第19話 喪失
ハルは心の中に熱いものを感じた、あんなに好きなおばあちゃんがここまで苦労してきたこと、昔の旅の話は全て本当だったこと、世界に医療を広めた素晴らしい人だったこと、色々な人を導いてきた人だったこと、そして自分の名付け親だったこと。
そして日記の最後にはこう書かれていた
私の家族、全ての出会いに感謝を込めて
ハルにはこの本を宝物として渡したい
出来れば彼がちゃんと見つけられるように
そしてこの本が彼の道となりますように
私の手からでなくてもいい、どれだけ時間がかかってもいい
いつかハルに届きますように
その思いは涙となり、止まらない
人前で泣くのは恥ずかしいが、そう思っても止まらないものは止まらない。
この本は自分に渡す為のものだった、恐らく図書館に隠したのは自分に見つけて欲しいからだろう。
彼女の宝物はちゃんと自分の元へと届いたのだ
「ありがとうございます……」
涙を拭いながらハルは感謝した
「彼女の孫というならこれぐらいお安いものさ それにしても彼女はちゃんと太陽で生きていたとは」
「ええ 帰ったら感謝……」
急に目眩がする、地面が近づく、何かがおかしい
「どうした 大丈夫か」
「いや……」
今まで感じていた違和感が収束していく
やっぱりだ、ここまでの経験をしても消えることの無い違和感。
木新も隣にしゃがみこむ
「勝手な事をして申し訳ないと思ってるが 本を複製する時 君の脳も少し調べさせてもらった」
そして核心に触れる
「君の記憶には何か足りない物があるんじゃないか?」
「え?」
そうだ、今までの違和感の正体はこれだった、大好きなおばあちゃんとの思い出は何故か覚えていない
「記憶領域に若干だが黒い影が見えた 我々にもよく分からないが 記憶消去された跡に近い」
「記憶が…… 消去?」
全ての違和感が1つにつながり、そして今までの旅の中でひとつの結論をだす
「まさか」
「心当たりがあるのか」
「はい」
全てを知らなければならない、聞かなければならない
「今すぐショウに会わせてください」
ショウは1人で考えていた、恐らくあの日記とやらを全て読んでしまえば気づいてしまう、たった一つの過ちに
「どうすればいい……」
項垂れながらショウは考えていた、全てを許してもらうにはどうすればいいか分からない、いや許して貰えないだろう。
そう思っていると部屋に木新が入ってくる
「どうしたんだい? そんなに落ち込んで」
「関係ないでしょあなたには」
「冷たいなぁ」
そして木新は椅子に座る
「ハルは?」
「あぁ もう1人の私といっしょ」
「そうですか」
彼が2人居ることはもっと興味を持った方がいい事なのだろうがもうどうでもよかった、今は何も考えたくない
「ショウ君にひとつ提案なんだけどさ」
「なんですか」
「君 太陽に帰りたい?」
帰りたいか帰りたくないかで言えば決まっている、帰らなければ会えない人達ばかりだからだ。
だが、ハルと一緒に帰れるかと言えばそうではなかった
「帰りたい…… です」
「何その言い方 すっげぇ帰りたくなさそう」
「なんであなたはそうやって僕をイラつかせるんですか」
その小言を無視して木新は続ける
「この星で生きてもいいよ」
その言葉にショウは驚いた
「君が望むなら君の欲しいものも全てあげよう この星でできることに限られるけどね」
「信じていいんですか」
正直ショウ的にその言葉は嬉しかった、そしてどんどん自分は帰りたくないと誤認していく
「ただ1つ私の願いを叶えてくれればね」
「なんですか」
「簡単さ……」
そして木新の願いが語られた
ハルと木新は研究所の中を歩いていく、ショウのいる部屋に戻るために
「おい ショウに何もしてないよな」
「するわけないだろ 君達に嫌がらせしたいなら日記読ませてないし」
「でもさっきもう1人の私がって」
「そりゃ色々と聞きたいことあるから」
そう言いながら歩いていくと、曲がり角から誰かが曲がってくる
「ショウ……」
顔色はさっきよりも良くなってはいた、だがなにか様子がおかしい
「ショウ 全てを……」
「僕 この星に住むことにした」
その言葉に二人の時間が一瞬止まる
「は? 何言ってんだお前」
不安と怒りが込み上げてくる、目の前の友人がありえない事を言い出した。
その怒りの矛先はまず木新に向けられた
「木新ァ! お前何しやがった 洗脳でもしたのか!」
彼の胸ぐらを掴み壁にぶつける、かなりの力を込めたが壁は何も変わらない
「α お前仕事早すぎ」
「オリジナルが遅いだけだ」
二人の木新はそうやり取りするが、αと呼ばれた方はオリジナルを助け出そうとはしない
「んな事はどうだっていいんだよ 何を吹き込んだ」
オリジナルの代わりにαが答える
「ただ単にこの星で生きてみないかと誘っただけだ ショウ君の回答はこれ」
胸ぐらを掴む手を離し、次の怒りの矛先がショウに向かう
「おい 今すぐ考え直せ お前何かおかしいぞ」
「僕がおかしいのは最初からだよ」
そう言われて何も言い返せなかった、そしてショウは全てを話し出す
「僕 君の唯一嫌いだったところがあってさ」
ハルは拳を強く握る、そのまま前に出てしまわないよ
「昔の君 いつも家族の話ばかりしてた 口を開けばおばあちゃんおばあちゃん 僕に家族が居ないことわかって言ってたろ そんな話されたって嬉しくないんだよ 僕には家族が居ないからね」
強く握られた拳が段々と緩んでいく、怒りを交えて話される彼の思いを汲み取る
「だから封印したんだよ 君の記憶を」
薄々勘づいていたことだがやはり結論はそれだった
「幼少期の自分にもできたんだ 禁呪レベルだけど 仕方ない 僕には1級になれる力がある訳だからね 初めは少し遊びの気持ちでやったんだ 今考えたら馬鹿馬鹿しいよね」
「お前……」
「わかってる だから僕は君と帰らない 僕は悪いと思ってない 全ては君が悪いんだから」
「それは 逃げることなんじゃないのか」
「逃げる? 何から? 僕はこの選択が正しいと思ってる 禁呪を使ったことは別に皆が知ってるわけじゃない 僕と君だけ知る事実 それでいいだろ」
「俺達の帰りを待つ人達はどうする」
「それは別に僕を待ってるわけじゃない 君を待ってるんだ もうどうだっていいだろ」
ハルはザルードの事を口にしたかったが、そういう雰囲気ではなかった、ならこいつの好きにさせてやればいい
「わかった」
そう言いながら、振り返り、後ろへ歩いていく
「じゃあね ハル 帰りも楽しんで」
そう言われた瞬間、今までにないほどの怒りが彼の体を動かした。
振り返り、さっき緩ませた拳を再び全力で握り彼の頬を殴った
ショウはそのまま吹き飛ばされていき、転がっていった、そのまま動かない彼を見てハルは自分がした事をようやく理解する。
だが自分は間違っていない、だってあいつが悪いんだから、そう思いながらハルは木新と歩いていった
木新とハルの二人は無言で研究所内を歩いていく、そして最初の部屋に戻ってきた二人は改めて話を続ける
「こういう時にする話じゃないと思うんだけどさ 君も残ればいいんじゃないかな」
「あ?」
木新のデリカシーのない発言がハルの拳を再び熱くした。
そのまま黙って拳を全力で腹に入れる
だがしかし、ハルにとって初めての感覚に襲われる
殴った場所を木新が見せる、その全てが銀色でできた何かだった
「んだよこれ」
「私は長生きするために全身を機械に変えたんだ 人として残してあるのは脳だけ サイボーグって言うのさ」
「お前 もう人間じゃないな」
思ったことが全て出てしまう、それぐらいに今冷静さを欠いている自分がいた
「この星に残ってお前みたいになるんなら俺は戻って人として死ぬ道を選ぶ それが人間だからだ」
「……」
木新は何も言い返せなかった
木新はいきなり壁に叩きつけられる
「お前 これで人体改造何回目だ」
「これで169回目だ 全身改造率は80%ぐらいかな」
飯島は木新の顔を殴る
「私は医者だ だが同時に研究者でもある」
「知ってるさ」
「お前 研究者としては仕方ないが認めてやる」
その目は彼女の信念に燃えている
「だがお前は人間として終わってる いや もう人間じゃねぇな 心も半分そうだ」
「……」
木新は下を向き黙り込む
「それでもまだ自分を人間だと思いこんでるなら せめて少しぐらいな人らしく生きて最後は人間らしく死ね」
その言葉は何故か彼の鉄の心臓に刺さったような気がした
「やっぱり 君は彼女そっくりだ」
「今更そんな話で場を和まそうってか? こっちは思い出せないんだよ」
そう言いながら木新を壁から引き剥がす、木新は服を払いながら続ける
「だが君は徐々に思い出せてるはずだ」
「どういう事だ」
「ショウ君から聞いた話だと 君達は魔法を使う際に魔素というものを魔力変換してるらしいじゃないか」
「俺は使えないですけどね」
「まぁ それは飯島君の体質を遺伝してるからだろう」
木新は頭をかきながらつづける
「この星じゃ魔素ってのは病気の源なんだ」
「そうなんですか」
ハルは驚く、ここに来てから驚きっぱなしだが
「感染を食い止めるために この星には空気の中の魔素を消滅させる装置がある」
「だからあいつ 魔法使えなかったのか」
船の中や、ここに来た時の事を思い返す
「飯島君の発明だが素晴らしい おかげで魔素での死亡率は0だからね しっかし私が送った魔素がまさか魔法になってるとは」
太陽の方のことを全く考えてないところにハルは呆れた、こっちの星で病気として蔓延してたらどうするんだ
「だから君にかかった魔法も消えてるはずだ」
「そういうことですか」
ハルは思い出してみる、おばあちゃんとの最後の記憶はどこだったのか
目の前のおばあちゃんは眠っている、だが人形のように白い、そしてその目が開く事はもうない、それを理解した時、5歳の自分には、辛くそして重かった、家族も共に泣いていたが、大きなものの喪失を埋められるものはなかった
それから、ショウに会うのも嫌になってしまった、元気で笑ってやってくるショウを拒む事こそしなかったが、彼との会話は最小限で済まされる
そんな自分を抱きしめてくれた、小さな腕と手で
「大丈夫だよ ハル」
その言葉と共に、涙がこぼれる、自分も涙を流し大泣きする
大切な物は家族の他にまだあった、それを実感した記憶が、消えていた最後の1つだった
「あいつ…… なんで……」
涙が溢れて止まらない、何故こんな記憶があるのに現状は酷いままなのか。
木新が話し出す
「その話を聞くに ショウ君は君のためを思って封印をかけたんじゃないかな」
「え?」
「おばあさんを失った喪失は彼が埋めたんだ 亡くなった時の記憶を消して 君が前を向けるように」
ハルは思い返す、悪い事をした自覚があるならあんなに自分と遊ぶ事も、こうやって一緒に旅に出る事もなかったのでは無いだろうか
「そんな…… そんなことって……」
彼が与えてくれたものに今更気がついた、さっきまで怒りをぶつけてしまった親友に謝りたい、そして感謝したい
「ショウの所にもう一度連れていってください」
「わかった」
そう言いながら2人が立ち上がった瞬間、壁に映像が映し出される
「なんだ?」
「まさかもう始めたってのか 」
目の前が眩しい、目が眩む、それが魔法では無いとは信じられなかった
「というわけで 彼が太陽からやってきた人です 私の仮説は実証された」
「ショウです よろしくお願いします」
前の方に座っている人々が拍手をする、しかしその笑みはそんな自分を祝福しているかと言われればそうとは思えなかった、何か邪悪な物を感じる
「彼は研究に協力してくれる代わりに この星に永住する事が決まりました」
「本当に安全なんですか?」
ギャラリーの1人が質問をする、それと同時に他の人々も同時に質問を初めてしまった
「おいおい 質疑応答は後で取るって言ったろ」
騒がしくなった会場を見ながら木新は頭を抱える
「1回下がるぞショウ君」
「はい」
そういって2人は裏へと下がっていった
「おい! どういう事だ!」
そう言いながら映像を殴るが、すり抜けてしまう
「私と他の私達の記憶の共有は一日の終わりと決めているからな やっぱりあいつクビかな」
「んな事はどうだっていいんだよ!」
ハルは思い切り胸ぐらを掴む
「おい どうにかしろよあれ お前も木新だろ!」
「ああなってしまった以上はどうしようもない 彼の存在がこの世界の人に認められてしまった」
「俺は認めてねーんだよ」
そして静寂が訪れる、2人はこの状況に難儀していた。
ハルは決めた、そして木新から手を離す
「船はできてるんだろうな」
「あぁ 君達の荷物も積んである」
そしてハルは扉から出る
「俺一人で帰る」
ショウが残ると決めたのだ、自分もいい加減覚悟を決めなければならない。
親友との決別は今この時だ
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