第4話 始まりの日

 ある日……具体的にはクラヴィディアと俺の四歳の誕生日の日。


 クラヴィディアと俺が産まれてから、グレイブニル家の家族全員が集まって食卓を囲んだ。


 俺……ゼルハートと、クラヴィディア、ガレリオ、ハルフィ、父のアルセーヌと母のレノア、侍女でハルフィの母親であるアノレアの八人で一つのテーブルを囲んだのだ。


 ここまで家族が集合する機会が遅れた理由はいくつかあるが、最も大きな理由は「クラヴィディアが産まれたこと」だった。


 彼女はこの世界において「神格者」と呼ばれる特別な存在だった。

 どんな存在かはこの屋敷にあった書物や、使用人たちの噂話でしか知らないが、とても大雑把に言うと「この世の理から完全に外れた化け物」であるとか。


 クラヴィディアは文字通りの底無し、無尽蔵の魔力を持っている。

 それが判明したのが、俺が一歳半の時。


 本来ならば赤ん坊が使えるはずもない、中級の魔法によって近くにいた弟ごと部屋を破壊した。

 そんな事件が原因で、辛うじて生きていたものの末っ子は左目を欠損。

 ついでに年齢にそぐわないほどに感情が希薄で、魂が抜けたかのように呆然としている姿もしばしば見られる、とても悲しい様相になってしまった。

 そんな事件によって、クラヴィディアを精密に検査した結果、溢れんばかりの異常な量の魔力と魔法の才能が判明したんだとか。


 ……いや、ごめん。呆然としてるんじゃなくて、それ多分考え事してるだけなんだ。


 左目は確かに見えない。なんなら眼球ごとなくて瞼がくっついてしまっているので、常に眼帯を着けている。


 俺は別にクラヴィディアを恨んではいない。

 赤ん坊のやってしまった事に一々愚痴を言ってはいられないし、何よりその頃の記憶は無いという事にしておくのが賢明だろうと思っている。物心がつく前の話だからね。


 とりあえず「神格者」は原則として12歳になったら国家そのものの管理下に置かれるそうなので、そうなったら彼女は、ここイグニカ王国の国王陛下へと謁見した後に宮廷で魔法を学ぶことになるだろう。


 まあ、クラヴィディアを除いてもやんちゃで魔法の他、実は剣技にも才能があって最近では同年代の子供の取り巻きを従えつつある長男のガレリオがいるので、この家はまあ今のところは跡継ぎは安泰だと言えよう。これからのことはまさに教育次第だ。


 そしてハルフィは、今に至る前にひと悶着があったそうだ。

 詳細な事は教えてもらってないし、誰かの話を盗み聞いたわけでも無いので知らないのだが、しばらくの間は引き続き侍女見習いとして俺の世話をするらしい。


 さて、なんでそんなに俺の世話に拘るのかと言うと……。

 俺が全くと言っていいほど、喋らないから…だそうだ。

 今こうして、いつもより騒がしく卓を囲んでいる間であっても、その一角に居る俺とハルフィには沈黙が流れている。


 才能はあるがそれに増長して手のかかる長男。

 平凡ながら歳不相応に頑張ってはいる長女。

 長男以上の圧倒的才能があり、人格形成はまだこれからだが危険な兆しがある次女。

 才能はないが手がかからず、幼児期のトラウマから心を閉ざしてしまった異様に大人しい次男。


 使用人や両親からうちの兄妹を見た時の寸評はこんなところ。


 兄妹の中では唯一期待されることなく、自由に行動できているのが俺だ。ついでに心を閉ざしてしまったとか言われている。

 因みに兄姉たちからどう思われているのかというと、ガレリオは魔法の才能が無い俺は眼中に無いようで、全くと言って良いほどに話しかけてこない。


 クラヴィディアは元々あまり俺に興味を持ってなかったが、少し前に俺の左目の事故を知ったようで……話しかけるどころか可能な限り俺の視界に入らない様になった。


 兄妹の中では身分が低く、使用人たちと大体同じ扱いを受けているハルフィは、一度使用人のリーダーに「話ができない病気なのでは?」と相談したことがあるらしい。

 使用人たちは「幼児期に精神に病を患った」的な返答をしたようで、以降彼女は俺の専属となり、甲斐甲斐しく世話をしてくれる。

 ハルフィは精神年齢的にはガレリオと同じかそれより上くらいには成長が早いように思う。


 そうそう、俺が喋らない様にしているのは、年齢に相応しい話ができないからだ。

 使用人なんていなくとも自分のことは一人でできる。そもそも三、四歳の子供と同じ対応の仕方をされても困るのは俺の方だ。

 モノを言ってボロを出すよりは、とても静かな子供としていたほうがまだマシだと考えた。




 そうしていつも通り、ぼんやりと薄味のスープにスプーンを通した時。


 不意に父のアルセーヌが咳払いをした。


「クラヴィディア、ゼルハート。今までは本当に、何もしてやれなかったことを済まないと思っている」


 まだ二十歳の前半だったよな、この人……。


 他の騎士爵家や貴族家がどんな物なのかは分からないが、少なくともこの人は中々家に帰られず、忙しい中でも子供には何かしてやりたいと思えるとは。

 親としてはマトモな感性を持ち合わせている様に思う。


「そこで、今日はお前たちに贈り物だ。まずクラヴィディア……君にはレノアから」


 アルセーヌがそう言うと、アノレアが三十センチほどある長方形の箱をクラヴィディアの前に置いた。


「これ、は……」


 クラヴィディアはその中に何が入っているのかすぐに気付いた様で、目を輝かせてアルセーヌとレノアを見た。


 レノアが小さく頷くと、クラヴィディアはすぐにその箱を開ける。

 ガレリオはあからさまにその中を覗き込み、ハルフィも少し気になっている様子。


 クラヴィディアはその中に入っていた物をゆっくりと取り出した。


 長さは三十センチに満たない程度、木製の杖だった。杖の先には薄紫色の宝石。そこから伸びる同色の不規則な線が淡い光を帯びていた。


 それを見てハルフィがつぶやく。


「……マジックウェポン……?」


 ……ということは、あの宝石は魔石……?

 あの光の線が魔力という奴か。つまりは付与魔法陣って呼ばれる魔法の一種。


 杖をじっと見つめるクラヴィディアに、レノアはゆっくりと語りかけた。


「ディア、貴女は神格者……将来歴史に名を刻む魔法士になります。ですが、決して驕らないように。その杖は私が作ったものです、大事になさい」

「はい、お母さま……!」


 へえ、この人付与魔法陣もできたんだ、凄い魔法使いだって事しか知らなかった。


「……そして、ゼルハート。お前には私からこれを贈る」


 アルセーヌはそう言って席を立つと、リビングに飾ってあった一振りの長剣を手に取った。


 その瞬間、ガレリオが勢い良く立ち上がり、叫んだ。


「父上!! それは、その剣はオレが貰い受ける物ではなかったのですか……!?」


 ……えっ? なにそれ?

 てか……俺は剣なんていらないんだけど。


 なにやら一波乱起こりそうな気がして、俺はこっそりとため息を吐いた。

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