第7話 喧騒

 見下していた相手が、ある日突然自分を超えたとしたら。


「そ、そこまでっ!」


 アルセーヌがそう宣言したので、俺は木剣を下ろして数歩後ろに下がった。

 予想通りガレリオは大声を上げて反発した。


「な、何故ですか父上!?オレはまだ何もされてません!」

「……見下し、打ちのめし、油断した所で返り討ちにあった。まるで悪役だなガレリオ。お前は蛮族にでもなったのか?」

「ちがっ、オレはえい……騎士です!」


 ……英雄って言おうとしたな…?

 ガレリオはクロアスの本に憧れているから、仕方ないのかもしれないが。


「無抵抗な相手をいたぶることの何処が騎士だ馬鹿者!」


 説教する機会をあげたんだから、二人は俺に感謝してほしい所だ。

 それはさておき、ハルフィとアノレア、レノアの三人が俺のところに駆け足で寄ってきた。


「あぁ、ゼル!」


 抱き上げようとしてきたレノアは避けて、アノレアに木剣を手渡す。

 アノレアはしゃがんで、俺に目線を合わせてくる。


「ゼルハート様、お怪我は……?」


 恐る恐ると言った様子で聞いてきた。痛いところは全部治したので、首を横に振った。

 アノレアは魔法について聞こうとしたんだろう、少し口を開けたり閉じたり、そんな事を数回繰り返した後で、俺の頭に手を置いた。


「素晴らしい神聖魔法でした。魔力量は少なくても、奥様の血を引いているのですね…」

「アノレア……。私、自分に治癒魔法は使えないわよ…」

「…………」


 アノレアは黙ってしまった。多分知らなかったんだろう、元々神職者だったアノレアは神聖魔法の難しさをよく知っているだけに、納得もしてしまう。

 俺は魔力量が少ないから、属性魔法は初級までしか覚えてない。それ以上はそもそも使えない。

 中級の神聖魔法にしても、あの時にアノレアが使ってくれた物しか知らない。

 それ以上も使えないことは無さそうなのだが、それを覚えるための資料が周囲にないので致し方なし。


 付与魔法陣は練習こそしているものの、実践の機会はない。神聖魔法よりも魔力の消費は大きいが、クラヴィディアが貰った杖のように魔石を使えば自分自身の魔力を使わずに強力な付与魔法陣を描くことができるし、一度道具に付与魔法陣を刻み込めば後は解除しない限り恒久的に使えるから、ぜひともやりたいんだけどね。


「ねえゼル、あなたいつ魔法や、流動の訓練なんてしたの?」


 もしも答えるなら「生まれてこのかた、ほぼ毎日日です」と返答するが、答えるつもりはない。

 とぼけたふりをして肩を竦め、説教が続いているガレリオの方に目を向けた。


 肩を震わせて、泣いている……様に見えたのだが、あれは違う。

 悔しがっている、というか、怒っている……というか。いや、そうなると逆ギレみたいなものか。


 アルセーヌも、七歳相手にあんなに色々言った所で分からないだろうに。

 レノアも同じことを思ったのか、小さくため息を吐いてアルセーヌの元へ向かった。


「ゼルハート様は、ハルフィと共に中へお戻り下さい。私はクラヴィディア様と一緒に、中庭を直してから向かいます」

「はい、お母さん」


 ハルフィと共に頷いて、踵を返した。


 ……中庭を直すってどうやるんだろう……?

 と思ったのも束の間、魔法を使う魔力反応があったので成る程と一人納得した。


 壊れた物は金属製じゃないかぎりクラヴィディアが直せるし、神聖魔法は植物にも効果があるので生け垣なんかを元の状態に直せるのだろう。


 隣を歩くハルフィは亜麻色の髪を揺らして、ソワソワしている。

 なにか言いたいけど、なにを言えばいいか分からない。そんな印象を受けた。


 だからと言って、俺から何か話しかけるわけでもないのだが。


 不意に夕暮れ時の空を見上げて、俺は小さく息を吐いた。

 四歳の体にこれはちょっと重労働だな……。


 部屋に戻ったあとは妙な疲れに体が耐えられなくて、泥のように眠った。



 ◆◆◆



 あれから三年の月日が流れた。

 前世なら小学校に通い始める頃だ。


 部屋の壁「白竜の牙」が飾られており、家具が少し増えている。

 元々はベッドと衣類が入ったクローゼット、後はガラ空きの本棚しか無かった。

 今はいわゆる勉強机がおいてあり、隣の本棚は数が増えて、その中も一杯一杯になっている。


 三年で部屋が充実したのは、紛れもなくガレリオとの決闘が原因。

 簡単な話、アルセーヌもレノアもアノレアも、俺に目をかけるようになった。

 特に、アノレアは自分が産んだ娘であるハルフィよりも俺の面倒を見る事が多くなった。

 なんなら、元々俺の専属みたいになっていたハルフィも今までより距離感が近い。ハルフィが付く前もこんな感じだった。


 ハルフィは今までは一応ながら丁寧語だったのだが、それがタメ語になり、アノレアもそれを咎めなくなった。


 ガレリオはと言うと、あまり変わらなかった。

 一時期は不貞腐れたようにしていたが、今は以前と変わらずに取り巻きを連れて同年代の子供達に恐れられている。


 クラヴィディアは時々俺の部屋に来ては、適当に本を読んでたり、いつの間にか勝手にベッドで寝てたりする。

 会話をすることはないが、どうしてか同じ部屋に居る時間が長くなった。


 彼女はここ最近、魔法よりも礼儀作法や学術といった勉強ばかりさせられており、少しずつ王宮へ行く準備が進められている。それがストレスなのだろう。




 今日はアノレアとハルフィに連れられて屋敷の外、街に出掛けている。


 珍しくアノレアとハルフィの休みが重なったとかなんとか。

 それなら二人で行けば良いのに、何故か俺も駆り出された。


 ハルフィは女の子らしく髪を伸ばし始めたようで、母親譲りの亜麻色の髪をポニーテールにしていた。

 いつものメイド服ではなく外出用なのか可愛らしいワンピースを着ている。


 ずっと同じ屋敷に暮らしているのに初めてみたよ、こんな嬉しそうに歩いてるハルフィは。

 そんなハルフィを見て、こっちも嬉しそうなアノレア。


 美人な母と可愛らしい娘が笑顔で街を歩いている。

 そんな微笑ましい光景に割り込むのは正直気が引けるのだが、まあ今回は仕方ないと割り切ろう。


「お母さん、あのお店に入っても良いですか?」


 そう言って少女が指を差したのは、冒険者御用達の武具店。

 その様子を見て、アノレアが苦笑いを浮かべた。


「ハルフィあそこは……きゃっ!?」


 突然、アノレアが悲鳴を上げて前方に倒れ込んだ。

 大した人混みでは無かったので俺はすぐに背後を確認した。

 どうやら突然、どこかの商団の馬車に繋がれた馬が暴れたらしい。

 数人がドミノ倒れになっていた。


 馬はすぐに静まったものの、俺はすぐ近くで5歳ほどの少年が頭から血を流して倒れているのを見つけた。


 母親らしき女性がその少年を抱き上げようとしたので、俺はすぐに手で静止した。

 頭を打った人を急に動かすのは良くないって、何かで聞いたような覚えがある。


 少年の傷に手をかざして魔力を集める。

 この程度なら魔法の名前を唱える必要もないだろう、初級の神聖魔法を使った。

 泣いていた子は痛みが消えたことに気付いたのか、傷があった場所を自分の手で撫でた。


「あ、ありがとうございます…!」


 母親であろう女性が何度も頭を下げるので、苦笑いで対応。ポケットからハンカチを取り出して少年の髪と顔に着いた血をふき取って、立ち上がった。


 再度何かを言われる前に立ち去ろうと、踵を返した時。


 ……あれ?置いて行かれた……?


 直ぐ側からハルフィとアノレアが居なくなっていた。

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