以上を移動させる上で、人目に付きにくい方向はどっちだろうか。
俺は一度、ハルフィが指さした武具店の近くまで来た。衛兵達もこの周辺で軽く聞き込みなんかをしているようだ。
地形を確認しながら歩いていると、不意に武具店の後方に繋がる路地裏に視線が落ち着いた。
…………こっち、は……。
ここから真っ直ぐに進むと、記憶が正しければ冒険者ギルドに向かう筈だ。
武装した冒険者達が、冒険者ギルドの周辺にある宿やら酒場やらに集まって、夕方頃には馬鹿騒ぎし始める。
犯罪者となると、こっち方面にはまず近寄らないだろう。
なにせ、腕利きの酔っぱらい武装集団が正義を履き違えて襲ってくる可能性すらあるわけだから。
冒険者は野蛮だって、誰かが言ってた。
一応そんな事は無い筈だが、ともかく人を拉致するには向いてない場所だ。
こっち方面に人攫いは行かないだろう。
……と、頭ではそう考えている自分が居る。それなのに、どうも視線が離れなかった。
立ち止まり、その理由をしばらく考える。
なにか、感覚的な物だ。
人に理屈で説明するのは難しいが、俺はこの感覚に覚えがある。
……あ……これ、もしかして付与魔法陣の反応か?
魔法具を使用した際の、魔力の残滓が微かに残っているのを感じているのだと気付いた。
俺はここ一、二年ほどの間はずっと付与魔法陣について調べて、習得しようとしていた。
どうしても欲しい物があって、自分で作ろうとしていたのだ。具体的には、【視覚能力がある義眼】を作りたいのだ。
一応、曖昧な記憶ではあるが眼球の構造は知っている。魔法があるこの世界ならば、脳と神経を義眼に繋いで、それを媒介として視覚を得ることができるのでは無いかと思って、ずっと研究しているのだ。
その為に、付与魔法陣を必死に勉強している。
その際に、魔法や付与魔法陣には使われたあと、魔力の残滓が残ることを俺は知った。
一応「白竜の牙」で色々と試したのだが、魔導具ではこの魔力の残滓は、本当にごく僅かしか残らない分、マジックアイテムや魔法との差は分かりやすい。
こっちからは、その中でも、マジックアイテムの魔力の残滓が少し感じ取れる。
もちろん、冒険者達がたくさん居る方向だからだとは思うのだが……。
果たして、冒険者が町中でマジックアイテムを使うんだろうか?
……これ、たどってみるか。
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