第16話 家族の絆とは 9


美味しいお茶を和やかに楽しみ、お義母様は終始私の結婚に喜んでいた。

それは、晩餐までご機嫌のままだった。

グラッドストン伯爵邸での晩餐は、シルビスティア男爵邸と違い貴族らしい立派なもの。白いテーブルクロスのスクエアテーブルの上には銀燭が燈り、装花が飾られている。銀食器は等間隔で並べられており、テーブルを五人で囲んでいた。


「急遽来たもので、タキシードもなく失礼」

「身内だけですので、どうかお気になさらずに」


グラッドストン伯爵様が、丁寧にジークヴァルト様に応えた。

ジークヴァルト様の向かいには、グラッドストン伯爵様がタキシード姿で食事を始めていた。

晩餐の時はタキシードに着替えるのが必須なのだけど、背の高くて身体付きがしっかりとしているジークヴァルト様には、細身な身体のグラッドストン伯爵様のタキシードは合わなくて、結局は来た時の洋装のままで私の隣に座っていた。


「リリアーネちゃん。スープは美味しいかしら?」

「はい。私の大好きな野菜たっぷりの田舎風スープにしてくださったのですね」

「忘れるわけないわ。昔は一緒に作ったもの。美味しいステーキもあるから、楽しみにしていてね」

「はい。お義母様。ありがとうございます」


私の向かいに座っているお義母様に、にこやかに言う。私もドレスを持って来てなかったから、ジークヴァルト様と同じように来た時の洋装のままだった。


「ノキアも、リリアーネちゃんと同じで、このスープが好きなのよね」


お義母様がノキアに声をかけると、スプーンを齧ったままでジークヴァルト様をジトリと睨んでいた。


「……ねぇ、なんでその人がいるの?」

「客人と晩餐をするのは当然だ」

「しかも、姉さまの隣にどうして座っているの? いつもは僕の場所なのに……」

「席を決めたのは、エイプリルだ。その顔はやめなさい」


ノキアの視線が痛い。ジークヴァルト様に今にも飛び掛かりそうな目線で敵視している。


「しかし、リリアーネの家族は良い方たちで安心した。いずれ、フェアフィクス王国にも招待しますよ」

「まぁ、行っていいのかしら?」

「もちろんです」


にこりとするジークヴァルト様の顔が良すぎる。でも、私の血のつながりのある家族は、ノキアだけなのですけどね。

そのノキアは、不穏な視線でずっとジークヴァルト様を睨んでいる。

その間も、執事たちは粛々と食事を運んで来ていた。ステーキには、私の好きなリンゴソースが添えられている。久しぶりの好物の料理に目の下が紅潮した。


「ああ、リリアーネの好きなリンゴソース添えか……昔から変わらないんだな」

「私の好きなお料理も知ってますの?」

「もちろんだ」


まさかそれも調べたのでしょうか?

ジークヴァルト様の発言に、怖くて突っ込めない。


「まさか、姉さまを調べているの? ストーカーじゃないの? 姉さま。別れたほうがいいよ」

「違います。ストーカーなんてする時間があるわけないでしょう」


恐ろしいことを言わないで欲しい。三ヶ月前に出会って、その期間ストーカーなんてされてません。


「あまり、おかしなことを言うと、一人だけフェアフィクス王国への招待が遠ざかるぞ」

「別にいいよ。招待されたくないし……」


ノキアがジークヴァルト様に素っ気なく言う。


「でも、ノキアが会いに来られないのは寂しいわ……」

「……ね、姉さまがそう言うなら、我慢するけど……」

「じゃあ、来てくれる?」

「行く」


そう言って、ノキアがステーキをパクリと食べた。照れ隠しなのだろうか。まったく照れていることが隠せてないけど、頬を染めてステーキを頬張っている。その姿は子供らしくて可愛い。


「これで、ノキアもジークヴァルト様と仲良くなれたわね! 旅行が楽しみだわ!」

「仲良くなってますかね……」


今の、どこに仲良くなった雰囲気があったのだろうか。


「大丈夫よ。リリアーネちゃん。私の勘は当たるの」

「それは、勘なんですか?」


お義母様の本気がわからない。でも、ノキアが元気で良かったと思う。問題はまだ解決されてないけど……私は、どこまでノキアに手を出せるのだろうか。もうすぐで、アルディノウス王国を離れるのに……


久しぶりの家族の晩餐は、お義母様のおかげで和やかだった。食事が終わると、グラッドストン伯爵様がジークヴァルト様にお声をかける。


「ジークヴァルト様。良ければシガレットルームでお酒でもいかがですか?」

「そうですね……」


ふむ、とジークヴァルト様が相づちを打つと、ノキアが私にしがみついて来た。


「そうした方がいいよ。姉さまは、ぼくと部屋に行こう」

「そうね。魔法のことも教えてね」

「うん」


嬉しそうなノキアの頭をそっと撫でる。いつもノキアだ。でも、あの勝気なノキアを見てしまったせいで、今まで私の前では猫を被っていたのだろうかと思えてくる。


でも、可愛いのは変わらない。ノキアと手を繋いで食堂を出ようとすると、ジークヴァルト様が腕を掴んで止める。


「ジークヴァルト様?」

「リリアーネ。明日には帰るから、そのつもりでいてくれ」

「はい」


そう言って、ジークヴァルト様が私の頬にキスをする。恥ずかしい。人前でこんなことをされたことなくて、思わず、赤くなる頬を押さえた。ノキアは、目をつり上げて睨んでいた。


寝支度をして、ノキアの部屋に行くと、今か今かとノキアが待っていた。


「まだ起きてたの?」

「姉さまが来るのを待ってたんだよ」


ノキアが私の手を取り、ベッドへと引っ張る。


「母様に、借りたの?」

「そうね。宿泊のつもりがなかったからね」


着替えもなくて、お義母様のネグリジェを借りて着ている。お義母様も小柄な人で良かった。私も、普通の身長だから。そっとネグリジェの裾を上げてベッドサイドに腰を下ろすと、ノキアがぴったりと横に座る。昔に比べてずいぶん背は伸びたけど、可愛い足が床に付かずに子供らしくぶら下がっていた。


「姉さま。本当に結婚するの?」

「もちろんよ」

「変な人じゃないの? 姉さまに馴れ馴れしいし……」

「身元は大丈夫よ。ラッセル殿下の紹介だし……それに、私は教会をクビになっているの。だから、聖女を統括する殿下の紹介は断りにくいわね」

「そうなの……でも……」


ジークヴァルト様に敵意むき出しのノキアには、結婚は何を言っても納得のいくものではないだろう。まさか、ここまで私に懐いていたとは……離れたせいで、おかしくなったのだろうか。


「ノキア。シルビスティア男爵家に、借金があったのは知っているでしょう?」

「知ってる……でも、いつか返すよ。姉さまにも、苦労かけないようにしたい」

「ありがとう……でも、それも、ジークヴァルト様が肩代わりしてくれたの……」

「なんで?」


そう言えば、いつの間にか周りを固められていた。……あの雷雨の夜だけで、そこまでするのだろうか。……そう言えば、あれはきっかけだと言っていた気もするけど……


「……結婚するからかしら? ラッセル殿下の紹介だし……お礼だと言って、デビュタントもしてくれたのよ……」

「ぼくが姉さまを助けるつもりだったのに……」

「まさか、それでジークヴァルト様に怒っているの?」

「それだけじゃないけど……」


ノキアがいつか私を助けようとしていたことを、あっさりとジークヴァルト様がしてしまったから、役割を取られた気分なのだろうか。

すると、ノキアが抱き着いてきた


「……姉さま。大好きだよ」

「私も大好きよ……ずっと大事な弟なの」


そっとノキアを抱きしめる。ジークヴァルト様が好きなの? と聞かないあたりは、やっぱりまだ子供だ。私からジークヴァルト様が好きだと言う言葉を聞きたくないのだろう。


「それよりも、魔法はいつから使えていたの?」

「よくわかんない……しつこくやって来るから、怒ったら何か身体から出て……」

「そうなのね……あれは、風かしら? ジークヴァルト様の頬が切れていたし……」

「わかんない」


ジークヴァルト様を傷つけたことは罪悪感があるのか、声音が小さくなるノキア。魔法を隠していたのは、人を傷つけていたからだろうか。乱暴者でも、ノキアはやはり優しいのだ。


「ノキア。これを見て」


そう言って、両手を掬うように目の前に出した。手のひらに、ほんの小さな光の玉を浮かび上がらせると、ノキアが目を輝かせて見ている。


「それは?」

「魔法で作った光よ」


すると、魔法に合わせて背中からも魔力が溢れてきた。それが、羽のように広がる。

魔力が背中から溢れて、それが妖精の羽のようだといって珍しがられていた。聖女の、誰にもこんな現象がないからだ。そのせいで、私を欲しがる貴族が現れてしまった。


ノキアは、背中から広がる魔力を目を輝かせて見ている。


「すごい……キレイだね。妖精みたい。姉さまはやっぱり聖女だ」

「ありがとう。あのねノキア。魔法はイメージが大事なの。意志を強く持って魔力を使うのよ」

「イメージ?」

「そうよ。だから、少しずつノキアも魔法を覚えましょうね。きっとすぐに色んな魔法が使えるわ」

「本当?」

「ええ。何の努力もなく魔法があれだけ出せるのは、才能があるんだわ。すごいことよ」


光を消してノキアの頭を撫でると、魔法のことで怒られるのかと思ったノキアは、ホッとしたように頬を染める。


「でも、人を傷つけてはダメ。明日はジークヴァルト様に謝ってね。帰りも一緒に見送って欲しいわ」

「……姉さまがそう言うなら」


ノキアがギュッと抱き着いてくる。可愛いと思える。間違いなく可愛い。


「さぁ、寝ましょうね」

「うん。朝までいてね」


笑顔になったノキアとベッドに入る。この子が幼い頃を思い出すと、穏やかな気持ちになる。そう懐かしみながら、久しぶりに一緒に眠りに付いた。



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