第9話

「内容は申し分ないとおもうんや。そやけど、須賀のアイデアって予想つかんとこからくるから、読めん!」


そういうと、立山は二件目のショットバーでぐっとスコッチを煽った。


「俺も、凄くいいプレゼンだったと思うよ…ここ何年かのヒットかもって自分でも思う…。」

そういいながら俺はウイスキーを煽る。


一宮はテーブルの上のナッツに手を伸ばして言った。


「負けませんよ、負けるはずない。」とまるで自分自身に言い聞かすように呟き、彼もまた、ハイボールを勢いよく煽った。


皆、自信を持ちながらも、皆、不安だった。

会話よりも酒がすすみ、酔いが完全に回った俺たちは肩を組み、店を出た。


帰り道、立山は「んじゃ」と片手をあげ、「明日は皆で祝杯やからな!」と大声で言うと、ネオンの中へ消えていき、俺は酔い潰れた一宮を抱きかかえて、タクシーを拾った。



「えっと…一宮…おい、一宮…」


うんともすんとも言わず、一宮は項垂れたままなので、俺は一応自分の住所を告げた。



「おい、着いたぞ、一宮…。」


俺の部屋についても一宮はうーんと言ったきりで、そのままソファに寝かせてやった。

少し休ませて、タクシー呼んで帰らせよう…と思っていた矢先、一宮がむっくりと起き上がった。



「うっ…ト、トイレ…」」と真っ青な顔でそう言うと、手を口を押さえる。


俺は急いで、一宮をトイレへと連れて行った。

案の定、一宮はその背中を震わせて……リバースした。




シャワーの音が聞こえる。


新品の下着を用意し、俺のでいいかと、パジャマを出し、新しいタオルを…などと新婚の妻のように甲斐甲斐しく用意をする自分に苦笑する。


結局、あの後、瀕死の状態で一宮は俺の家に泊まることになったのだ。

「す、すみません」とまだ青白い顔のまま、何度も謝る一宮に、「いいよ」と笑顔で答えたが、俺はそういえば、奴に「顔にすぐ出る」と言われたばかりじゃねぇかと、なんとも言えない気分になった。


でも、嬉しい。

どうしようもなく嬉しいよ。


その喜びが全面に出てたらどうしよう…そんな事を考えて複雑な気持ちのまま、風呂場にいる一宮に声をかけた。


「ここに、着替え、おいとくぞー。」


すると風呂場のドアが律儀に少し開き、「はい、ありがとうございます。」と声がした。


「大丈夫か?」


「は、い。すみません、」


そう言うとドアがしまり、再びシャワーの音が聞こえ出した。



リビングに戻っても胸の動悸が半端ない。

もわっとした風呂場の湯気に包まれながら一瞬見えた二宮の白い腕が、妙になまめかしくて俺は思わず目を瞑った。

頭を振ると、酔いが回りそうで、すぐに止めた。


「あいつは男だ。」


口に出して言ってみる。


男なのだ。

淀みない透き通った声をしていても

白い肌をしていても

華奢で細い腰をしていても

あいつは一人前の男なのだ、と強く思う。


職場でみせるあいつの真面目な顔。

隙のない言動。

そして、皮肉な笑み。


だけど、そんなものは、


二人だけの時に見せる弱った顔。

はにかむ様な笑顔。

綺麗な横顔

素直な言葉。


そんなものですぐに相殺されてしまう。

誠実な仕事も、部下なのに尊敬できる。

信頼のおける優秀な部下。


そして…なによりも……


「ありがとうございました。お先でした。」


振りかえると、首に白いタオル巻いて、あきらかに身体がパジャマの中で泳いでいる一宮が、心なしか頬を染めて立っていた。









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