第4話
「あいつさぁ…知ってる?」
「へ?」
須賀と同じように、立山も主語がない時がある。
「あいつって…?」
「い、ち、の、み、や。」
区切りながら名前をいい、立山はカフェの椅子をズイッとずらし、俺の横にぴったりとつけた。
「顔、ちかっ!」
「そやけど、秘密の話やもん。」
立山はそう言うと、ちょっと笑ったが、すぐに真剣な顔になった。
「横浜支社からここへ移動になったのは、部長を誑しこんだらしい…って噂があんの。」
「部長って…部長は男だろうが。」
「そ、だから…あれですよ、あれ。」
横山はそういうと、ずずっと椅子を離し、ニヤッと笑った。
「だって、俺、いっちゃんなら抱けそうな気がするし…」
「だっ、抱くって、何言ってんの!?」
「うわー、チーフ、声でかい。」
立山に言われ、俺は一応上司の顔を取り戻し、今度は俺が立山のそばに近づき、小声で問いかけた。
「…どっから、そういう話が流れてんだよ…。」
「いや、噂っちゅーても、未だ広まってないよ。あいつが言うてきたんや。」
「あいつ?」
「広報部の…名前忘れた…けど…なんか暗い奴に。」
「で、お前はその話を信じたのか?」
「まさか…信じはしないけど、いっちゃんならそういう話、あってもおかしくはないかなって…」
「そんなの、一宮に失礼だろうが!二度と言うなよ、そんな事!」
「いやいや、俺は誰にも…つーか、チーフ以外には言ってないけど…あいつも少しつっけんどんな所あるし、だけど仕事は出来るわで、面白く思ってない奴がいるんかなって…付き合ってみればいい奴で可愛いとこあんだけどね。」
そうだ。
男の世界では時として女よりも酷い嫉妬…というものがあるのだ。
「で、そいつどうしたの?まさか、他にも言いふらして…、」
「あー、それはない。俺がぶん殴ったから。」
「えーー!?」
「いや、いっちゃんは可愛い後輩だからね。俺にとっても。」
そうだ。
可愛い。
可愛い後輩で、可愛い部下で…。
「須賀ちゃんにもよろしく頼むって言われてんだ。」
そこで思いがけない言葉が出た。
「須賀ちゃんが?」
「あぁ…あれ?知らなかったの?あいつの高校の後輩だよ、いっちゃんは。」
「高校の…そうだったんだ…須賀と会ってるのかな?」
「いや、会えないでしょ、今は…それはね、昔言われたんだよ…いっちゃんが入社する時に俺の可愛い後輩だからって。」
「そ、か…。」
「うん…でさ、こうも言われた…『一宮は繊細なんだ』って。」
確かに身体の線は細い…だけど、なぜその繊細な奴が俺を笑う?
おもいっきし、ふざけた大胆な野郎じゃねぇかと…。
「繊細…ねぇ…。」
「生意気そうにみえるやろ?でも、ほんまはあいつ…」
「ん?」
「いや、ただ、誤解されやすい奴やから、よろしくって須賀ちゃんに言われてさ…確かに見てて危ういなって、思う時がある…チーフは、どう思う?」
立山はそういうと、俺の目をじっと見つめた。
いつもへらへら笑って冗談ばかり言っている奴とは全く違う眼差しがそこにあった。
「俺は…俺は、正直、まだよくあいつがわかんなくて……確かに出来る奴だよ?でも…、」
「でも?」
「…いや、もしかしたら、俺は上司として認められてないのかなって思う時があんだよ。」
「…それは、絶対にないよ。」
「へ?」
「チーフとして認められてないってのは絶対ない。」
立山はそういうと、ムッとして黙り込んだ。
めったにシリアスにならない奴が、急にシリアスになるという現象に戸惑いながら、俺はすっかり冷めたコーヒーを苦い思いで喉に流した。
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