第15話 家族の絆とは 8


「ノキア。湯浴みは終わった? あのね、こちらは、」

「姉さまから、離れろ! 出てけ!」

「ノキア! ダメ!!」


ジークヴァルト様を紹介しようとすると、呆然としていたノキアが私の背後にいるジークヴァルト様に向かって飛び掛かってきた。ノキアを止めようと手を伸ばすと、一瞬でジークヴァルト様が私を庇うように腕の中に包んだ。その中で、ジークヴァルト様の周りが魔法で刃のように切られた。


「はなせっ……」


そっとジークヴァルト様の腕の中からノキアを見ると、ジークヴァルト様はノキアの首根っこを掴んでいる。


「ノキア!? ジークヴァルト様! 離してください!」

「別に離してもいいが……ずいぶん、荒い魔法だな。感情のままで、イメージ一つ作られてない」


ジークヴァルト様が、手を離すとノキアが地面に尻もちを付いて落ちた。


「離すのは、姉さまだ! 早く姉さまから離れろ!」

「なぜだ? リリアーネは俺のものだ」

「……っ」


淡々と見下ろすジークヴァルト様を、ノキアが見たこともない形相で睨んでいる。

それに、魔法だ。同級生の親たちが言っていたように、ノキアは魔法が使えるのだ。


「ジークヴァルト様、血が……」


ノキアの魔法でジークヴァルト様の頬が切れている。流れる血に手を伸ばして癒しの魔法をかけようとすると、ジークヴァルト様が私の手を掴んで止めた。


「これくらい怪我のうちには入らん」


そう言って、ジークヴァルト様が自身の手で血を拭いた。黒い手袋をしているせいで、手袋に血は見えない。


ノキアを見ると、今にもジークヴァルト様に噛みつきそうな眼で睨んでいる。彼の腕から抜け出て、地面に尻をついているノキアの前にしゃがみ込んだ。


「ノキア。大丈夫?」

「姉さま。そいつ誰?」

「ノキア。口が悪いわ。こちらは、結婚するジークヴァルト様よ。失礼なことをしないで」

「……さっき。国を出ると聞こえたよ……」

「そうよ。ジークヴァルト様の国に行くの」

「ウソでしょ……行かないでよ! 違う国に行けば、会えないよ……っ」

「ノキア……寂しいのね。でも、先にジークヴァルト様に謝って……彼はノキアに何もしてないはずよ」


怒っているのに泣きそうな切ない表情を見せるノキアが、歯を食いしばって俯いた。すると、お義母様もノキアのそばにしゃがみ込んだ。


「ノキア。人に怪我をさせたら謝るのよ」

「嫌だ……そいつは姉さまを連れて行く悪い奴だ」

「えー? とっても素敵なお顔で、良い結婚相手よ? 私は大賛成だわ。リリアーネちゃんに相応しいと思うけど……私の勘は間違いないわ」

「母様の勘なんて知らないよ。当たっているかどうか、見たことないもん」

「そんなことありません」


誰を連れて来ても反対しそうなノキアに困ってしまう。それにあの魔法。何の基礎も使い方もわからないままで、感情のままに出しているのだ。


「エイプリル。リリアーネ。お前たちはジークヴァルト様と庭でお茶でもしなさい。来て下さった客人を放置してはならん。ノキアは、しばらく部屋で謹慎だ。私と一緒に来なさい」

「行きたくない。姉さまが連れて行かれてしまう」

「連れて行かれても別に問題はない。リリアーネの結婚相手だ。私の知ったことか」

「……っお祖父様は! 姉さまのことを考えてないから!」

「考えてないのは、お前だ。わかったら来なさい」

「嫌だ。わからないから、行かない。姉さまを守らないと」

「たった今、一瞬でジークヴァルト様に負けたのはお前だ。ノキアでは、リリアーネの足元にも及ばんのではないか? 魔法のことも、きちんと話せ」

「嫌だ」

「ワガママを言うな。クソガキ」

「クソジジイ」


火花を散らして、ノキアとグラッドストン伯爵様が睨みあっている。


「ノキア。素直に行きなさい。珍しくお父様が怒っているわ」

「嫌だ。母様は引っ込んでてよ」


グラッドストン伯爵様は、いつも怒っていませんでしたかね。そうお義母様に聞きたいのをグッと我慢する。

お義母様がノキアに耳打ちをするが、ノキアは引かない。しかも、私にはグラッドストン伯爵様の怒っている時と、怒っていない時の区別がつかない。

すると、ノキアに反抗されたお義母様の笑顔も引きつる。


「ノキア。行・き・な・さ・い」


お義母様まで、怒ってしまった。笑顔の後ろの雰囲気がおどろおどろしい。


「わ、わかったよ……でも、姉さまを連れて行ったら、どこまでも追いかけるから」

「はいはい、早く行きなさい」


恐ろしい発言を残して行ってしまったノキアに、お義母様があしらうように言う。

お義母様の迫力、があるのかわからないけど、に負けてノキアはグラッドストン伯爵様のあとに続いて邸へと入って行った。


「……面白い家族だな」

「昔は、可愛かったのですけど……」


今でも可愛いけど、あんなに気が強いとは知らなかった。ずいぶんしっかりとした子だと思っていたけど。


「でも、とってもいい子なんですよ」

「別にどっちでもいいが……」

「……すみません。ジークヴァルト様。お怪我をさせてしまって……」

「別に気にするほどのものでもないが……リリアーネが気にしてくれるなら、このままにしておこう」

「それも嫌なんですけど……」


子供ながらに気が強いノキアに、頭を抱えそうだ。ジークヴァルト様は、まったく気にしてなくて、私をずっと見つめている。意味がわからなくて、こちらにも頭を抱えそうだ。


「さぁ、お茶にしましょう!」

「お義母様……元気ですね」


先ほどの喧騒がなかったかのように、お義母様の明るい一声でお茶が始まり、あっという間に夜も更けていった。




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