第5話 決意

アスルールの町の朝は早かった、空から降ってきた兵士の遺体、目の前でそれを目撃した女は気絶から目覚め、医者や周りの人にそう説明した、たちまち噂は広まり町の人達の不安を煽る


「外が騒がしいな この町は朝からお祭りでもやってんのか?」

「単純に朝から商売をする人が多いんじゃないかな にしても早いとは思うけど」

町の騒がしさで目を覚ました2人は眠い目を擦りながら旅の準備を進める。

だがハルは外の不安な空気をどうしても気にせずにはいられなかった

「不穏な感じがするな 人々の騒ぎ方がなんか変だ」

「そうだね 何かあったのかもしれない」

ショウは窓の外を見る、奥から人々の声が聞こえてくる

「まぁ 気にしたら負けだ さっさと町出ちゃえば気にならなくなる」

「同感」

そう言いながら2人は宿屋を出る、人だかりを避けてアスルール山脈の方へ向かった


アスルール山脈は標高が高いため、行商人や貴族が山を越えるには危険が多すぎる、そのため山に穴を開け中を舗装することで洞窟を通るだけで誰でも安全に山の向こうに行くことが出来る。

はずだったのだが……

「なんで通れないんだよ!」

「今朝起きた事件の犯人がまだ見つかってないので 今は誰一人もここから出ることが許されていません」

今朝起きた事件のせいで2人は門番に通行止めを食らってしまっていた

「俺達は犯人じゃねぇよ!」

「犯人は今調査中ですので……」

「一旦宿屋に戻ろう ハル」

そう言いながらハルを引っ張り、渋々2人は宿屋に戻ることになった


「ちっ! 俺達犯人じゃねぇのによ!」

「仕方ないよ 犯人が見つかってないなら僕らが無実って証拠がないんだから」

宿屋に戻った2人はそれぞれ座りながら愚痴をこぼす

「とりあえずどうするか……」

怒りが収まらないハルと至って冷静なショウ、2人の感情は真逆だが出た意見は一致した

「犯人を探す」「犯人を見つけよう」

2人の声が重なり、笑いながら続ける

「犯人探してぶっ飛ばして 街に突き出して山を抜ける!」

「僕らの無実を証明しつつ 早く先に進もう!」

楽しそうに2人が話す中、ハルだけは冷静になる

「でも 余計に疑われて面倒なことになったらまずいか…」

「安心してハル そこは秘策があるから」

そう言いながらハルは先に部屋を出る

「ショウのやつ 何する気だ?」

そう言いながらショウも部屋を出た


現場から離れた場所には結界が張られており、一般人は中に入ることが出来ないが、結界の側にはまだまだ人が多い。

人だかりをかき分けながら2人は結界前の魔法使いにたどり着く

「すいません 中に入ってもいいですか?」

「ダメです 今は中に誰も入れるなということですから」

「実は自分こういうものなんですよ」

そう言いながら魔法で手の甲に発現させた証を見せる

「これはこれは 失礼致しました 1級の方だったとは どうか調査にご協力ください」

そう言いながら結界に人が入れる分の穴を開ける

穴を通りながらショウは続ける

「あと そこの親友も通してください 責任は僕が取ります」

そう言われたハルは少し不機嫌そうに穴に入っていった。


現場にはもう既に遺体と血の処理が終わっており、何も無かった、円状に囲まれた魔法の線が事件現場であることを示していた。

現場周辺に着いたショウはチョークを取りだし、魔法陣を書き始める

「責任取るってなんだよ」

「ハルが何かやらかして解決が長引いたら困るからね」

「なんもしねーよ」

そんなに子供に思われてるのかと若干の苛立ちを漏らす

「ってか 1級見せびらかすのが秘策かよ」

「君一人だったらこの状況自体がありえないことなんけどな」

近くで魔法陣を書く親友を見ながら彼の1級としての偉大さを感じる

「まぁ そうだな 感謝してるよ」

「感謝するにはまだ早いよ 事件が解決してからね」

そんな会話をしながらショウは魔法陣を書き終える

「よしできた」

「これで何するんだ?」

「発動してからのお楽しみ」

そう言いながらショウは魔法陣に手をつける


「始めよう ここからは魔法の時間だ」


彼が笑顔でそう言い放つと魔法陣が光り出す、魔法が使えないハルでも魔法陣が発動したことが一目で理解できた

続けてショウは詠唱を始める

「私の名において命ずる その血に その肉に 私が必要とするその全て 今ここに再現せよ ここに現出し全ての真実を語れ」

詠唱を終えると、魔法陣の中に遺体と血溜まりが現れた

「おい!遺体召喚したらまずいだろ!」

「落ち着いて これは本物の遺体じゃない 僕が再現してるだけ」

「そ そうか 再現というか本物にしか見えないけどな……」

再現された遺体は本物感がある、2人とも血に慣れているとはいえ、その惨状はあまりにも無惨すぎて、言葉が出なかった。

ショウは遺体の姿勢を綺麗に正す

「かなり太いもので腹部を貫かれてるね」

「こりゃあ酷いな」

そう言いながらショウは立ったまま観察を続ける、妙に手馴れてるなと思いながらハルは犯人についての考察を始める

「遺体は空から降ってきたって話だ 魔法なら1人で全てやれそうな気がするな」

「そうだね 2級魔法使い以上ならできそう でも残念ながらそれはありえない」

「根拠は?」

「現場に来た時から魔力の残り香を探してみてるけどひとつも見つからない」

いつの間にそんなことをしていたのかと、ハルはショウの凄さに感激する

考察はまだ終わらない

「魔法使いの仕業じゃないって言うなら 腹を貫いたあと空に投げてそれが時間差で落ちてきたとか?」

あまりに空想的な考察にショウは少し驚いた

「君本気で考えてるの?」

「何かおかしいところでもあったか?」

現実味のないその考察にショウは溜息を着く

「それ 君にできるかい?」

「流石に無理だな」

教官レベルの脳筋なら出来るかもしれないと思うが、自分で考えながらさすがにありえないなと思ってしまった

「でも 可能性がないとは言いきれない」

そう言いながらショウは魔法陣に手を付ける

「何するんだ?」

「まぁ見ててよ」

そう言うと再び魔法陣が光り出す

「現出された再現よ 時を巡り 真実を語れ」

ショウがそう詠唱すると、姿勢を質した遺体が元の姿勢に戻り、空高くに飛んで行った、そしてそのまま、山脈の方にとてつもない速さで飛んでいってしまった

「どういうことだ?」

「再現してもらった感じだと山の方からすごい速さで飛んできて ここに落とされた感じだね」

ショウは立ち上がり再び考え始める、ハルは今までの再現から状況を整理する

「見張りしてた兵士が腹を貫かれて 山から飛んできて ここに落とされた」

ショウはそれを聞きながら深く考える

「人力じゃないことは確かだな 魔物の仕業か?」

「いや 魔物だったらこの兵士がこの装備でこんな殺され方はしないと思う もっと強い…」

ショウは自分で言いながら気がついてしまった、この状況を作り出せる生物がいることに

「まさか……」

そう言いながらショウは焦りながら魔法陣を消す

「どうした ショウ」

「この町が危ない」

緊迫した様子の発言にハルにも緊張が走った


町長のいる建物に向かい2人は走る

「どういう事か説明してくれるか?」

「この一連の犯人はおそらくワイバーンだ」

ワイバーン、数ある竜の中でも速さに特化した進化の歴史を紡いできた種族だ、その危険度は高く、一体倒すだけの冒険者依頼に2級以上かつ3人以上のパーティが必須条件とされている

「ワイバーンには殺した獲物を相手の縄張りに空高くから落とす習性があるんだ」

「変な習性だな」

「そして太陽が沈みきった頃 集団で相手の縄張り内の獲物を襲うんだ」

「じゃあ 今この状況って…」

「今日夜 ワイバーンの群れがこの町を襲いに来る」

この状況を町の住民に伝えなければ、取り返しがつかなくなると思った2人は急いで町長の元へ向かう

太陽は既に沈み始めていた


町長の元へたどり着いた2人は全ての事情を話し、戦いの準備を始めた、住民には1人でも多く町から避難してもらい、街にいる冒険者、魔法使い達には緊急依頼としてワイバーンの群れの撃退が任意で依頼された。

町の兵士達も装備を整え、住民達の避難を進めると同時に、皆が戦う準備を済ませていた

「よし しっかり届けてね」

そう言いながら鳥を飛ばしたショウに装備を整えてきたハルが合流する

「とりあえず今売ってた装備を買ってきた 安物しか無かったけどな」

「ワイバーンで危険なのは炎と尻尾だ 炎は僕の魔法で少しはどうにかなるけど……」

そう言いながらショウは水の加護の魔法をかけながら

「ワイバーンの鋭い尻尾はその安い装備じゃ簡単に貫かれる 気をつけてね」

「おう 大丈夫だ 全部避ける」

簡単に言ってのける親友に不安が芽生える、不安を取り払うためにさらなる情報を共有する

「その代わり速度に特化したワイバーンは全身の重い鱗がない 首は切りやすいし頭も潰しやすい」

「相手の攻撃を食らう前に一撃で倒すって感じか」

ワイバーンの対策を共有し、水の加護をかけたショウは小さなカバンから絶対に入らないであろう大きさの杖を取り出す

「すげぇ 何でその大きさの物が入るんだ…」

「戦いが終わったら教えてあげるよ」

そういった会話が終わると太陽が見えなくなる、夜の時間が始まったと同時に山脈の方を見る。

静寂が訪れる

夜の時間が始まった

その瞬間、山脈から大量の何かが飛んでくる

それらは町の各地に飛んでいく、そのうちの2体が2人の前に下りる

「キシャャャャャャァァァ!!」

甲高い声で鳴いた2匹の黒いワイバーンを前に、2人はそれぞれ構える

「行くぞ」

「うん」

決意は固まる

戦いが今始まる

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