第22話 グラッドストン伯爵邸 4


「グラッドストン伯爵。ノキアをアルディノウス王国次期王太子殿下カミルの友人に推薦しようと思う」

「ノキアを、ですか?」

「そうだ。わけあって、カミルはしばらく外出を控えている。今回は俺の都合とユーディットがリリアーネに感謝を告げたくて無理に来たものだ」


驚きの提案に目が丸くなる。壊れた人形のように首を動かせると、ユーディット様と目が合い頷かれる。


「しかし、ノキアでは……」

「ノキアの将来は有望だと俺は思った。魔法の力を持ち、この気の強さだ。少々性格には難があるだろうが……まぁ、そこは問題にしない。だから、一緒にアルディノウス王国の王城へと行き、カミルと過ごしてもらう。ちょうど謹慎中だから、外に出る心配もないだろう」

「ノキアを次期王太子殿下の側近に?」

「なれるかどうかはノキア次第だ。だが、一緒に過ごせ。学校も、しばらくはカミルと一緒に城で学んでもらう。魔法もそこで覚えろ」


突然の提案にグラッドストン伯爵様が言葉を無くしている。彼を驚かせるとは、ジークヴァルト様は凄い。


「ノキア。カミルはお前よりも年下だが、友人になれ」

「ぼくが? でも、側近になるということは、ぼくがカミル様を守るの?」

「そうだ。カミルも友人がいない。お前とは気が合うだろう。それに、お前ならカミルも守れる。ちなみに、城へ行けばそれなりの給金も出るぞ」

「ほ、ホントに!?」

「当然だ。次期王太子殿下のそばに付くのだから、それなりの給金は出そう。カミルの世話も覚えるんだ」


給金が出ることにノキアは心動かされている。それほど、自分でお金を得たかったのだろう。苦労をさせたばっかりに……


グラッドストン伯爵は、ノキアの性格を案じて突然の提案に頷けない。


「しかし、給金など……」

「グラッドストン伯爵。ここだけの話だが、カミルは城でも身を隠している。だが、すべてを隠せないからカミルの周りを固めているんだ」


それで、先日もラッセル殿下だけが私に会いに来た。呪いをかけられたから、しばらくは危険から身を隠しているのだろう。次期王太子殿下の立場を考えれば当然だ。


一人で城から出られずに、大人に囲まれた生活は息苦しいだろうに……ましてや、こんな子供だ。本当なら、年の近い子供を城に呼んで一時とはいえ交流の機会を作るはずなのに、それが今はできないのだ。


「だから、友人どころか、同年代の子供すらそばに置けない。だが、ノキアは違う。俺とカミルを救ってくれた貴重な聖女リリアーネの弟だ。信用に値する。ノキアが適任なのだ。不安なら、グラッドストン伯爵、貴殿も行け。リリアーネの義母エイプリル様も登城を許可する。一緒に城で過ごした方がいい。城では、自由気ままな外出はしばらくできないが……先ほども言ったが、ちょうどノキアは謹慎中だ。問題ないだろう」

「姉さまの弟だから、ぼくが行くの?」

「そうだ。お前が適任なのは、まぁ、いろいろあるが、リリアーネの弟という信用がある。それが大人の世界だ。リリアーネと俺に感謝しろ」

「……むう」

「不貞腐れるな。信用を得たいなら、それなりの成果を出せ。いろいろあると言ったが、お前の将来が有望だと俺が確信しているからだ。そのおかげで、俺の権力を使いお前をカミルの友人に抜擢するのだ」

「よくわかんなくなってきた……姉さまのおかげなの? ジークヴァルト様のおかげなの?」

「そんなことは自分で決めろ。どちらに感謝すればいいのか悩んでいるのだろう」


私かジークヴァルト様のおかげか、どちらに感謝を述べていいのか、わからなくなっているらしい。


すると、悩むノキアにお義母様が声をかける。


「ノキア。どうする?」

「母様……行ってもいいの?」

「もちろんよ。自分で決めたことを、お母様は反対しないわよ」

「じゃあ、行く。母様も姉さまも楽させるから」

「ええ。期待しているわ」


優しいお義母様がそっとノキアの頭を撫でる。


「では、ノキア。きちんと自分で言いなさい。無礼のないように」


グラッドストン伯爵が威厳をもって言うと、ノキアはしっかりと両手に魔法を抱いたままで背筋を伸ばした。


「どうか、よろしくお願いします」


小さな子供が小さな次期王太子殿下に頭を下げる様子に、私も含めてみんなが微笑ましくなっている。ユーディット様は、どこかホッとしている。友人のいない次期王太子殿下を案じていたのだろうか。


「では、リリアーネ。フェアフィクス王国へ行こうか」

「今からですか?」

「いろいろ準備していて遅くなったが……もうアルディノウス王国にいる理由はない。それと……」


ジークヴァルト様がそっと手袋の隙間から腕を見せた。


「まさか……これで先ほどの騎士が青ざめたのですか?」

「そうだろうな。化け物を見るような眼だっただろう?」


手袋の下はすでに骸骨になっている。と言うことは……いつ、姿が骸骨になるかわからないということだ。


「す、すぐに行きましょう!」

「そうしよう」


思わず、ジークヴァルト様の腕を彼のマントの中に押しやった。そして、お義母様たちに振り向く。


「お義母様。ノキア。グラッドストン伯爵様。今までありがとうございました」

「リリアーネちゃん。寂しいけど、元気でね」

「はい。お義母様も」


感無量な様子で、潤んだ目尻をそっと拭うお義母様。


「姉さま……嫌になったらすぐに帰ってきてね。逃げる時は迎えに行くから」

「不吉なことを言うな」


ジークヴァルト様が眉間にシワを寄せて言う。思わず、渇いた笑いが漏れた。


「ノキアも、頑張ってね……手紙を出すわ」

「僕も出すよ……ジークヴァルト様。姉さまに苦労させないでね」


ギュッとノキアを抱きしめると、まだ子供の小さな手で私を抱きしめてくれるノキア。


「リリアーネ。気をつけて行きなさい。ジークヴァルト様。では、またいずれ会えることを祈ってます」

「世話になった。グラッドストン伯爵」


グラッドストン伯爵様が、ジークヴァルト様に頭を下げた。


「リリアーネ。時間だ。そろそろ行くぞ」

「は、はい! 早く行きましょう!」


うっすらとジークヴァルト様が骸骨姿に見えてくる。慌てる私をジークヴァルト様が肩を抱き寄せて馬へと連れていく。そして、彼の馬に乗せられた。


「では、失礼する」


そうして、そのままジークヴァルト様の国へと行くために馬を走らせた。





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