第6話 教えること

 アルセーヌは戦いを止めなかった。

 いや、戦いと呼べるものなのかは別として。


 ガレリオは一切の躊躇いなく、氷塊を射出した。

 魔力を使った攻撃を魔力無しの生身でなんの抵抗も無しに受けたせいで死にかけ、言葉通りの瀕死になっている俺にそれを避けられる訳もなく。


 中庭の一部を吹き飛ばしながら、氷塊は俺を押し潰した。

 流石に抵抗ゼロだと死ぬんじゃないかと感じたので、念の為……悟られない程度には、全身に魔力を纏って、体を保護はしたが。


 それでも瀕死の重体なのに変わりはない。

 とっくに痛いでは済まない事態になっているというのに、どうしてアルセーヌは止めようとしないのか。さっさと勝敗は決したことにすればいい。


 ……もしかしてこのまま殺させるつもりなのか?

 とか一瞬だけ考えたが、アルセーヌの表情を思い出して考え直す。


 彼は俺のことを全く見てなかった。

 この決闘は最初から俺じゃなくて“ガレリオを見定める為のもの”だ。

 つまりは、ガレリオは今の時点では“相応しい”と思われてない。

 だから決闘が終わらない、そういうことだ。


 ……あぁ、いや。

 もしかして、最初から実力が見たい訳じゃないのだろうか。

 だって、相手が抵抗出来るような力を持ってないことは、アルセーヌもガレリオも最初から知っている訳だから。


 となると……この決闘はガレリオが俺に本気の攻撃を加えた時点で失敗、という事になる。

 もしくは、決闘を受けた時点で、か。


 何にせよ始まってしまったとしても寸止めか、せめて一撃で終わらせる様にして、決闘の意味が無いと主張すれば良かったんだ。


 ガレリオは最近、才能に溺れ、増長して、取り巻きを従わせたり同年代の子供から実力行使で物を盗ったりした様子を見られているそうだ。


 しかも、魔法や剣術の指南役の話は聞かない、訓練はしているようだが、やりたい事だけやって歴史や算術などの勉強はサボったり抜け出したり。

 それでもガレリオは天才だから、いざという時は出来てしまうのだ。


 アルセーヌはその態度を改めて欲しかったんじゃないだろうか。戦闘実力なんかではなくて、精神的な部分をそれこそ、「騎士らしく」在って欲しいと。

 生憎と俺には騎士のなんたるか、なんてのは良く分からないが、今のまま成長すると碌な事にならないのは流石に俺でも分かる。


 だから、今回は餌を撒いたというわけだ。

 残念ながら正しい餌を取ることなく、散らばった餌をただ食い荒らすだけに終わった様だが。


 俺としては今すぐにでもガレリオに「こんな決闘はくだらないからもう終わりでいいだろ」と言って欲しい。

 そうすれば、ほんの少しくらいはアルセーヌの機嫌が直るだろうから。


 でも、ガレリオは多分……アルセーヌが止めるまで続けるだろう。

 なんせ、気に入らない弟をぶちのめすチャンスだから。そうじゃなくても、決闘ってそういう物だし。


 こうなった場合俺はどうするべきなのだろうか?

 そもそも「降参」が使えない俺にできることなんて一つしかなくない?


 うん、そうだな。こうなってしまった以上は仕方ない。


 ガレリオが増長しているのであれば、ほんの少しでいいからだろう。


 俺は震える手をゆっくりと手を持ち上げて、自分の腹部に置いた。その手に魔力を集めて、魔法を唱える。


「…〈治癒の光キュア〉」


 酷く掠れた微かな声とともに、温かな魔力の光に体が包まれる。

 これは中級の神聖魔法。

 幼児期に、アノレアが俺の体を治療してくれた時に使われた魔法だ。


 神聖魔法は属性魔法ほど、多くの魔力を消費する事はないが、如何せん魔力の扱いがとても難しい。

 なにせ、他人の身体に自分の魔力を流し込んでから、治癒魔法として発現させなければならないのだから。


 この魔法は基本的に、神職者と呼ばれる神聖魔法を専門に扱う職の人達でなければ扱えない。

 神職者になるにしても、とても精密な魔力操作ができなければまず見習いにすらなれない。


 因みに同じ魔法でも、自分の体を治すのは他者への治癒魔法より数段難しい。

 多くの魔力を使う事は無いものの、一度放出した魔力を再度自分の身体の中に流して、今度は魔法として自分の体に発現させる……という中々意味のわからない行程が必要になるので、とても難しいらしい。


 だが俺の魔法はちゃんと機能した。

 僅か一秒程で全身の傷が塞がり、内臓も問題なく機能している。

 中級の神聖魔法でも、四肢や内臓の欠損でなければ、正しい知識と魔力操作さえ出来ればほとんどの傷を癒す事が可能だ。


 立ち上がりながら体内の魔力を操り、肺と喉に詰まった血を無理矢理に吐き出した。


「っ…、ゴホッ…」


 ビチャッと血の塊が石畳に吐き出された。

 ……うえっ、血の味が酷い。口の中が気持ち悪い。


「は?お前…?今何を……」


 口元を拭って、取り落とした木剣を拾う。

 再度、魔法を使おうとしていたガレリオだったが、動揺したせいか操っていた魔力が霧散した。


「嘘っ、ゼルまさか……」

「今のは、神聖魔法……?どうしてゼルハート様が……」


 レノアとアノレアは愕然としていた。

 ハルフィはぽかんと口を開けて驚いている。

 クラヴィディアは何故かニヤリと笑っていた。


 アルセーヌも、唖然としていた。


 俺はガレリオを見据えて、自分の魔力を確認していく。

 魔力回路を強く意識、イメージは血管と血流。

 魔力を全身に満遍なく、速く循環させていく。

 僅かだが体表にも魔力を纏い直して、両手で構えていた木剣を片手に持ち替える。


 重心は前に、倒れ込む様な体重移動と同時に強く踏み込み、地面を蹴る。


 一歩目で、ガレリオは構え直したが、まだ隙だらけだ。

 俺は何度も見た光景を思い浮かべる。

 まれに帰って来るアルセーヌ、それに師事を受けに来る騎士たちの風景。


 構え、型、重心、視線、筋の伸び縮み、魔力の流れに至るまで。


 見様見真似で体の動きを模範すること。それは前世の、それも小さい頃からの得意分野だった。

 そしてそれを応用し、より効率よく体を動かすこと。


 この世界に転生して、ある程度体が動かせる様になった時点で、俺は運動神経や体を鍛えるようにしていた。

 せっかく人格と記憶を引き継いでいるのだから、やれるだけの事はやっておこうと思って。


 俺は二歩目と同時に、右肩に剣を背負うように構えた。

 流石というべきか、ガレリオも撃ち合おうと素早く木剣を振ってくる。


 流石に体格差が有り過ぎるので鍔迫り合いになったら膂力では負ける。

 それは分かり切っているので、俺は剣でガレリオの剣撃を受けずにいなす事にした。


 ともに上段から振り下ろされた木剣がぶつかり合う、その瞬間。


 ガレリオの木剣の側面に俺の木剣を滑らせて、軌道を逸らす。


 ガレリオの木剣は地面を穿った。

 俺は木剣を振り切らずに、ガレリオの後ろまで走った。体を捻り、振り返りつつ腰溜めからの切り返しで、ガレリオの首筋にトンッと少しだけ剣先を当てる。


 そうしてからアルセーヌに視線を向ける。

 彼は少しだけぽかんとしてから、すぐに慌てて声を上げた。


「そ、そこまで!」

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