第5話 決闘

 白い爬虫類のような鱗で作られた鞘、そこからゆっくりと引き抜かれて姿を現したのは…水晶にも似た半透明の刀身。それは血のように赤く、薄い光を帯びている。

 銘を「白竜の牙」というその長剣は、魔導剣と呼ばれるグレイブニル騎士爵家の家宝だ。


 クラヴィディアがレノアから貰ったのはマジックアイテムと呼ばれる、付与魔法が施された杖だ。

 だが、「白竜の牙」は世間的には魔導具と呼ばれる。


 魔導具とマジックアイテムの違いは、言ってしまえば付与魔法陣の有無だ。つまりは人工物であるか否か。


 マジックアイテムは人の手によって付与魔法陣を施された道具だ。

 一方で魔導具はとても長い間、外的要因によって魔力に晒され続けた“何か”が極めて膨大な魔力を宿した物のことである。


 この家にある書物の一つに「白竜と英雄クロアス」という物語がある。といっても、世界中に発行されているとても有名なおとぎ話なのだが……。

 とても長々とした物語ではあるが、俺としては読んでてとても面白かった。

 その話を要約すると、悪さをした邪悪な竜を英雄が倒した……という、とても単純明快な話だ。


 これは創作ではなく実話、伝記だそうで……。

 この「白竜の牙」という剣はこの英雄クロアスとやらに討伐された白竜の魔力が、白竜の遺体に突き刺さったままだったクロアスの剣に宿った事で今の姿になった……と言い伝えられている。


 この「白竜の牙」は、白竜と英雄クロアスの魂が宿る魔導剣と呼ばれているのだそうだ。


 因みに英雄クロアスは孤児だったらしいが、物語の最後に国王様からグレイブニルという姓と騎士爵を授かってハッピーエンドになる。

 要するにクロアスはグレイブニル騎士爵家の始祖であり、この剣は代々伝わる家宝の魔導剣というわけだ。


 クロアスの子孫で俺達の先祖となる人達が、それはもう必死になって、英雄クロアスの遺品を探した結果、白骨化した白竜の遺体のそばにこれが残っていたらしい。


 本当なら、この剣はこの家を継ぐガレリオが成人した時に引き継がれる予定だった。

 そりゃあ、急にそんな事を言い出したらガレリオもブチギレるよ。


 さて、どうして突然そんな大層な物を、アルセーヌは居ても居なくても変わらない様な俺に渡す気になったのか。


 これまたアルセーヌは長々と語っていたが……それを要約すると、「おいゼルハート、お前もちょっとはやる気出せやコラ!グレイブニル騎士爵家はお前みたいな怠惰なガキが居て良い場所じゃねえんだぞ」という事だ。


 いや、若干違うか。


 才能なんて物は関係なく、とりあえずもう少し周囲に興味を持って、何でも良いから取り組んでみてくれ……という事らしい。


 多分、アルセーヌは俺が英雄クロアスの話を聞いて、剣でも何でも興味を持ってくれたら嬉しいと、そう考えていたんだと思う。


 ……まあ、そんなのは今は関係ない。


 この話に全く納得いってないガレリオが色々と、それはもうとにかく喚き散らしたのだ。

 正直、彼の言う事におかしな点はあまり無かった様に思う。

 少なくとも騎士爵家という、とりあえずは戦闘における実力を重視する家系においては、だが。


 ガレリオは「才能の無い奴は目をかけるだけ無駄」とか「自ら何かに興味を持つことなく、努力もせずに怠惰に過ごしているだけの奴に「白竜の牙」を与えるなんて宝の持ち腐れも良いところだ」…と。

 実際にそういった訳では無いが、内容を簡潔にするとこんなところ。


 ……うん、正論だと思うけど?


 そして、言われたアルセーヌは何を思ったのか「ならば騎士らしく言い分を通せるだけの相応の力を見せろ」と……これはマジで、一言一句正しくこう言った。




 さて、現在俺達グレイブニル一家は揃って植物園みたいな美しい中庭に来た。


「旦那様、まさか本当に決闘をさせるおつもりですか……?」


 亜麻色の髪に、メイド服を着た美人な女性。ハルフィの母であるアノレアが心配そうな表情でアルセーヌにそう問いかけた。

 アルセーヌは何か言うでもなく、神妙な顔でガレリオを見つめている。


 そのガレリオはと言うと、木剣を片手に青い瞳で俺を睨みつけていた。


 アルセーヌの「相応の力を見せろ」という言葉の通り、始まったのは一対一の模擬戦。

 具体的なルールは無く、アルセーヌの裁量次第で全ての勝敗が決まる。


 とりあえず、俺も木剣を持たされはしたが、四歳の体にはサイズが大きすぎる。

 両手で持って、真っ直ぐに構えるのがやっとなくらいに重い。

 このまま振ったら、体ごと木剣に振り回されるのがオチだろう。少しフラフラする。


 日頃から剣も魔法も訓練しているガレリオとは違って俺は……少なくとも表向きには一切剣も魔法も訓練してない。

 加えて、左目が見えないし、それと同じ時の怪我による後遺症で口が聞けない……と思われている。

 要するに、降参ができないと思われているのだ。


 アルセーヌは全ての事情を知っているだろう、にもかかわらずこんな事をやり始めた。

 果たして何を考えているんだか。


 まあ……。とりあえず……俺は適当にボコられれば良いんでしょ?


 アノレアが居るから、怪我をしても治療はしてもらえる。ガレリオも流石に死なない程度には手加減してくれるだろう、そう信じよう。


 アルセーヌは一度瞼を閉じて、小さく息を吐くと真っ直ぐに手を上げた。

 同時に、ガレリオはとても真剣な表情で構える。

 すると、僅かに青い光を放つオーラが体にまとわりついた。

 肉体を強化するために魔力を纏ったのだ。


「始めっ!」


 手が振り下ろされ、決闘開始の言葉が響いた。

 それと同時のことだった。


「はああッ!!」

 

 十メートルは離れていた筈のガレリオが、一呼吸の間にその距離の半分以上を一瞬にして詰めて来た。


 この世界の生物はその体に魔力という不思議な力を宿している。

 人はその力を自在に操り、意志の力を伝える事で魔法を使っている。

 因みにその魔法の中には肉体を強化したり、今みたいに一瞬にして移動する様な物はどれだけ調べても見当たらなかった。


 ではこのとんでもない身体能力はなんなのかというと、この世界において「流動」と呼ばれる技術である。

 生物の体には魔力が宿っている。その魔力は常に体の中を循環しているそうで、その循環する道のことを魔力回路と呼ぶ。血が巡る血管のようなモノだ。


 流動はその魔力循環を通常よりも高速にして、肉体の身体機能を爆発的に上昇させる技術だ。

 達人となるとそれと同時に血流の流れを加速させることで、肉体の極限をも超えるのだとかなんとか。


 加えて魔力を外側からも肉体に纏わせる事で、外骨格のように体を保護することもできるようだ。これを応用して、剣の強度を上げたりより鋭くしたり、鎧をより硬くしたりもできる。


 これらは魔法ではないので魔力を消費する事が無い。つまり魔力操作の応用でしかないのだが、体力は使うし長時間保つのはとても疲れる。

 元の肉体の身体能力が高ければ高いほど、体に宿る魔力が多ければ多いほど流動の効果は高くなる。   

 逆に言うと、魔法によって魔力を消費すればその分、流動の効果は落ちる。


 ……俺も一応できるんだけど……。誰も見てないところで、本とか読みながら一人でこっそり練習していたから……。

 表向きは、できないしまず練習してない。

 ということになってるので、この場では使わない方が良いだろうか。


「セリァアッ!!」


 一瞬だけ巡った思考を吹き飛ばす、気合の入った咆哮。

 そしてガレリオが放った横薙ぎの一閃は、俺が正面に構えていた木剣とぶつかり合い、甲高い音を響かせて木剣を打ち払った。


 ビリビリと手が痺れ、体は打ち上げられた。


 辛うじて木剣を手を放す事はしなかったものの、強い衝撃によって足が浮いて、踏ん張りも効かない。今の状態では、ガレリオの返しの剣撃は避けられない。


 俺から左側、視界の外から剣撃は肋骨の当たりに直撃した。

 

「っ…ぐぉぁ」


 骨の折れる鈍い音が聞こえてきた。

 激痛と衝撃が全身を駆け巡った。


 吹き飛んで薔薇の生け垣に勢い良く突っ込む。


「ゲホッ…ゴホッごぼぁぁっ…」


 肋骨はボロボロに折れて、肺が潰れたのか大量の血を吐いた。

 痛みには慣れているが、これは痛いというか……もはや熱い、いや……冷たい?


 ふと、魔法の魔力反応を感じ取った。アノレアが治療をしに来たのかと思ったが……いや、違う。

 冷たいのは傷じゃない。これは冷気だ。


 必死に視線だけを上げると、ガレリオが巨大な氷塊を生み出しているのが見えた。

 その後ろで、神妙な表情のままガレリオを見ているアルセーヌも一緒に見つけた。


 ガレリオは中級の魔法を唱えた。


「〈氷塊弾アイスブロック〉!」


 おい嘘だろ、流石に止めろよ……!?

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