第21話 グラッドストン伯爵邸 3


馬車から嬉しそうに降りてきた子供は、見覚えのある。あの雷雨の夜にジークヴァルト様が抱えて来た子供だ。ノキアよりは、二つほど年下なのだろうか。まだ、ノキアよりも幼い。


「あの……もしかして、ジークヴァルト様の……?」


こんな立派な装いではなかったし、熱に浮かされていたけど、顔は間違いないと思う。


「そうだ。顔は知っているだろう。あの夜、リリアーネに世話になった俺の甥だ。名前をカミルと言う」

「カミル様と申しましたか……お元気で何よりです」


突然の再会に驚きながらも挨拶をすると、子供らしく足元に抱き着いてくる。


「リリアーネ。会いたかった」


足元にしがみついているカミル様を見て、ユーディット様が笑みを零した。


「カミル。お行儀が悪いですよ」


静かな柔らかな声色で、ユーディット様が言う。美しい方だ。目鼻立ちがはっきりしている青い髪の美人で、気品がある。


「突然失礼します。リリアーネ様」

「はい」

「お初にお目にかかります。私、ユーディット・アルディノウスと申します」

「申し遅れました。私は、リリアーネ・シルビスティアです」


間違いない。妃殿下だ。彼女がラッセル殿下の妃だ。そして、この足に抱き着いて来たのは、次期王太子殿下だ。


「その子は、私とラッセル殿下の御子のカミルです。覚えておりますでしょうか?」

「もちろんです」


名前は知りませんでしたけど。


「お礼を言うのが遅くなり申し訳ございません。息子を助けて下さった恩人なのに……」

「そんな……どうか、お気になさらないでください」


元気になって良かったと思いながら、足元にいるカミルをそっと撫でた。可愛い。子供は、いつでも可愛いものだ。


「なんてお心の広い……兄上が気に入るのも、わかります」


淑やかな笑みでジークヴァルト様を見るユーディット様に、彼はなぜか勝ち誇っている。


「ジークヴァルト様の妹様とお聞きしました。どうぞよろしくお願いいたします」


ペコリと頭を下げた。緊張する。突然妃殿下にお会いして、しかも彼女はジークヴァルト様の妹様なのだ。


「カミル様も、お元気そうで何よりです」


しゃがみ込んでカミル様を見ると、嬉しそうな表情から曇った表情になる。


「でも、ぼくのせいで叔父様が……」


ジークヴァルト様の骸骨姿を気にしているらしい。すると、ユーディット様が悲しげに話し出した。


「兄上には、殿下ともども感謝しております。呪われたこの子を密かにフェアフィクス王国の城から連れ出して、アルディノウス王国まで無事に連れて来てくれたのですから……そして、あなたが呪いを治してくださいました。お二人には、感謝がつきませんわ」

「気にするな。あの呪いは、カミルもお前も背負うものではない。お前たちは、アルディノウス王国で静かに過ごせ」


あの雷雨の夜。ジークヴァルト様は、大事にカミル様を抱えてやって来た。フェアフィクス王国で何かあったのだろう。だから、カミル王子を逃がすために、一人で密かにアルディノウス王国まで来たのだ。共も連れずに……そして、あの雷雨の夜に熱に浮かされたカミル様を助けたくてたまたま見かけたシルビスティア男爵邸を訪ねて来たのだ。


骸骨姿だから、街にも満足に寄れなかっただろう。そう思うと、切なくなる。


「……子供が呪われるなんて、お辛かったでしょう……」


そう言うと、カミル様が私のドレスの裾を引っ張った。


「叔父様も治してくれる?」

「そうですね。力の限り努力いたします」


でも、あの骸骨姿をジークヴァルト様は気にしている風ではなかった。ただ、人前に出られなくて、困っているだけのような気がする。


しかも、力の限り努力すると言うことは、毎晩一緒に過ごさないといけない気がする。


「じゃあ、ぼくと結婚してくれる?」

「まぁ、可愛い……」


こんな子供にまで求婚されるとは……可愛い。可愛いけど、後ろのノキアの視線が痛い。


「カミル。リリアーネは、叔父さんのだからダメだと言っただろう」


そう言って、ジークヴァルト様がカミル様を抱き上げると、ノキアの前で降ろした。ノキアは、次期王太子殿下を目の前にして驚いている。


「ノキア。お前の友人だ」

「初めて会ったんだけど……」

「だから、今から友人になれ」

「意味わかんない」

「言葉に気を付けろ。カミルは次期王太子殿下だ」

「うーん……」


わけがわからずに悩むノキアから、ジークヴァルト様がグラッドストン伯爵様を見た。そばには、いつの間にかお義母様も駆けつけていた。




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